まちづくり②
「この森の先に集落を作ってるんですよ」
「集落?」
荷車に乗せてもらったが、酷く揺れる。
これなら歩いた方が幾分も快適だ。
そもそも、道が整備されていないのだから仕方ないか。
森を切り開き作ったであろう道。
彼らが開拓しているのか、切株や打ち落とした枝があちらこちらに。
「もう、四ヶ月くらいになりますか。
全て人力の手探りなので大変ですよ」
「凄いな」
「いえいえ。
まだ、たったの四ヶ月。
集落とは名ばかりの荒屋の集まり。
幸い、やる気と元気だけは有り余ってる様な連中ばかりなので」
「何人ぐらいいるんだ?」
「そこに居るのはおよそ百人くらいでしょうか」
「そんなに?」
「その中、キングって男の子、イマセンか?」
「キング……聞いた事無い名ですね」
「そうデスか」
「お友達ですか?」
「ああ。探してる」
「ふむ。では、仲間にも聞いてみましょう」
「お願いしマス」
荷台でアナスタシヤが頭を下げる。
「ググゥ……グァ」
荷台に並んで座る俺達の向かいに座る、バケツの様な鉄兜をかぶった大男がくぐもった声で吠える。
俺達より前からこの荷台に乗っていた男だ。
「大丈夫。心配無い、と言ってます」
トオルが通訳をする。
「は、はあ」
「ど、どうもデス」
しかし、デカイ。
鉄兜の下から僅かに覗く首はアナスタシヤの腰ほどの太さがありそうだ。
その肌の色は褐色と言うより赤に近い。
「紹介がまだでしたね。
私の妻のミホです」
「グヴ」
……え?
「こちらで知り合い、契りを結びました」
やや照れ臭そうにトオルが言う。
「そ、そう。えっと、おめでとう」
「はははは。
そう言う訳で、私はこの世界で生きる決意を固めた訳です。
常識の外側で」
……常識の内。そこに居た方が良いと忠告した当人は既にそこに居ないと言う事か。
「で、貴方方は、何を探しているのですかな?
お友達を心配して来られる様な世界ではないでしょう?
入り口は、まだ開いてない筈だ」
こちらに背を向けたままのトオルの声色が一段低く。
「日本政府の現地調査」
正直に答えた俺をアナスタシヤが顔をしかめながら睨む。
俺はさ、お前みたいに嘘が上手く無いんだよ。
下手にボロを出してトオルを敵に回すつもりは無い。
「ほう?」
「と言っても、何か起きてるかも知れないから見て報告しろ。
それだけ」
「成る程」
「ついでに言うと、この世界由来と思われる存在が向こうに現れた。
極、個人的な縁でそいつを追っている」
「それは、何かの勘違いでは?」
「それならそれでも良いが、結局そいつを始末しないと枕を高くして眠れないんだよ」
「一体何者ですか?」
「教える気は無い。
これはアンタには関係ない話だ」
「少し、踏み込み過ぎました。
ほら、見えてきましたよ」
馬車が森を抜ける。
その先に、柵に囲まれた集落。
いや、何軒も木造の家屋が並ぶその様は村と呼んでも差し支えないかも知れない。
「私たちの住処です。
ひとしきり見た後に是非感想を聞かせてください」
そう言って、トオルは嬉しそうに振り返った。
◆
「お、新入りかい?」
「森の向こうで拾いました。
昔の知り合いなんですよ」
「そうかそうか。
これ、食いな! 鹿肉だ」
「ありがとうございます」
「ざいマス!」
満面の笑みを浮かべた女性から、差し出された串焼きを受け取る。
「これも食ってみなー」
さらに、別の方からも串焼きの魚。
「おお? 香草焼きですか?」
「多分毒は無い!」
「客人で毒味はないでしょう」
「毒味は済んでるよ」
「キンコさんの胃袋は特注品じゃないですか」
集落の中心部は喧騒に包まれていた。
肉や魚を調理する屋台とそれを求める人々で。
「まだ貨幣は出来てないんですよ」
そうトオルが説明する。
「じゃ、物々交換?」
「いえ、食料は労働の対価です」
「労働?」
「お、新入りか?」
「やあ。グッさん。
昔の知り合いなんですよ」
「ほーう」
上半身裸の男がナーシャを上から下まで舐める様に見る。
「お嬢さん」
「ハイ」
「家が欲しけりゃ俺に言え。
どんな家でも建ててやる!」
そう言って、自分の胸をドンと叩く。
「お前の家、隙間風だらけじゃねーか」
「あそこから着替え覗こうとしてんだよ。最低だな」
「そもそも、お前図面引けねーじゃねーか」
「ウルセェぞ! お前ら!」
あちこちから野次が飛ぶ。
喧騒。
煙と食べ物の匂いが充満する広場であちこちから笑い声が聞こえる。
今まで見た世界には無かった景色。
何より、女性が多い。
そして、皆が皆、生き生きとしている。
そうか。
五島の杞憂。
その違和感の正体はこれだ。
囚われ、道具にされる様なヤワな女ばかりではない。
いや、こんな世界へ飛び込むくらいだ。
多分、真逆。




