アナスタシヤ・ミシュレ-2
現実へ戻り、暫くは呆然としていた。
誰かに抱かれ、そして、泣いた。
そんな記憶を反芻し。
そして、別れ際に言われた命令を思い出す。
――大丈夫デス。
――味方は居るデス。
――それと、戻ったらサッカーくじをメモして渡しに来るデス。
……ふざけるな。
自分だけ甘い汁を吸わせてなるものか。
蘇った言葉に苦笑し、彼女は内心、自分からの願いを却下し帰路に着く。
ほとんど使った事の無い、マンションの一室。
その前で鍵を手に立ち止まり、彼女は考える。
どうしてここに帰って来たのか。
ここは、任務と共に充てがわれた仮の住まいだから、ここに戻るのは正しい。
いつの間にか季節がガラリと変わる程に時間が過ぎてしまい、それでも任務が続いているならば。
だけれど、その任務は何だったのだろうか。
それを思い出そうとするが、どうしても果たせずにいた。
「こんばんは」
考える事に集中して居たからだろうか。
人が居る事に全く気付かず、そして、声をかけられ彼女は盛大に肩を跳ね上げた。
「こ、コンバンワ」
彼女は、自分に笑いかける女性へ頭を下げる。
「お隣さん? 最近越して来たのかしら?」
「少し、前デス。
忙しくて、あまり帰って来れなかったデス」
「そう。
若いのに大変ね。
ロシアの方?」
「そうデス。
アナスタシヤ・ミシュレと言いマス」
「私は御楯響子。
アナスタシヤさんは一人暮らし?」
「は、ハイ」
そう答え、相手が黙る。
何か不自然な応答があっただろうか。
彼女は少し不安になる。
「ねえ。アナスタシヤさん」
「は、ハイ」
「お腹、空いてない?」
「え……?」
その質問の意図が彼女には分からなかった。
言われて見れば、空腹だ。
だけれど、自分が空腹である事が、相手に何の関係があるのだろうか。
彼女は返答に困る。
「あのね、何故だか最近、ご飯を一人分多く作っちゃうのよね。
旦那に無理に食べさせる年でもないし、結局捨てちゃうんだけど……そんなので良かったら食べに来ない?」
そう言われ、彼女は更に返答に困る。
ひょっとして何かの罠だろうか。
いや、ここで断ったら怪しまれるのだろうか。
戸惑うアナスタシヤだが、結局その誘いを受ける事にした。
初めて見る隣人の微笑む顔に少し陰りを感じたからかもしれない。
或いは、この国で仕事に関係なく誰かと話をするのが初めてだったからかもしれない。
「お邪魔シテ、良いですカ?」
「ええ。もちろん!」
彼女はより一層の笑顔を浮かべアナスタシヤを迎え入れる。
そこに『攻撃こそ最大の防御』を信条とし、世界から盾の女神と恐れられた傭兵の影は微塵もなかった。
◆
二部後半、駆け足となりましたが、一度幕を下ろします。
最後までお付き合いいただいた皆様に感謝を。
ベリィ、御楯一恋、ユズ、御楯遥弦姉弟が放ったらかしだなぁ(遠い目)。




