呼び出され
……ん!?
永遠に続くかの様な沈黙を打ち破る無慈悲なバイブ音。
俺としては、温い空調の効いたこの店内で夏実と互いに探り合う様な、ともすれば恋人達が見つめ合う様に視線を絡ませ合わせる時間が永遠に続けと願っていた訳なのだけれど。
まぁ、夏実さんがどう思っているかはさておき。
それよりもスマホだ。
心なし、いつもより振動が激しいそれをパンツのポケットから取り出し…………ハナかよ。
わざとらしく……そう。
わざとらしく。
俺はこんな電話受けたくないのだけれど。
そう、夏実に伝わるようにわざとらしく溜息を吐いてから『ハナ』と、口の動きだけで伝えてスマホを耳に当てる。
『久しぶりね』
「……そっすね」
『今、近くまで来てるから』
「……は?」
『カモン!』
ですよね。
電話の向こうで笑いながら額に青筋を立てているハナの顔が有り有りと目に浮かぶ。
さて、どうしよう。
行くべきか。
いや、今優先すべきは夏実の筈。
しかし、その決断……行かないと言うことを伝える前に相手は電話を切っていた。
おかしいだろ?
スマホを耳から離し、顔の前へ。
わざとらしく首を横に振る。
「どうしたの?」
「呼ばれた」
「……誰に?」
「こっちの……ハナ。
俺、ほら……こう見えて意外とモテるし?」
「そ」
あれ?
「怒ってる?」
「別に?
行けば? 待ってるんでしょ?」
「怒ってるよね?」
「いいから。行きなよ」
再び震えだすスマホ。
笑顔で送り出そうとする夏実。
後ろ髪を引かれる思いだが仕方ない……。
「……ごめん。また今度」
「私の事は気にしなくていいから。全然」
結局、俺は夏実を店に一人残しハナの元へと向かうのだった。
少しは引き留めたりしないだろうか。
そんな甘い考えを抱く様な相手ではなかったのかもしれない。
呆れられているのか。
それとも、少しは信用されているのか。
本心はわからない。
◇
あれか。
路駐されたフェアレディ。
運転席に、さも不機嫌そうな美女が鎮座しておられる。
向こうのハナはもう少し愛想と言うか、可愛げがあった気がする。
「お久しぶりです。
日本にいたんですか?」
「昨日、入国した」
んー?
伝染病の影響で国際線はほぼ動いてないし、入国後は十四日間の隔離が義務付けられていた筈だけど。
……まあ、いいや。
そんなルールなんて関係ない身分なのだろう。
「今までどちらに?」
動き出した車。
ひょっとしたら、夏実が追いかけて来てやしないかと窓の外へと視線を向けながら尋ねる。
……いる訳はないのだが。
俺がハナに投げかけた問いにも返答はなく。
変わりに伸ばした左手で器用にグローブボックスを開ける。
中に白い封筒が一つ。
「……見て良いんですか?」
「世の中で十人と知る人のいない、とっておきよ」
「へー」
封筒にアメリカ航空宇宙局のロゴマークが印刷してある。
もしかしてロズウェル事件の真相だろうか?
封を開き、中の秘密を検める。
黒と白の写真が一枚。
モノクロ、ではない。
まるで星空の様な……。
「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が送って寄越したデータだ」
「ジェイムズ……?」
「宇宙望遠鏡。
本来の予定にない観測データ。ただのバグかと思われた」
と言うことは、何かが映ったと言うことか。
しかし、どうやってもただの星空の画像にしか見えない。
「UFOでも映ったんですか?」
「惜しい」
車は横浜町田インターから高速に入る。
そのまま東京方面へ向かうようだ。
「正解は?」
「彗星」
正解を教えてもらい、改めて画像をまじまじと見返すがどれがその彗星なのかすらわからない。
それに、ただの彗星の画像をこんなに勿体ぶって見せるか?
……確か、黙示録のラッパ吹きに彗星が落ちるという一節があった。
「……まさか……?」
「89.73%。
この星に衝突する確率。
その結果、35億。人類のおよそ半数が三日で死亡。続く一ヶ月で20億。世界から7割の人間がいなくなる」
「……いつ?」
「三ヶ月から半年」
「そこまでわかっているなら」
「そこまでわかっていても、防げない。
対宇宙ミサイルを打ち込む。
石油発掘のスペシャリストを派遣する。
地球外活動が可能なスーパーヒーローを探し出す。
考え得る全ての手段を検討している。
だけれど、どれも確実ではない。
地球に当たらない様に神に祈った方がマシだと思えるぐらいに」
嘘みたいな話だが、ハナがこんな事で嘘を吐く訳はない。
「信じた?」
「信じますよ。
絶対に、止めてやる」
「ほう?」
「これは繋がっている。裏に鈴木美蛙がいる」
確信はない。
だが、そう思った。
いや、思いたかった。
そう思わなければ、この手足の震えを止めることが出来ない。
「止める、か」
ハナが、小さく笑った。
まるで小馬鹿にされた様に思う。
「何が可笑しいんすか?」
「大統領はもうすでに諦め、避難用シェルターの準備を始めた」
「は?」
「愚かだと思うだろ?
だが、本当に避けようのない災害が来るのならば、逃げる準備をするほうが遥かに賢い……何てことは、言われなくてもわかってるのよ! fuck!!」
珍しく、ハナが声を荒げフェアレディが一気に加速する。
怖い。
正直、彗星よりこのまま首都高の壁に衝突する確率の方が高そうなんだけど。
車は、そして俺はどこへ向かっているのだろう。
「そのため。
なら何でも使うわ!」
そう言って、首ごとこちらに向け俺を睨むハナ。
車の速度はそのままに。
「イエス!! 前見ろ!!」
「素直でよろしい」
「スピード落としてくれ!」
知らないだろうけど、オマエに理不尽にこき使われるのはもう慣れてるからな!
◇
若干速度は落ちたが、それでも窓の外を走る車はあっと言う間に背後に消え去っていく。
疑問はいくつもある。
だから、一つずつハナにぶつけていこうと思う。
「どうして、俺に?」
まずは、その確認。
この世界のハナと俺はそこまで接点がない。
過去に二度会っただけ。
世界で十人も知らないような重大事項を打ち明けれるるほど信頼されているとは、到底思えない。
「勘」
対するハナの答えはたった一言。至ってシンプルなものだった。
「そっすか。
それ、日本では誰が知ってるんです?」
「オマエだけ」
うげ。
「なんでそんな重要な情報を、よりにもよって俺に?」
一介の高校生だぞ?
「一番利用できそうだから」
「……そっすか」
「あの男が自らコンタクトを取り未だ無傷な存在。それだけでも特異だと言える。
更にはアンタが漏らした言葉からこの騒動の輪郭が見えてきた」
「ほう? 何かわかりました?」
半年以上前に調査をお願いした『メトロ-2』と『トリグラフ』の件だろう。
「ウラジミール・デミコフ。
知ってる?」
「あー……犬の頭部を移植して双頭の犬を作ったマッドサイエンティストでしたっけ」
「何で知ってるの? アンタ」
「……なんでですかね」
どうして正解したのにそんな汚物を見るような視線を浴びせるのか。
それより前を見て運転してくれ。
「で、そのデミコフ博士が何です?」
「それからセルゲイ・ブルコネンコ」
「犬の頭脳を機械に移植した人?」
再び侮蔑するような視線が運転席から。
正解しているのだろうに、その反応はおかしくないか?
「そう言った、より効率的に兵士を作る研究。
それがなされていたのがモスクワの地下施設。
通称、メトロ-2」
ミカエルが口にしていたキーワードのうち、一つ。
「結局、それらの研究は頓挫した。
ならば、この世界に存在するリソースを繋ぎ合わせるのではなく、他の世界から兵士を持って来れば良い。
そう言う研究があった。
それが『トリグラフ』」
更にもう一つ。
「……この世界の外から呼び寄せる?」
「その研究は一定の成果を上げた。
彼らに想定外だったのは、呼び出して見たものが到底制御のできぬ化け物だったと言う事だ」
つまり、あのミカエルはG Playからここへ呼び出された存在?
……あり得なくは……ない。
風果はそれに近い形で、別の世界で生きる事を選んだのだから。
そして、代わりにクソやかましい実と言う妹がこの世界に飛び込んできた。
つまり、世界を飛び越えることは不可能ではないのだ。
しかし、不可能ではないと言うこととそれが実現できるということはイコールではないはず。
ハナの口から語られた言葉。それが事実なのか。
口元に手を当て考え……。
「化け物とは、随分な言い草だ」
突然発せられた男の声に全身が粟立つ。
俺でも、ましてや横でハンドルを握るハナの声でもない。
今乗っている車はフェアレディ……2シーター。
後部座席は存在しない。
つまり、運転席のハナと助手席の俺。
それ以外に人が居る訳が無いのだ……。
横目に見たハナの顔が険しく歪む。
直後、衝撃と共にボンネットの上に何かが。
だが、その正体を確認する前に投げ出された体をシートベルトが拘束し、視界を一瞬で広がったエアバッグが埋め尽くす。
横からハナの舌打ちとタイヤの鳴る音がやけにはっきりと聞こえた。
直後、再びの衝撃。
上から、そして下から。
目まぐるしく重力が襲いくる。
頭上から響く金属をこすり付ける様な不快な音を聞きながら、人間洗濯機の術をかけられた時のようだなと呆然と思う。風果の。
今は、それよりもも幾分と直接的で暴力的な衝撃だが。
衝撃が止み、薄れゆく意識の中で感じた生温かさは何だろうか。
俺の血?
それともハナの?
長く放置してしまい申し訳ないです。
不定期になりますが、最後まで書き上げるつもりです。