表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
298/308

己の影に怯え

 新百合ヶ丘から電車を乗り継ぎ三時間。

 いや、遠い。

 こんなに遠かったのかとしみじみ思う。


 およそ四ヶ月振りに戻った家は思ったほどに変わっていなかった。

 誰かが風通しをしてくれたのだろうか。

 傷んでいるところは無いか見てまわり、軽く掃除をしたらもう夕方。

 コンビニで弁当を買い、風呂に入る。


 カエルと虫の声しか聞こえない一人の家。

 今は居ない人の影を思い出す。


 ……行こう。


 そんな事を考える為にここに来た訳ではない。


 スマホを取り出し、その中にある『G Play』のアイコン。

 俺がどこかからダウンロードしたものではなく、突如としてこのスマホに現れたもの。

 異世界へ繋がるアプリ。


 その先は、説明不要。

 いや、説明不能な世界。


 だが。


「待ってろ……ミカエル」


 覚悟を決め、アプリに触れる。


 ―― Have a good trip!


 画面が暗転し、悪趣味なメッセージが現れる。

 直後、全身を違和感が包み込み視界が暗転した。


 ◇


「…………おあつらえ向きかよ」


 飛んだ先は、石畳の洞窟。

 記憶に間違いがなければ……。


「紡がれ途切れる事のない糸の先

 常に移ろいゆく色の名

 雪に溢れた墨の如く

 騒音と騒音が重なる静寂

 唱、陸拾肆(ろくじゅうし) 鎮ノ祓(しずめのはらい) 絶界(ぜっかい)


 気配を遮る安全地帯の中で、まずは荷物の確認。

 食料と水はそれなり。

 左手の甲を見る。

 二つの刺青は未だ力が戻らず。

 金色猫も、蒼三日月も使えない。

 使える武器はほぼ全て無くなった。

 唯一、残っているのはヴェロスの試作品。弓だと言われた物。


「頼りはこれだけ」


 右手の朧兎。


「……それと、切り札一枚」


 軽く目を閉じる。

 右眼の奥に感じるひんやりとした気配。

 この札を自分の意思で切ることが出来るかはわからないが。


「行くか」


 顔を上げ、一本道を進む。




 My dreams will come true!


 Im Gulogulo-Man!!!!!




 やはり。

 壁に残る文字を見て確信する。


 ここは、俺が以前に来た場所。

 初めに訪れた異世界。


 なら、この先にきっと…………あった!


 鋭利な爪を持つ、アメリカンヒーローの白骨死体!

 やった!

 武器ゲットだぜ!


 早速その遺体から爪を拝借すべく近付いていく。

 前は、これを見ただけで恐ろしくてたまらなかったのになぁ。


 …………いや、待て。


 俺は爪へと伸ばしかけた手を止める。

 ここで俺がこれを持って行ってしまう。

 するとどうなる?

 後から来た者がこれを持って行く事が出来なくなって、最悪死ぬ。

 具体的には、俺が。


 そんな事あるか? あり得るか?


 あり得ないとは……言い切れない。

 となると、この爪を持ち帰るのは自殺行為。


 暫く考え、結局その遺体はそのままに。

 だが、門への鍵となる宝石は遺体の手に握られたまま。

 それを奪うのもやはり自殺行為。

 なら、同じ物を探しに行こう。

 最初の時は途中で引き返したこの道のその先へ。


 ◇


 天井から水が滴り、緩やかに下る道を遮り、水路の様相を呈す。

 最初の時はここで引き返した。

 今度は進み確かめよう。

 一体、何があるのか。


 上から落ちる水が体を冷やす。

 春の雨の様に静かに水が落ちる中、水路の上を歩き進んでいく。


 透き通った水の下に生き物の姿はない。


 やがて、道はなだらかに上り水滴と水路は暗い通路へと姿を戻す。



 ……おかしい。

 歩きながら、自分の体の異変に気付く。

 体が、重く苦しい。

 初めは久しぶりだからかと思ったがそうではなさそうだ。

 体調不良? 何かの攻撃?


「紡がれ途切れる事のない糸の先

 常に移ろいゆく色の名

 雪に溢れた墨の如く

 騒音と騒音が重なる静寂

 唱、陸拾肆(ろくじゅうし) 鎮ノ祓(しずめのはらい) 絶界(ぜっかい)


 安全地帯を作り腰を下ろし、そして、気付く。

 肌が、土気色に変色しているのを。


 なんだ?

 これは。


 体の中が痛い。

 目の焦点が合わず、震えが止まらない。


 こんな事、最初に訪れた時は起きなかった。

 あの時と違うことをしたか?

 ……水に濡れたからか?

 だとしたら……これは、毒か?


 ……あのアメリカンヒーローが、あんなところで朽ちていた理由はこれか?

 だとしたら、不味い!

 毒を……。


「……清らかなる水

 その始原の一滴ひとしずく 無垢なる乙女の涙

 神より産まれし神

 瀬織津比売(せおりつひめ)

 ここに現し給え

 唱、佰玖(ひゃくく) 天ノ禱(てんのまつり) 思々三千降(しおのみちふる)


 意識が途切れる寸前で、俺は水の中へと包み込まれた。

 そして、洗われる。


 ◇


 ……気持ち悪い。

 人を洗濯機の様に回して洗うって、どう言う発想があればそんな術を組み立てられるんだ?

 あのドエスめ。


 体内の毒は抜けたけれど、代償として三半規管にダメージを負った。

 結界の中、固い地面に体を横たえながら復調を待つ。


 正直、甘く考えていた。

 転移したら、そこでミカエルが待ち構えている。

 そんな展開を期待していたし、そうでなくても見知った世界。なんとかなるだろうという油断が多分にあった。


 助けに来る妹も、魔法少女もいない。

 いざというときに盾にする式もいない。


 自分の身は自分で守る。

 思考を切り替えよう。


 地面に涎を垂らしながら自分を戒める。


 ◇


 気合い入れろ!

 そう自分の手で頬をパンパンとする。

 死の淵はすぐ後ろに迫っている。

 一歩間違えば真っ逆さまだ。

 それを自覚しろ!


 慎重に慎重を重ね、石橋を叩いて飛び越える。


「分かつ者

 断絶の境界

 三位さんみ現身うつしみはやがて微笑む

 唱、拾参(じゅうさん) 現ノ呪(うつつのまじない) 水鏡(みずかがみ)


 現れたしなやかな水の盾に守りを委ねながら、前へと進む。



 特に見るべき所も無いまま通路は行き止まり、そこで引き返した。

 帰りは朧兎に上を守らせ、水滴から身を守りながら水路の上を歩き。


 この水の下に何か隠されているとしたら。

 どうやって中に入る?

 見た目に透き通った水だが、体には猛毒。


 もう一回洗濯機?

 いやいや、それは嫌だな。


 次の行動を決めあぐねながら進み、遺体のところまで引き返した。


 そして、気付く。

 遺体の変化に。


 ……爪が……無い。

 そして、手に握られていた宝石の様な鍵も。


 そこから導き出される答え。


 誰かが持ち去った。

 誰が?


 ……俺が。


 まさか?


 いや……俺自身、未来に飛んだ事はあった。

 別世界のだが。

 未来から訪れた風巻さんにも会っている。


 それを考えれば、ここで過去の自分自身とすれ違ってもおかしくはない。

 無いのだけれど……。

 俺は俺に会っていない。

 とすると……会うと歴史が変わる?


 会ってはいけない……?


 残された白骨死体を見下ろしながら、背筋に言いようのない恐怖を感じた。


 これは何かの警告?

 それとも女神の気まぐれ?


 その場に座り時が流れるのを待つ。


 六本あった爪は全て持ち去られている。

 つまり、ここに俺が戻ってくる事はない。


 そうわかっていても足が進まない。

 どこかで自分に会うことを恐れていた。




 結局座っていても何も解決しないのだ。

 そう、気を取り直し再び歩みを進める。


 誰かが作動させた仕掛けの奥で門を見つけのは程なくして。


 ◇


 ……気まぐれな女神の御心を推し量ろうなんて、そもそも無理だったろ?

 女神どころか、夏実、ハナ、マキちゃん、風果。誰一人として何考えてるのかわからなかった。

 相対的に実が一番わかりやすいと言う事になるけれど、アイツは単純にガキだし。

 その実は、きっと響子に構ってもらえず不貞腐れている筈。保育園のお迎えをお願いしている代行サービスの人が良い人だから上手になだめてくれるだろう。

 そして、実も表に出して我儘は言わないし。


 ただ、ここに連れて来ても不規則にG Playに行く生活だと面倒は見れないから仕方ない。

 まさか、アイツも連れていく訳にもいかないし。


 シャワーを浴び、朝日が昇りきった外を眺めながら買い置きしてあったコンビニのおにぎりをかじる。


 麦茶くらいは作り置きしておくか。

 後で買いに行こう。


 その前に……宿題。

 二回目の高一の夏休み。大半はやった覚えのあるものなのが救い……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on 新作もよろしくお願いします。
サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
https://ncode.syosetu.com/n3012fy/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ