残された物
「御楯、ちょっと」
朝のHRが終わってすぐに担任に手招きされる。
何だろう。
そのまま廊下へ。
「昨日の客人、どう言う関係だ?」
ハナの事か。
「……アメリカの友人です」
「G社の名刺を置いて行ったらしいが、校長が求人でももらえないかって言ってる」
「無理すね」
「そうか。
で、お前、G playやってるのか?」
「は?」
「昨日、来た時に『G play』の事でって言ってたらしい」
何で言うかな。
あの女。
「あー、まあ」
「どうだ? ぶっちゃけ、金になりそうか?」
「は?」
「追証金、いくらか知ってる?」
「は?」
「三十五万。嘘、四百万」
何言ってんだ? この人。
視線が定まって無いぞ?
「アナタ、ダメトレーダー……」
そんな事を言いながら、担任は去って行く。
入れ代わりに英語教師の姿が見えた。
俺は教室へ。
◆
「G playやってんの?」
休み時間に前の席の村上が話しかけて来た。
さっきの会話、聞かれてたのか。
「ちょっとだけ」
「友達の友達が帰ってこないらしいんだけど、何とかなる?」
「ならないと思う」
「何の話?」
東条が来た。
「どうでもいい話」
村上がそう言った。
「東条さん。
ごめん、昨日の話、やっぱ止めとく」
「は? 何の事?」
「……弓道部入ろうかって話」
「あー。あっそ」
調査名目で土日の予定が埋まってしまい、部活をする余裕は無くなった。
「こんな時期に新入部員なんて下心出し過ぎっしょ」
「だっしょ?
でも、誰目的か知らないけど大体彼氏いっから」
「いや、そんなんじゃ無いし」
弓道部に入れば、大会とかでイツキに会えるかもなんて……そんな事はちらっと考えたけれど。
でも、向こうは俺を知らないし、現実では相手にされないだろうし。
CIAと公安が俺をマークして居るから、巻き込ま無い方が良い……。
まあ、それは嘘だろうけど。
◆
「しかし……でけぇな」
新しく通う事になった『G play』溜池山王。
建物は地上44階建ての超高層ビル。
その二階から五階までの四フロアが『G play』になって居る。
更に六から八階までが会員制のフロア。
その上は、米軍関係及び関連企業のオフィスになって居るらしいがちょっと調べても詳しい事は分からず。
屈強な黒人男性の警備員が睨む。
視線を合わせない様に下を向きながらハナに渡されたIDカードを使いゲートを通り抜ける。
そして、その奥のエレベーターで八階へ。
降りると、まるでビジネスホテルの様に扉が並んでおり。
N8017。
それが俺の専用スペースらしい。
それを探し、ドアノブに付いたセンサーに親指を合わせる。
「ピッ」っと音がして鍵が開く音。
指紋認証……指紋、提出した覚え、無いのだけれど……。
ドアノブを回し中へ。
リクライニングチェアとクローゼット。
更に椅子と机。
最低限の物だけが置かれた部屋。
ただ、通って居た鶴川のG playにあったタブレットは無い。
鞄を下ろし、リクライニングシートへ身を横たえる。
『Welcome Lychee!』
椅子の中にスピーカーが入って居るのか。
耳元で囁く様な声。
『Are you ready?』
「……Yes」
『Have a good trip!』
良い旅を、か。
悪趣味だな。
そう思いながら、別世界へと転移する感覚へ身を任せる。
一ヶ月半振りだな。
そして降り立つ異世界。
岩肌剥き出しの自然洞窟。
明かりはほとんど無い。
敵の気配も。
好都合だ。
その場に腰を下ろし瞑想。
自分の力を再確認する。
七つ目まで開かれた壊ノ祓。
そして、四つの現ノ呪。
更に、全て開け放たれた鎮ノ祓。
これは、今迄と変わらず。
問題は……。
イツキのマナを使い禍津日が抉じ開けて行った鼓ノ禊。
鼓 拾弐 水蓮。
水の中へ潜む術。潜水術。
鼓 弐拾漆 調息
息を整えながら動く術。整息術。
鼓 伍拾弐 撫霧羽
霧の如く移動する足使い。歩走術。
鼓 伍拾漆 天駆
空を蹴り駆け上がる空中移動の術。
鼓 陸拾弐 水雲
水の上に浮かびを流れる様に移動する術。
鼓 陸拾漆 火辺知
壁を走り駆け上がる術。
鼓 漆拾弐 神匸
自らの周囲から姿と気配を完全に遮断する術。
鼓 漆拾漆 瞬息
息を止め動く整息術。長ければ長いほど動きは鋭く、そして死に近くと言う。
鼓 捌拾弐 千理鑑
千里を見渡す目。それは障害を物ともしない透視の術。
鼓 捌拾漆 察氣
先々の先と呼ばれる攻撃の気配を察知する術。
鼓 玖拾弐 断獄
一切の感情を封じ敵を殺める術。その刃は親、子共でさえ無慈悲に貫く。
鼓 玖拾漆 流転
自らの命を捨て尚戦い抜く術。その血が枯れようとも敵を滅するまで躰は止まらず。
数だけ見れば大幅なパワーアップなのだが、そう単純な話では無い。
禍津日は漏れ出る自らの力を使いながらこれを扱っていた。
つまり、マナを生み出す事が出来ない俺単独ではそうホイホイと使う訳に行かないのである。
それに、使い慣れるまで修練も必要だろう。
大体、洞窟がメインの世界で空中移動とか、オーバースペック過ぎるんだよ……。
そしてもう一つ。
本来ならば、俺が持ち得ない命ノ祝。
その扉が一つだけ……開いていた。
命ノ祝 伍 卑弥垂。
病を祓い傷を癒す術。
どうして?
その扉の前に立つ。
ああ……そうか。
イツキが残して行ったのか……。
扉の中から漏れる柔らかな光でそう感じた。
俺は意識の奥底に眠る禍津日を一睨みして、目を開ける。
まずは、体の使い方を慣らさないと。
ブランクがあるし、新しい力もある。
慎重に。
そう自分に言い聞かせ。
ついでに荷物も確認して置こう。
鞄の中身を点検。
……あれ?
見知らぬ物があった。
荷物の中では無い。
右の掌。
中心に……丸い刺青。
何だろう。
これは。
しばし、それを眺める。
全く身に覚えが無い。
心当たりも……無い。
一抹の心地悪さを感じながら、ひとまずは門を見つける為に動き出す。
……天翔!
調子に乗った空中移動で天井に頭をぶつける。
もう、やらない。
オーバースペックなんだよ!
その音に呼ばれた訳で無いだろうが現れ出る敵。
人魂……では無いな。
霊よりは力がある。
妖精とか、そう言う類だろう。
ふわりと浮かぶ小さな火の塊。
一瞬激しく燃え上がり威嚇。
咄嗟に後ろに下がりながら詠唱。
「分かつ者
断絶の境界
三位の現身はやがて微笑む
唱、拾参 現ノ呪 水鏡」
直後、こちらに向かい火が吹き出てくる。
呼び声に応え……右手から力が溢れ出る。
そして、依り代を得た強固な盾が襲いくる炎を完全に遮断する。
その間に逆氷柱の術で本体を消滅させる。
俺の前に現れた盾。
それは今迄とは比較にならない強度。
そして右手の違和感。
掌の刺青が無くなって居た。
何かが水鏡の依り代となった。
何が?
力を持った水。
そんな物……あれか!?
禍津日が握り潰し、取り込んだ……あの光を放つ球体。……イツキの……仇……。
それが……体に宿ったのか。
浮かぶ盾はしなやかで、でも柔軟で。
……私怨は捨てよう。
力。
それが無ければ、守りたくとも守れない物があるのだから。
そう。
喪ってその後に感情が力に変わっても何の意味も無い。
もう二度と同じ事は繰り返さない。
「汝、朧兎也」
浮かぶ盾にそう名付け。
これで、より一層の力となるだろう。
兎は月の化身。
最早、見ることさえ叶わぬ面影を重ねる。
さて、行こう。
向こうへ戻るために。
―― 序章完




