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帰り着いた世界②

 御天本家。

 バカデカイ平家と幾つかの離れと倉がある田舎の豪邸。


 忌々しい。

 いっそ、燃えてしまえ。


 連れて来られるたびにそう思っていた。


 だが、今日改めて踏み入れたその敷地からはかつての重苦しさを感じる事はなく。

 真経津マフツの中へと閉じ込められ、変わった自分を改めて思い知らされた。それと同時に、この世界には既に御紘の親父さんと風果が居ない、その一抹の寂しさが胸をよぎる。


 お手伝いさんに畳敷きの客間へ通され、主人が現れるのを待つ。

 誰一人として、言葉は発さなかった。


「待たせたな」


 程なくして、甚平姿の御天当代が現れる。

 それを、俺たちは正座のまま頭を下げ迎える。


「御紘の当代は残念な事を……」


 御天当代は上座に座りながら口を開き、途中で言葉を止める。


「誰だ?」


 その視線は母の横に座る女の子へと向いている。


「実。自己紹介を」

「はい。

 御天へ連なる庶家が一つ。

 御ヶ迎の長子、実と申します。

 どうぞよしなに」


 日本人形の様に髪を梳かれた実が恭しく頭を下げ、座卓を挟んだ向こうで御天当代が目を丸くした。


「御ヶ迎など、とうに滅んだではないか……」

「此度、私の娘に迎える事になりました」

「なんと……?」


 目を丸くしたままその首をゆっくりと回して行く。

 その視線の先には祖父。


「そう言う事でして。

 結婚もせずに子ばかり増やして親として頭が痛い」


 これは俺達の御天当代への先制パンチである。

 こうやって呼び出されたのだ。

 どうせ、長々と文句を言われるに決まっている。

 であるならば、出端を挫いてやろうという事らしい。


「この春より、官舎を出て三人で暮らします。

 約束の通りに」

「いや、しかし、事情が変わったではないか」

「変わりません。

 頼知と実。母子三人でございます」

「頼知の抑えであった風果が居ないではないか」

「ええ。残念ながら、風果にこの世界は生きづらかった」


 二人の兄の所為で。


「その分、俺がアイツが楽しみにしていた新しい生活を楽しんでやろうと思います」


 新居が何処になるのか聞いてないし、どうやら家事一切が無理らしい母との生活は不安しかない。

 だが、それでもそう言い切って見せた。


「当代。

 先代の残した物は、綺麗さっぱりと無くなった様でな」

「何?」

「……気付かんか。

 最早、頼知の中に禍津日(マガツヒ)は居らんと言う事だ」


 再び、御天当代が目を丸くする。

 実の時以上に。

 ……おかしい。それぐらい言わなくてもわかりそうなのだが。


「……悪いのか?」


 祖父が短く尋ねる。


「……ステージ4。良くて一年」

「……そうか。ならば、尚更、頼知は連れ帰らねばならん」


 待て。

 今のは余命か?

 殺してやりたい程憎んでいたこの男が、一年待たずして勝手に死ぬと、そう言ったのか?


「跡目だけははっきりとさせておけ」

「わかってる。

 ……わかった。

 御楯響子、そして、御楯頼知。

 長きに渡り、神の器として御天へ仕えた事、先代に代わり感謝する」


 そう言って、御天当代は深々と頭を下げた。

 ふざけるな。そんな事で許せるか。詫びる気があるなら、その腹を掻っ捌いてみせろ。

 以前ならば、そう叫んでいただろう。

 だが今は、目の前で頭を下げる男の小ささに困惑しか感じなかった。


「頭を上げてください」


 俺が言ったか、それとも響子か。


 だが、御天当代は頭を下げ続けた。


 困惑する俺と響子を他所に、お茶請けに出された羊羹を平らげた実が手付かずである俺達の羊羹を狙いソワソワし出す。

 ジジイが、そっと自分の分を差し出し嬉しそうに実が受け取る。


 いや、シリアスなシーン。


「話は、それだけか?」


 目尻を下げながら、ジジイが御天当代へ声をかける。


「すまん。

 これからが本題だ」


 頭を上げた当代が、懐へ手を入れ一枚の紙を取り出し座卓の上に置く。


「何だ?」


 手紙の様なそれをジジイが受け取り、読み上げる。


「今より五代二五〇年を経て、世の様変わり果てなむ。

 ……これは、『をのこ草子』か?」


 をのこ草子。

 八代将軍徳川吉宗の時代に流布したと言われる予言書。

 作者は不明であるが、書に書かれた250年後の1980年の様相と奇妙な一致が見られるという。

 と言う都市伝説。


「そう。『をのこ草子』と言われるものの真作。

 御天に伝わる予言書だ」


 ◇


 ――


 をのこ草子


 今より五代二五〇年を経て、世の様変わり果てなむ。切支丹の法いよいよ盛んになって、空を飛ぶ人も現れなむ。地を潜る人も出て来べし。風雨を駈り、雷電を役する者もあらん。死したるを起こす術もなりなん。さるままに、人の心漸く悪くなり行きて、恐ろしき世の相を見つべし。

 妻は夫に従わず、男は髪長く色青白く、痩細りて、戦の場などに出て立つこと難きに至らん。女は髪短く色赤黒く、袂なき衣も着、淫りに狂ひて、父母をも夫をも其の子をも顧ぬ者多からん。万づ南蛮の風をまねびて、忠孝節義はもとより仁も義も軽んぜられぬべし。

 斯くていよいよ衰え行きぬる其の果に、地、水、火、風の大なる災い起りて、世の人、十が五は亡び異国の軍さえ攻め来りなむ。

 此の時、神の如き大君、世に出で給い、人民悔い改めてこれに従い、世の中、再び正しきに帰らなん。其の間、世の人狂い苦しむこと百年に及ぶべし云々。


 ――


「初耳だな」


 ジジイが、予言書を眺めながら眉間に皺を寄せ、紙を顔から少しずつ離していく。

 あれが、老眼というやつか。


「貸して」


 そんなジジイの手から母が紙をひったくった。

 俺も横からその紙を覗き込む。


「……夜の中、腐垂たびた、堕し鬼に変えらなん」


 その紙に、そう書かれていた。

 世に出回っているをのこ草子。

 俺の知るそれと唯一違うところ。


「……なんて?」


 母が俺を訝しげな目で見る。

 その向こうで実が何か言いたげな顔をしているた。


「ここ。

 この一文が違う。

 読みは同じだけれど。

 これだけで、文書がまるっきり逆の意味になるな」


『世の中、再び正しきに帰らなん』が『夜の中、腐垂たびた、堕し鬼に変えらなん』に変えられている。


 母が、座卓の上に紙を広げ、スマホを取り出し調べ出した。

 その隙に、実へ羊羹を皿ごと渡す。


 それにしても……『地、水、火、風の大なる災い起りて』とか、『十が五は亡び』とか何処かで…………。


 あ。


 瀬織津比売が俺に見せた神託だ。

 噴火に地震、それから、津波、大雨。更には、人の争いと言っていた。最後の光景は見ていないけれど。


 偶然の一致とはいえ、よく似ている。


 でも、あれは別の世界の出来事で、その原因は真経津マフツの中で取り残され夏実を求めた俺自身だった訳で。


「本当。

 良く一目でわかったわね」

「そう。

 それが、御天の当時の人間が施した二つの偽りのうち、一つ」

「二つ?」

「順を追って話そう。

 市井に伝わる予言は御天が喧伝したものではない。

 をのこ、つまり下働きの男が勝手に言いふらした物だ。

 すぐに止めようとしたが、人の口に戸は立てられぬ。

 ならばと、二つの偽りを混ぜた。

 一つは頼知が言った様に、文書を一部変え、その印象を全く別の物へと変えた。

 本来は、夜な夜な亡者が溢れ出すだろうとそういう予言であったのだ」


 一度広がった話を上書きする為に、不自然にならない様に、ほんの少しだけ変えた訳か。


「そして、もう一つ。

 その文書が作られた時代を偽る事。

 予言の文書ではなく、その予言が示す時間そのものを偽る事で、予言が偽物であると錯覚させたのだ」


 なるほど。

 文書の中で二百五十年という数字が出ているのだから、その始点をずらした訳か。


「となると、本当の二百五十年後は?」

「今年、もしくは、来年」


 まじかよ。


「その為に、先代から数々の準備を整えてきた。

 天鈿女命アメノウズメに連なる神楽の一族へ接触し……まあ、男女の仲になるとは思わなんだが……それを持って神の器とする計画を立て……」

「それは……つまり……」


 風果はこの予言の為に生まれ、俺はこの予言の為の生贄となった……と?


「ヨリチカ」


 突然聞かされた勝手な話に腰を上げかけた俺に実が声をかけた。


「何だ?」

「比売様が何か言っておるぞ?」

「は?」


 実が比売様と言ったら一柱しかいない。

 俺の中の瀬織津比売。


 ゆっくりと目を閉じる。


 だが、声など聞こえず。


「……精進がたらんのう」

「何て言ってんだよ」

「これは羽白熊鷲はしろくまわしの再来。

 その神託だそうじゃ」

「待て! まさか、この神託を残したのは瀬織津比売様か?」

「それは違うそうじゃ」

「てか、俺と直接話せ!」

「修行が足らんとおっしゃっておる」


 クソが!

 やはりGAIAの中ほど、簡単に力が使える訳ではないか。


「頼知。あの娘は何を言ってるんだ?」

「俺の中の瀬織津比売様との会話を教えてくれてるんだろう」

「何と! 誠か」

「元々、それくらいの力は持っている一族。

 不思議じゃないけれど……」


 あれ?

 母はどうしてその事を知っている?

 本人から聞いたのか?


羽白熊鷲はしろくまわし

 かの神功皇后様が、討ち取った熊襲最期の王。その背には翼があったと言う……」

「そんな者が現れてみろ。世の中ひっくり返るぞ」

「もともと、どちゃく? の神様ではないそうじゃ」

「……神託であるなら、それは防げる」


 そんな神が現れ、天災と人先が巻き起こるなんて知らされて放っておける訳がない。

 だが、いかに神が見せた物であれ、将来の可能性の一つでしかない。

 それを選ばない道もまた残されている。

 それは、俺自身が既に証明している。


「御楯当代。

 これまでは御天の内に秘して来たが、庶家七門に須らく伝え、対処を任せたいと思う」

「それは構わん。

 いや、そうするべきだ」

「……すまぬ。

 夏までには、跡目を決める」

「そうしろ。

 それでさっさと入院して治せ。

 今度は三百万巻き上げてやる」


 そう言いながら、ジジイはゴルフスイングの真似をした。

 御天当代が力なく笑う。


「……宗主。

 まさか、御紘の親父さんはこの事を?」

「ああ。

 知っていた。

 お前の教育係を任せる時に話したからな」


 だから、御紘の親父さんは無理をして俺を助けたのか?

 その結果、自分が命を落とすと覚悟を決めて?


 ◇


 それから程なくして、俺は新百合ヶ丘に母が借りたマンションへと引越し夏実杏となった杏夏と再会する。

 そして、高校生活が始まり新しい生活がなんとなく回り出した梅雨時、GAIAへ呼ばれ吸血鬼と人狼、そして勇者の物語の結末を見届けた。

 後にも先にも、あのアプリを使ったのはその時が最後。


 その間に御天八門へ『をのこ草子』の予言が周知され、しばらくの後に御天当代は良性腫瘍の手術と経過観察という事で入院した。

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サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
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― 新着の感想 ―
[良い点] 男共は実にあめぇー! [一言] あの話がどのタイミングだったのか気になってたからありがたや。 ということは、現在の頼知のスマホにはGAIAアプリがあるってことか。 異世界が、頼知を呼んでい…
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