十何年か後の何か。
冷蔵庫を開ける。探す。
……無い。
一度扉閉める。
もう一度開ける。探す。
やっぱり無い。
「姉貴、ゴラァ………………」
俺のプリンを喰らった憎き強敵、御楯一恋の声のするリビングの扉を開け、怒りを発散させんとしたがしかし、そこに座す、女性の姿を見て硬直。
来るなら来るって言ってくれても良いじゃないかよ!?
ママン!
「み、み、み、実しゃん……おひしゃしぶゅりでふ」
「一昨日も会った気がするけど?」
幾度と無く噛みながら九十度にお辞儀をした後に顔を上げた俺に、実さんが柔らかな笑みを向ける。
やばい。耳が熱い。俺は今、どれだけ顔を赤く染めているだろう。
その向かいに腰を下ろすクソ姉貴の蔑む様な視線は見なかった事とする。
実叔母さん。
俺の親父の妹なので叔母にあたる、この世の物とは思えぬ無邪気な笑みと狂気の様な巨乳を併せ持つ人物。
神降ろしを専門とし、公安八課に於いて課長たるウチの親父に比肩するとも言われる人物。
そして!
俺は覚えている。
「僕は実ちゃんと結婚するんだ!」(当時六歳)
「うむ。そうか!
しかし、まあ御楯同士ならそれは叶わぬよ。はははは」(当時十五歳)
幼心に抱いた野望を常識の範囲で打ち砕いて来た実さんの言葉を。
だけれど、それは裏を返せば……御楯同士で無ければ問題無いと言う事。実さんは、響子さん(お祖母ちゃんと言うと殺される)の実の娘ではなく養子。つまりそれは結婚に障害が無い事を意味する。
そして、御楯同士と言う実さん自身が提示した関門すら俺は潜り抜ける手段を見つけたのだ。
虚仮の一念岩をも通すである。
まあ、ウチは仏門では無いけれど。
手段。それは、俺が御楯でなくなる事。
母の生家である御紘家。
元々は、母の父であり、つまりは俺の祖父ある御紘龍市郎が先代であり、あまり詳しく教えてもらって無いが、その祖父が急死し祖父の弟である御紘虎寺郎さんが当代であるのだが、その虎寺郎さんは独身では無いが子が居ない。
つまり、跡取りが居ないのである。
「……俺、御紘の家に入ろうと思う」
それは養子縁組として、虎寺郎さんの息子に。
その考えを家族に打ち明けた時。
「……はあ。おばあちゃん(母方)説得するの大変だわ」
「……はあ。宗家説得するの面倒だな」
「……はあ。やっぱり私が御楯を継ぐのね……」
と、それぞれこの先抱えるであろう厄介事を想像して眉間を押さえはしたもののも誰一人翻意を促す事無く受け入れられ、二ヶ月近く一人で葛藤していた俺は何だったのかと肩透かしをくらった物だ。
だが、そんな風に話のわかる家族に恵まれた俺はトントン拍子で二十歳になった時点で御紘遥弦となる事が約束された。
そして、その時こそ実さんへもう一度プロポーズをする時なのだ!
「お土産買って来たから一緒に食べよう」
「あ、アリガタキシアワセ……」
プリンだ。
プリンロスの俺の為に、態々プリンを買ってきてくれた。
……以心伝心! これはつまり、実質結婚!
すすすと移動し、ソファに腰を下ろす。
プリンを手に取った俺の横で姉貴が口を開く。
「ところで、実さん。
実さんからもらったあの槍、祓濤出来ないんだけど……」
「槍の名はわかった?」
「全然」
「まずはそこからよ。
……あの槍は、金色なるまつろわざる神が手にしていたもの」
「まつろわざる神? それ、どの神ですか?」
「後は自分で見つけなさい。
真摯に語りかければ答えてくれる」
「むー」
「どうしても答えないならその時は殴ってでも答えさせる!」
「え?」
「そうですよね? 夏実姉さん?」
「ちょ、その振り方、私が殴って言う事聞かせてる見たいじゃない!?」
「違うの?」
「…………チガウヨ?」
年こそ離れて居るが女子三人が駄弁っている間、俺は静かにゆっくりとプリンを口に運ぶ。
何だろう。このプリン。全然味がしない?
あれ、俺、今プリン食べてるんだっけ?
「遥弦は、どう?
白雪の調子?」
「は? え?」
「白雪。
私のあげた刀」
母から受け渡された刀。
「ん、ああ。
使いやすいよ。少し短いけど」
「それだけ?」
「え?」
それ以外に何があるのか?
母からの問いの意味がわからぬ俺に、だが、しかし母は探るように視線を投げかける。
「まだまだ御紘と認められてないのでしょ」
「え!?」
ちょ! 実さん、それどう言う意味!?
「(御紘と稲魂の神との)約束は古くとも、確かなもの。
なればこそちゃんと認められる男にならないとな」
そう言ってニコリと笑顔を向ける実さん。
「……ハ……ハイ!!」
約束!
覚えてた!
と言う事は、今の言葉は!
実質、プロポーズの返事!
ならば!
「しゅ、修行! 行って来ます!!」
待ってろ!
GAIAとか言うよくわからぬアプリ!
◆
「ただいま」
「おかえりなさい。
頼知さん、冷蔵庫のプリン食べた?」
「あ、ごめん。
夏実さんのだった?」
「遥弦の名前書いてなかった?」
「……見てなかった。
そうか、遥弦のだったのか。
明日買ってこよう。
しかし、遥弦で良かった」
「どうして?」
「一恋ならまた口を聞いてもらえなくなってた」
(……『また』?)
彼女の目から見ても、現在進行形で口を効いてもらえてない様に思えるのだが、それを敢えて口にして夫のメンタルを削る様な真似はしない御楯杏。
代わりに目を閉じ僅かに顎を上げる。
二人は相変わらずラブラブである。
『集英社WEB小説大賞』なるタグをつけてみました。そのついでに、二部途中で一瞬現れた二人の正体。
あと、VRの新作も書いてます。
よろしければそちらもどうぞ。
『サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!』
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