表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
282/308

土曜の朝の出来事。そして。

 ✿


 良し。

 受験票持った。

 ハンカチ、財布、それから筆箱。

 忘れ物は無い。


 雪の日に大慌てした弓技大会の時とは違う。

 時間もたっぷりと余裕がある。


 新宿経由で小田急線の玉川学園前まで。

 乗り換えも問題ない。


 指定校推薦だから、ちゃんと試験会場まで行ければそれでほぼ合格。

 そしたら……。


 スマホの画面を見返す。


 縦読み、気付いてる……よね?


 二ヶ月近く悶々としている疑問。

 こんな事になるならそんな姑息な事をしなければ良かったと何度思った事か。


 いや、違う。

 集中、集中。

 この事は、合格通知をもらってから。

 それから!


 ……縦読み、気付いてるよ……ね?




「頑張ってね」

「落ち着いてな」

「大丈夫だよ。行ってきます」


 心配そうな両親に見送られながら家を出る。

 時刻は七時前。

 電車とバスで大学まで一時間半ぐらい。

 試験が十時からだから、一時間以上余裕がある計算。


 そう言えば、御楯くんとの出会いはこの先だったな。

 ふと昔を思い出す。

 昔って言っても、一年も経っていないんだけど。


 あんな、不思議な人を好きになるとはなぁ。


 休日の朝。

 夜が明けて間もない町は、とても静かだった。


 玉川上水を渡り、公園の林を横目に吉祥寺通りを駅の方へ。



 静寂を破壊する不自然な音がした。

 決して大きくは無いけれど、まるで何がか爆発したような音。

 思わず振り返った私は、その先で林の中を飛んで行く物体を目にする。

 それは、木にぶつかりそのまま根元へ落下した。


 まさか。

 そんな訳、ない。


 頭では思ったけれど、でも、体はそうは言わなかった。


「御楯くん!」


 植え込みの隙間を抜け、歩道から林の中へ。

 木の根元に横たわる男の人に駆け寄る。


 頭を打ったのか、ぐったりとしたまま動かない。


 その横にしゃがみ込んで、その人を確認。


「……御楯くん! 御楯くん!!」


 肩を叩きながら、彼の名を呼ぶ。

 何でこんな所に?

 どうして倒れているの?

 次々と疑問が浮かんで泣きそう。


 落ち葉を踏む物音と、唸る様な声に気付いたのはその後だ。


 振り返る。

 背後に、大きな黒猫がいた。


 違う。

 こんな大きな猫、居やしない。

 虎、それか、黒豹。

 何で?

 動物園から逃げ出した?

 井の頭公園にこんな猛獣居たかしら?

 どうすれば良いの?

 死んだ振り?

 叫んで助けを呼ぶ?


 混乱と恐怖で声すら出せない私が、それでも必死に考え取った行動は地面に落ちていた弓と矢を拾い、それを猛獣へと向ける事だった。


 ◆


 ……っ。

 爆破に吹き飛ばされ、背から木にぶつかった。

 それから……。


 微睡んだ意識を、全身が発する痛みが一気に覚醒させる。

 寝ている場合では無い。

 逃げなければ。

 慌てて身を起こした俺が次に目にしたものは、俺を守る様にしゃがむ女の子の背中。

 ……まさか。


「桜……河さん?」

「み、御楯くん? 気付いた?」


 弓を構えるその先に、ベルゼブブの姿。

 こちらへ飛びかからんとするその悪魔に相対する勇敢な少女が番えた矢は、小刻みに震えていた。


 何で?

 そうか。ここは、吉祥寺。

 ならば、Tさんが助けに……来るか?

 その前に、二人ベルゼブブに食い殺される。

 せめて、桜河さんだけでも。

 でも、どうやって?

 俺にTさんみたいな力があれば……。

 そんな物は無い。

 ……力?

 Tさんは、何と言った?

 神は自分の意思で世界の壁を越える。そう言った。

 ……ならば……この身に宿った神が、ここでその御力を示せない道理は無い。


 瞑目。


 速秋津比売様。

 この世界からマガを祓う為に、どうぞ御力を。


 右眼の奥から力の満ちゆくのを感じ取る。


 左腕を伸ばし、桜河さんの肩越しにベルゼブブへ向け突き出す。


 直後、跳躍する猛獣。


 ――紺抂亀こんごうせき


 それを拒み弾く盾が現れる。


 小さく息を飲む桜河さん。


 空中で弾き返されるベルゼブブ。


 左腕をそのままに、次いで右腕を突き出す。


「紺碧は深い慈しみ

 わざわい、飲みて包み流す羽衣

 神より産まれし神

 速秋津比売神はやあきつひめのかみ

 ここに現し給え

 唱、佰拾(ひゃくじゅう) 天ノ禱(てんのまつり) 堕秘(おとひめ)


 ✿


 私は夢を見ているのかしら。


 地面の中から、シャボン玉の様な水泡がゆらゆらと浮き上がり宙へ消えて行く。

 深海の様な深い青の羽衣。

 それが猛獣へ幾重にも巻き付き、やがて小さく。


 水音と共に現れたその幻想的な光景は一瞬のこと。まるで何事も無かった様に跡形も無く消えてしまう。


 でも、私の手には弓と矢がある。

 そして、顔の横には二本の腕。

 背後には……。


「……御楯くん」


 振り返り、その顔を見て涙が込み上げる。

 混乱とか、恐怖とか、その後の安心とか、そう言ったものが全部ごちゃまぜになった涙。

 でも、その顔を見られたくなくて彼の胸に顔を埋め誤魔化す。


 後でそっちの方がずっとはしたなかったと思い至り赤面するのだけれど。


 ◆


 木にもたれかかる俺に寄りかかる桜河さん。

 これ以上無いくらいに幸せな瞬間なのだが、彼女がしゃくり上げる、そのほんの小さな衝撃がその度に全身へ激痛となり走り抜ける。


 離れたくない。でも、離れてほしい。いや、離れたくない。


 どうしよう。

 何て説明しよう。

 と言うかどうして桜河さんがここに?


 痛みと戦いながら頭を回転させていると、植え込みの向こうから気まずそうな顔を覗かせるTさんと目が合った。


 一瞬の間。

 直後、彼は数珠を掴んだ右手を突き出し叫ぶ。


「破アアアァァァ!!」


 ……それ、今か?


 ✿


「破アアアァァァ!!」

「キャア!」

「痛っ!!」


 当然の大声に我に返り身を強張らせる。

 すると、御楯くんから苦しそうな声が。


「あ、ご、ごめんなさい」

「いや、平気です」


 引き攣った笑顔を浮かべる御楯くん。


「もう大丈夫ですよ!」


 そう言いながら、植え込みを掻き分け近寄って来るタオルを巻いた男の人。


「立てます?」

「はい」


 再び見上げた御楯くん。

 その顔が、思ったよりも近くに。

 と言うか、目と鼻の先。




 心臓の音が聞こえた。

 自分の。




 ……駄目駄目!


 はしたない!

 知らない人の目もある!


 一瞬浮かんだ不埒な考えに耳まで真っ赤になりながら立ち上がり、辛そうな御楯くんへ手を差し出して引き起こす。


「あの人、転法輪さん。

 俺の知り合いで、信用できる人」

「転法輪さん?」

「そう。えっと、何かあったらあの人に」


 そう言って、彼に背中を押される。


「怪我はありませんか? お嬢さん」

「はい。私は大丈夫です。

 でも、御楯くん、友達が……」

「桜河さん。

 試験、頑張って」


 そう言われ、振り返る。

 そこに、御楯くんの姿は無く。


「試験? 入試?」

「え、あ、はい」

「どこ? 近く?」

「えっと、町田にある……」

「町田!? そりゃ大変だ。

 送って行こう。

 そうだ、そうしよう。

 優しいお姉さんの運転する車で。

 尤も、運転は全然優しくないけど」

「え、あの」

「大丈夫、大丈夫。

 お兄さん、警察関係者だから。

 その代わり、車の中でちょっと話を聞きたいな」


 などと言いながら、半ば強引に私は路上に停まって居た白い車の後部座席へと押し込まれた。


 ガチャンとドアをロックした音が車内に響く。

 運転席には彫りの深い女の人。

 その日本人には思えない瞳の色。

 そう言えば、さっき見上げた御楯くんの右眼の奥も微かに蒼く揺らめいて見えた。

 まるで深海の様に。


「びっくりさせてごめんなさいね。

 さて、何処まで送れば良いのかしら?」

「あ、えっと、町田の方まで」

「わかったわ」

「あ、あの……」


 動き出した車内でやっと私は少し冷静になる。


「やっぱり、降ろして下さい」

「駄目よ。

 貴女が何を見て、何をしたのか。

 それを、話してもらわないと。

 取り敢えず、武器は置いてもらおうかしら?

 気になって運転に集中出来ないわ」


 言われ、私は弓矢を手にしたままだと気付く。

 こんな物を持ったまま受験になんて行けないとも。

 それをそっと座席の横へ置く。


「あの、御楯くんは何処へ?」

「向こうへ戻った様ね」

「向こう?」

「知りたい? 後戻り出来ないわよ?」

「……御楯くんから聞くことにします。

 また会えますよね?」

「それは、私にはわからないわ。

 でも、会う事を諦めなければ必ず叶う。

 私は、そう願って生きてるの」


 その女性は、ミラー越しに少し寂しそうな笑みを見せた。


 その後、彼女の質問に答える様に覚えている事を出来る限り話し、それが終わる頃、大学に着いた。


「じゃ、頑張ってね」


 そう笑顔で送り出される。

 訳の分からないハプニングもあったけれど、試験は落ち着いて受験出来た。

 その裏で起きて居た事をハナさんは知っていても臆面にも出さずに居てくれたからだけれど。






 それから、数週間後。


 合格結果を受け取った私は、宣言通り御楯くんへ好きな人の名を告げる。

 だけれど、そのLINEは既読にならない。

 私はそれを知りながら、それでも送るのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on 新作もよろしくお願いします。
サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
https://ncode.syosetu.com/n3012fy/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ