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異世界で……

 ……見覚えのある、室内。

 帰ってきた。

 帰ってきた!

 帰ってきた!!


 叫びたくなるほどの感情を抑えながら、小部屋に残ったままの荷物を手に取りバタバタと専用スペースから飛び出す。

 スマホはもちろん充電切れ。

 首から下がったIDカードでシキシマセキュリティサービスのロックを解除。

 一瞬、もう使えなかったらどうしようかと思ったけれど、解錠を伝える短い電子音が返り、ガチャリとサムターンの回る音。


 デスクの上に充電器が置きっぱなしだから、それでまずはスマホの充電。


「おう、戻ったか」

「戻りました!」


 バタバタと室内に入るとデスクに座っていた五島が僅かに眉を上げ俺を迎える。


「長かったな」

「長かったっす!

 いや、マジ戻れないんじゃないかと思ってましたよ。

 今日、何月何日すか? 俺、どれくらい行ってました?」

「四月二日。

 まる四ヶ月だ」

「あー、やっぱり。

 大体計算通りすね。

 長かったなー」

「友人は?」

「一緒に戻りましたよ。

 この後二人でラーメン食いに行くんすよ。

 ラーメン。ラメーン!」


 スマホを充電器に挿しながら報告。


 四ヶ月前。

 星空しか無い世界に閉じ込められた俺と大里は門を見つけられず絶望していた。

 御識札を探そうにも気配は掴めず。

 だけれど、帰る事だけは諦めなかった。

 アリスにもらったキノコ。

 それで大里を小人にして荷物袋の中に入れる。

 そして、飛渡足で転移。

 目指す先は、星空に煌めく星。


 どちらも賭けだった。

 大里を運べるかも、飛んだ先に門があるかも。


 結果、帰って来れたのだからその賭けには勝ったと言えるだろう。

 その時はとてもそんな風に思えなかったけれど。


「テンション高いな」


 五島が呆れ顔をする。


「いや、そりゃそうですよ。

 大里以外の人間とまともにしゃべるの四ヶ月ぶりなんすから」


 飛んだ先は巨大な生物が蠢く未開の世界。

 全身に重くのしかかる地球以上の重力。

 文明の痕跡なんて微塵もないその世界をただ大里と二人、門を探しサバイバル生活を送ってきた。

 喧嘩はしょっちゅうだったし、十日間以上話をしなかったこともある。

 それでも、まあ、仲良くやってきたと思う。幸いにも友情以上の感情が芽生えることは無かった。


「大変だったな」


 適当そうな五島の相槌。


「大変なんてもんじゃないすよ。

 てか、偶然門がある船、あ、船って言っても宇宙船なんすけど。

 その船が来なきゃひょっとしたら帰れてなかったかもしれないす。

 で、その船、あ、船って言っても宇宙船なんすけど。

 嘘かホントか二十三世紀の物らしいんすよね。とすると、俺瞬間移動で百年飛んでたのかな。いや、流石にそれは無いか。

 あ、そうそう、で、その宇宙船に乗ってた人。欧米人なんすけど、レアーのハナ・ウィラードさん、あの人の婚約者らしいすよ。戻ってるのかな。四年間彷徨ってたらしいすよ。宇宙を。尤も半分以上寝てたらしいすけど」


 スマホはまだ起動しない。

 壊れてんのかな。

 ひょっとして解約されてたりして。

 そこでやっと、四ヶ月と言う歳月の長さに思い至る。


「こっちは、何か変わりありました?」

「G Playが免許制になったぞ」

「ああ! そうか!」

「だから、お前さんはそれに受かるまでは行きたくとも向こうへ行けない」


 いや、暫くは良いかな。


「それと、新しく手伝ってくれるメンバーが増えたが、そろそろ顔出す頃かな」

「え? それはおめでとうございます」


 俺の穴埋めかな?


「でも、今日は帰ります。

 親も心配してると思うし、友人とラーメン食いに行く約束もしてるんで」


 それと、帰ってきた最大の理由。

 桜河さん。

 もう既に、彼氏がいるかも知れないけれど、迷惑かもしれないけれど、LINEを送るのだ。

 絶対。

 会ったらまた痴態を犯してしまいそうだから、LINEで。


「まあ、良いからさ。

 ちょっと待ってなさいよ。所でお前さん、学校どうすんの?」

「……それ、今聞きます?」


 突きつけられたく無かった現実。

 良くて留年、悪くて退学。慈悲はない。

 大里と二人、二度目の高二生活を満喫するか、それとも、いっそ辞めて異世界案内の会社でも作るか。

 そんなことは幾度も話した訳だ。結論は出てないけども。


「いや、高校中退する訳にもいかんだろ。

 そんな事になったら、巻き込んだ手前、親御さんにも謝りに行かなならん」

「いや、そこまでしてもらう必要は……」


 絶対怒るよな。下手したら殺される。

 この先待ち受ける地獄を想像し意気消沈。

 やっと、スマホが充電され起動時のロゴマークが画面に映る。


 ホント、どうしようかな。

 椅子によりかかり溜息一つ吐いた所で電子音。

 誰か来た。


 スマホが振動と共に溜まった通知を告げる。

 それと同時に部屋の扉が開く。


「おはようございます」


 そう、爽やかな挨拶と共に部屋に入って来たその顔を見て思わず立ち上がる。


「……え?」


 何で? 混乱する俺の前で向こうも目を丸くする。


「さ「御楯くん!!」

「な「いつ? いつ戻ったの?」

「つい今「怪我は? 平気?」


 凄い勢いで問い詰めてくる桜河さん。


「おーい。

 そんなに詰め寄らんでも、逃げんよ」


 呆れたように五島が言う。


「それより、免許、どうだった?」

「受かりました!」

「そうか」

「免許?」

「異界渡航免許証!」


 桜河さんが、顔写真の貼られた真新しいIDカードを取り出し俺の顔の前に突きつける。


「どうです!

 これでいつでも御楯くんを探しに行けますよ」

「え?」


 俺を探しに?


「まあ、そう言う訳で新しいバイトの桜河祈月だ。知ってるよな?」

「え、ええ」

「まあ、あれだ。募る話もあるだろうが、おじさんの居ない所でしてくれ。御楯、もう帰っていいぞ。桜河も」

「あ、はい」

「良いんですか?」

「良い良い。

 そこの浦島太郎に最近の事でも教えてやれ」

「了解です。お先に失礼します」

「えっと……」


 困惑する俺を五島は手をパタパタと振って帰れと急かす。

 起動だけはさせたスマホと荷物を手にシキシマセキュリティサービスを後にする。

 桜河さんと共に。


 ◆


「えっと……寄り道しないで帰りましょうか」

「あ、はい」


 ビルから出てすぐに桜河さんはそう告げた。

 そして、新宿駅の方へと歩き出す。


「家族の人とかも心配してると思いますし。

 連絡しました?」

「いえ、まだです。

 充電切れてて。後でLINEでも送っておきます」

「あ!」


 タイムズスクエアの手前で突然立ち止まる。


「え?」

「LINE」

「LINEが、どうかしました?」

「見ました?」

「いえ、まだ見てないです」


 何か送ってくれてたのだろうか。

 それを確認しようとスマホを取り出す。


「ダメ! 後で見て!」


 すぐさま桜河さんが顔を赤くしてスマホを持つ俺の手を押し下げた。

 仕方ない。

 家でゆっくり見よう。


 そのままタイムズスクエアの二階を通り、サザンテラスを横切る。

 久しぶりの現実は雑音だらけで、だけれど少し懐かしく心地よい。


 前を歩く桜河さん。

 その後ろを追いながら、ずっと決めていた言葉を言おうか、言うまいか迷う。

 言うと決めていた。

 でも、何の前触れもなく、突然現れ更には五島の前だったりで、完全にタイミングを逃した。

 そして、一度タイミングを逃すと、今度は切り出すのが怖くなる。


「お友達、大里君? も、一緒に戻って来れたんですか?」

「あ、はい」


 不意に桜河さんが振り返る。


「良かったですね」

「あの、桜河さん、どうして、あそこに?」

「知り合いが全然戻って来ないので、迎えに行こうと思ったんです」


 そう言って微笑む桜河さん。

 ……その知り合いって……。


「どうして戻って来なかったんですか?」

「戻れなかったんです。門が見つからなくて」

「そうなんですか。……大変でしたか?」

「ええ。

 でも、帰って……帰って桜河さんに会うんだって、それだけ……ずっとそれだけを考えてました」


 そう正直に打ち明けた俺の前で桜河さんが一瞬目を見開き、そして恥ずかしそうに顔を伏せる。


「また……そう言う……」


 それから、少し顔を上げ、一歩俺の方へと近寄る。


「……おかえりなさい」

「……ただいま」


 目の前で、柔らかに笑う桜河さん。


「桜河さん。……好きです」


 この言葉をやっと伝える事が出来た。

 桜河さんは、ゆっくりと俺に抱きつき胸に顔を埋める。

 そんな彼女の背にそっと腕を回す。

 あれほどうるさかった雑音は全て鼓動の音にかき消されていた。

 この音は、どちらの心臓だろう。


 ◆


 帰って顔の形が変わるほどぶん殴られた。

 親父に。

 あまりに遠慮が無いので流石に堪え切れず殴り返そうと思ったがその前に母に目だけで制された。

 その後、約束通り大里とラーメンを食いに行き、四ヶ月一緒にいた男との再会を喜んだ。


 で、その後俺達は二度目の高校生活を送る事なくアメリカへ留学。ハナ・ウィラードの父、デイビッド・ウィラードの所へホームスティをしながらコミュニティカレッジへ通っている。

 傍ら、レアーの研究を手伝いながら。

 と言うか、学費や生活費はほぼレアーから支給されている。

 周りが金髪だらけの所為か、大里は活き活きとしている。

 宇宙船で出会ったガイとの再会も果たしたりと、それなりの日々を送っている。


 せっかく出来たばかりの彼女とは遠距離恋愛になってしまったのだけれど。


 ◆


「飛渡足」


 瞬時に景色が切り替わる。と、同時にイツキの姿。


「こんにちは」

「こんにちは」


 マダム・ジルの拵えた衣装を纏うイツキ。

 地球の反対に居てもここでなら簡単に会う事が出来る。


「今日は野外、か」

「ねえ、聞こえる? 波の音」

「本当だ」

「行こう!」


 音の方を指差し、走り出したイツキを追いかける。


 安心、安全とはまだ言い切れないけれど、それでも俺達はこの解明されていない女神の名を冠した世界と上手く関わっていけるのではないか。最近はそんな風に思うようになって来た。


 だって、俺達はここでこんなに活き活きとしているのだから。




 ――完

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