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異変。その始まり①

 一人しか居ない教室は蒸し暑く、外から聞こえる部活の声と蝉の声がうるさくて仕方ない。


 一学期の終わり。担任との二者面談。

 窓際の自席に腰を下ろし担任を待っていた。

 ガラガラと教室の引き戸が開き……。


「ウィーン」


 なんでか一度自分で物理的に扉を開けた後に、自動ドアが開く真似をしてから担任が教室の中へと入ってきた。


「御楯(↑)か……」


 ええ、そうですが……なんでそんな腰を落としながら入って来て、ヘッドバンギングの様に頭を振るのだろう。


「これから進路指導を始めよう。


 御楯の進路希望を見せてもらった。

 公務員、警察官。


 悪くないだろう。


 この不景気。

 堅実な選択だ。

 だけれど、今の成績なら進学を勧めたい。

 それが、担任である、この俺の願い。


 時を戻そう。


 警察官か。

 将来に対して明確なイメージを持つことは良い事だ」

「はあ」

「だが、大学に進学して、それから公務員試験を受けるという選択肢もある。

 ……そんな風に偉そうに否定される時点でわかるだろう? お前の望みは短絡的だ。それが若さ。

 その若さ故に知らない事も多い。

 そんな若者へ、届かないと知りつつも考える事を促すのが担任である俺の役割。


 時を戻そう。


 大学へ進学する気は無いのか?

 御楯の成績でこのまま頑張れば指定校推薦も狙えるだろう。

 大学進学。

 それは今の時点で将来を明確に描いてるお前にとって遠回りに思えるかも知れない。だけれど、人生は長い。

 今、見えている世界だけで、自分の行き先を決めてしまうのは早計だ……とは言い切れない!

 孫正義は十秒以上考えるなと言った。

 その心は考えて無駄に時間を消費することが愚かだと言う事だ。


 時を戻そう。


 どうしてそう言う結論に至った?」


 あ、俺がしゃべる番?


「独り立ちしたいんですよ。

 早く」


 で、家庭を築きたいのです。


「その考え方甘い……とも言い切れない。

 むしろ甘いのはこのキャラで二者面談を乗り切れると思ったこちらの方なのかも知れない」


 そうやって、ほぼ一方的に喋る担任に苦笑いを返すだけの個人面談は終わった。


 二人しか居ない教室は、覚悟していた以上に寒々しくて、外から聞こえる部活の声はやけに楽しそうだった。でも、それ以上にこちらも楽しい高校生活を送っていると信じたい。



 ◇



 昨日面談した夏実の時はもうちょっとまともだったらしい。

 てことは、俺に対しては適当にふざけても問題ないとか思ってるんだろうか。


 まあ、どう言われようと進路は変わらない。

 公務員試験四種を受け、禍の対処を専門とする警察内の特殊部署へ。

 警視庁に配属となって母の部下になるとは考えにくいのでどこからしら地方へ飛ばされるだろう。


 しかし、俺が荒御魂たるマガツヒの器であった事は周知の事実。更に、御天本家と確執もあった。

 他の御天七門に対し、俺が御楯の後継であると認めさせるには避けては通れぬ道。


 ま、別に無理に認めてくれなくても良いんだけどさ!

 ただ、祖父母は俺を正式に後継としたいようだし、母の面子もある。それを考えると、この道を行くのが最善なのだ。

 結局、俺にはその生き方しか出来ないとも言える。

 それでも、半年前まで田舎の家に兄妹二人押し込められていた事を思えば、少なくともその未来は自分で選んだと言えるだけマシだ。



 一度家に帰り、着替えて再び外へ。

 母親は仕事、実は保育園。

 なので今日の昼メシは一人。


 マキちゃんのバイト先、喫茶アンキラまで出向き、臨時休業の張り紙を見た俺は仕方なく駅前まで引き返しファミレスへと入る。

 つーか、事前にマキちゃんに聞いて置けば良かった。完全に無駄足。


 ランチのハンバーグセットを頼み、スマホをいじる。

 ふと見上げた窓の外に知った顔。


 級友その一とその二。


 ……うそ。マジで?


 向こうも俺に気づき、気まずさと照れ臭さの入り混じった様な表情を同時に浮かべる。


 え。

 マジで?

 どう見ても付き合ってるじゃん。

 その感じ。


 ちょ、聞いてないんだけど!


 と言う、動揺を顔に出さず僅かに口角を上げながら左手を小さく振る。

 二人に幸あれ。


 マジかー。

 他の人は知ってんのかな。


「ラ」


 村上に聞いておこう。

 いや、しかし気軽に聞いて良いものか。

 でも、知らないのが俺だけだったりしたらそれはそれでショックだな。

 それにしても、そうかぁ。

 恋人かぁ。

 良いなぁ。


 手を振り返し去っていく二人の後ろ姿を生暖かい目で見送る。


「今度は隠れないんだな」


 窓から店内へ視線を戻した俺は、そこで固まる。


 知らぬ間に、向かいに男が腰を下ろしていた。


 勝手な相席。

 いや、そんな事は些細な事……。


「久しぶりだな。同士儡魑(ライチ)


 黒のニット帽を被り、黒のシャツを着た男。


「……ミカ……エル?」


 それは、かつて知り合いだった男。

 この世界に於いて、一切の面識が無いはずの男。

 俺はこの世界で町田(ここ)に越して来るまでの人生、SNSなどと無縁であったのだから。


 背筋に悪寒が走る。

 人為らざるものが現れる世界。前の世界とは考えられぬこの世界に於いてもなお、目の前の男の存在は異彩を放っていた。


 何故、ここに?

 いや、こいつは俺の『知っている』ミカエルなのか?

 だとしたら、どうやって?

 ……死んだはずではなかったのか?


 疑問が次々と湧き出て脳内を埋め尽くして行く。

 それを何処から紐解いて行けば良いのか。それすら定かでない。


「ラ」


「……ムー」


 俺がそう返すと、ミカエルは口元を緩めた。


「僕は、死んだことになってるらしいな」


 そう。

 ミカエルは、死んだ。

 政府が公表した『G PLay死亡者リスト』にその名前があるのを俺は見ている。

『鈴木美蛙』と。

 同姓同名という可能性は低いと思う。

 事実、彼へ送ったLINEが既読に変わることは無かったのだから。


 だが、その本人が目の前にいて、その口から死んだかと問われている。

 俺には返す言葉が無かった。


 彼は俺に構わず続ける。


「準備は整った」


「聖戦の幕は上がった」


「新たなる福音」


 彼の言葉は、だけれど聞く端から零れ落ちていく。

 俺の頭の中は、何故と言う疑問符が埋め尽くしていたのだから。


「……目的は何です?」


 数多の疑問符の中から絞り出した問い。

 ミカエルが誰なのかとか、どうやってここにとか問うべき事はまだまだある。

 だけれど、最優先は未来の話。

 俺の前に現れたこの男の真意を探る事。


「破壊だよ。同士儡魑(ライチ)


 淡々と、感情の籠らぬ声で返すミカエル。


「……それは、手段では?」


 何かを得る、或いは為す為に何かを壊すのだ。


「魔王或いは神。

 物語の敵役に目的は必要ない。

 ただ、無慈悲なまでの力を持ち主役を苦しめる。それだけで事足りる」

「破壊は手段でなく目的ですか。

 だけれど、ミカエル。

 君は魔王でも神でもない」

「そう。

 そうなのだ。

 僕は、魔王でも神でも、勇者でも賢者でもない。

 だから、全てを道連れにしてやろうと思う」

「全て?」

最終戦争ハルマゲドンが始まる」

最終戦争ハルマゲドン……黙示録のですか?」

「そして、新たなる天地が生まれる」

「残念ながら、終末は訪れない」


 ミカエルの言葉を否定したのは、隣のテーブルに座っていた女性。


「終わるのは、オマエだけ」


 そう、断言し素早く右手を突き出した。

 それと同時に、俺達の周りの客全員が立ち上がる。

 その全員がサングラスをかけ、この国では所持を認められていない筈の銃を手にしていた。


 数十もの銃口。

 その向く先はミカエル。


「……マジかよ……」


 全員が、なんら躊躇う事無く引き金を引く。

 咄嗟に身を投げ出し、地面へ伏せる。

 幾重にも重なる炸裂音。

 そして、床に伏せた俺はテーブルの向こう、ミカエルの足の周りに銀色の銃弾がカラカラと音を立てて滝の様に落ちるのを見た。

 更に、黒い円筒形の物体が床に転がり……。

 あれは……爆弾……? いや、連中はサングラスをかけていた。となれば答えは一つ。

 スタングレネード 。

 ……スタングレネード !?

 やっべ!!


 咄嗟に目を閉じたが、瞼越しに強烈な光が目を焼く。同時に耳も破壊され。

 全身を衝撃が包み込む。


「同士、向こうで待ってるぞ」


 視覚も聴覚も効かぬ中、ミカエルが笑いながらそう言うのを聞いた。


 ◇


 どうやら、気絶していたらしい。

 俺が目を覚ましたのは、ファミレスではなく白い小部屋だった。

 病室……いや、違うな。救急車の中か。

 車内には、二人。

 俺とサングラスをかけた女性。

 ファミレスで真っ先にミカエルに銃を突きつけた奴だ。


「御楯頼知ね?」


 車内のシートに腰を下ろしたまま、俺を睨みつける女。


「ええ。貴女は?」


 ストレッチから身を起こしながら答え、尋ねる。体の痛みは……酷いところはないな。


「ハナ・ウィラード。FBI捜査官よ」


 サングラスを外しながら彼女は自己紹介をする。

 その冷たい目は、俺の知っているハナそのもの。


 そして、そんな些細な事に俺はどこか安心し冷静さを取り戻す。


「……ここ、日本ですよ?」


 何で、アメリカ連邦捜査局なの?

 実はCIAってオチでは?


「Xファイルに国境は関係ない。

 アイツとの関係は?」


 アイツとは、ミカエルの事だろう。

 関係か。

 何と表現すれば良いのだろうか。


「夢で会った知り合い」

「……夢?」

「それで、何処へ向かってるのです?」

「平川門よ」


 平川門。

 マガに起因する国内の事件調査及びマガの直接的な排除を担当とする警視庁公安部公安八課。通称、特別守護隊の本拠が置かれている場所。

 つまり、公安八課を示す隠語。

 言わずもがな、響子の職場でもある。


「下ろしてもらえないですか?」

「無理ね」

「妹を迎えに行かないと」


 保育園へ実を迎えに行かねばならぬのは事実。

 まだ時間はあるけれど。


「誰か、他の人に頼んだ方がいいわ。

 今日は、長くなるわよ」


 いや、他に頼める人なんて……。

 何かの弾みで落としたのか、俺のスマホをハナから手渡される。

 LINEに未読のメッセージが。


 ――――――


 なつみかん〉町田でガス爆発だって

 なつみかん〉巻き込まれてないよね?

 なつみかん〉ファミレスにいた?

 なつみかん〉まさか、犯人?

 なつみかん〉連絡して


 ――――――


 誰が犯人だよ。

 そんな大それた事するか。


「ガス爆発?」

「あら。そんな風に処理されたのね」

「いけしゃあしゃあと……」


 SNSでその画像を探す。

 ……あった。

 遠巻きに撮ったのか、野次馬の頭越しに規制線のテープが貼られた建物。

 窓は全て吹き飛び、真っ黒に焼け焦げている。まるで、戦場の様だ。

 他の画像には、十重二十重の警察官と消防員。

 こんな惨状で良く無事だったな。俺。


「別に私達がやった訳じゃないから。

 奴が炎を放ち逃げた。

 犠牲者が出なかったのは奇跡ね」

「電話します」

「事件の事は」

「言いません」


 大きく息を吐いて、少し気持ちを落ち着けてから夏実へ電話。


『御楯!?』

「お、おう」


 ワンコールするかしないかの内に電話に出る夏実。


『今どこ?』

「都心へ向かってる。ちょっと急用で」

『都心?』

「で、ちょっと頼みたい事があるんだけど」

『何?』

「実の迎えをお願いしたい」

『え? 保育園の?』

「そう。他に頼れる人が居なくて」

『……もう一回言って』

「ん? 実の迎えを頼みたいんだけど」

『その後』

「夏実さん以外に頼れる人がいないんだよ」

『……仕方ないなぁ。そこまで言うなら、実ちゃんの為だしね』

「悪い。園には連絡入れておくから』

『りょ。

 その後、ウチで預かってれば良い?』

「いや、鍵は持たせてるから家に放り込んでおけば良いよ」

『一人で? 危なくない?』

「大丈夫だろ」

『大丈夫じゃないよ。

 そしたら、しばらく見てる』

「そこまで、甘やかさなくていいぞ?

 あ、あと換えの着替えと上履きも持って帰ってきて」

『りょ。

 そっちの用事はどれくらいかかるの?』

「さあ?

 ちょっとわからん。

 終わったらすぐ連絡する」

『ほーい』


 と、これで実は心配ない。

 保育園にも電話を入れ、友人が迎えに行く旨を伝える。


「……夜には帰れるんですかね?」

「さあ? オマエが何を語るか次第じゃない?」


 この車内でのやり取りに少し懐かしさを覚えたけれど、目の前のハナは俺の知っているハナではない。

 では、先程目の前に現れたミカエルは? 果たして俺の知っていたミカエルその人なのだろうか。


 再び体を横たえる。

 全身が重く、いつに無いくらいに疲れていた。


 車に揺られ、再び少し眠る。

 ハンドルを握るのは誰だろう。

 とても、運転が上手い。

 そう。

 いま、同じ空間に座っているハナなんかより余程。


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script?guid=on 新作もよろしくお願いします。
サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
https://ncode.syosetu.com/n3012fy/
― 新着の感想 ―
[良い点] 新章突入ありがとうございます好きです(先制攻撃) ミカエル懐かしい……戦友になれるポジションだったのに死んでしまった彼は今回悪役っぽいですがどう動いてくれるのか楽しみです 1話と対比して読…
[良い点] この導入は卑怯だっ! 結構、理不尽な扱い受けてるのに相手がハナさんだから、頼知が一方的に知ってる分落ち着いてしまうよね、絶対変な奴だと思われてる! [一言] 鈴木ミカエル誰だよっ! って前…
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