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アナスタシヤ・ミシュレ

「アナスタシヤ・ミシュレデス。

 G Play楽しむ為にニホンに来た。

 ヨロシク」


 彼女は何一つ真実の無い自己紹介をし、笑顔を振りまく。


「御楯頼知です。……その……よろしくおねがいします」


 背後で消え入りそうな声で自己紹介をするターゲットの声に耳を澄ます。

 御楯頼知。

 G Play登録名、ライチ。

 既にCIAが接触済みのその男への接触、籠絡。

 それが組織から彼女に下された命令。

 その為に手段は選ばない。

 それは、裏を返せば如何なる手段も用いろと言う事である。それが、例え自らの肉体であろうと。有効な手段であるならば。


 それが出来なければ、再び路上を彷徨う生活になる。

 それは彼女自身がよくわかっていた。


 だが、結論から言えば彼女は失敗した。


 その日、ホームルームが終わり、クラスメイトに取り囲まれる彼女を余所に家路に着く標的。

 クラスメイトを振り切り標的を追いかけ、駅に入る直前でその姿を捉える。


 だが、直後彼女の前に一人の女が立ちはだかった。


「ちょっと、よろしいかしら?」


 腕組みをして、余裕の笑みを浮かべるのはハナ・ウィラード。敵国の女。

 アナスタシヤを名乗った女は、既に自分に逃げ場の無い事を悟る。首を横に振れば何処からか麻酔が撃ち込まれ卒倒するだろうと。

 素直に従い、彼女の運転する車へと乗る。

 車内で二言三言質問をされたが彼女は無言を貫いた。

 そして、彼女に話す意思の無いことを悟ったハナ・ウィラードも無駄な尋問を止める。

 そのままビジネスホテルの一室へ軟禁された。


 国へ返されるか、それとも始末されるか。

 冷蔵庫の中に入っていた缶ビールを開けながら彼女は自分の暗い未来を想像し、震えた。


 だが、その一缶を空にするよりも早くハナ・ウィラードが部屋へ現れた。


「アナスタシヤ・ミシュレ、或いはリリア・グストヴァと言う女は知らない。

 そう言う返事がCBP(ロシア対外情報庁)からあったわ」


 その一言でアナスタシヤは組織から切られた事を悟る。

 自らが手にしているパスポートも既に効力を失っているだろう。

 だが、そんな事は最早どうでも良かった。

 このまま、殺されるのだろう。


「ところで、行く場所ある?」

「あるわけナイ」

「なら、ウチで働かない?」


 その申し出に一瞬困惑したが、断る事は出来なかった。

 組織に切られた以上、自分の身元を証明する物は無く国外へと移動はおろか生活すらままならないのだから。

 そんな自分を、目の前の連中は利用しようとしている。


「何でもヤル」


 彼女はハナ・ウィラードから目線を逸らしながら答える。

 自分には価値がある。

 それを知っていた。

 若い女と言うのはそれだけで使い道があるという事を。


「二年働いたら永住権をあげるわ。

 よろしくね」


 その言葉をアナスタシヤは信じなかった。

 おそらく、二年後に殺されるのだろうと勘繰った。

 だが、取り敢えずは二年、猶予が出来た。その間に自分の利用価値を証明すれば良い。


 こうして、彼女はハナ・ウィラードの下で働く事になる。

 自らの行く手を遮った女の下で。


 ◆


 それから一年間、CIAのフロント企業で彼女は何一つ文句を言わず仕事を続けた。

 だが、自らが唯一の価値であると認める若さと女。

 それを利用する様な仕事は無かった。


 それは彼女の監督者であるハナ・ウィラードがそれを良しとして居なかったからであったのだが、平和な国での単調な暮らしは彼女へ一つの感情を抱かせる事になる。


 自分と同年代の男女が屈託無く笑う日常の光景。


 もし、非合法的な汚れ仕事を続けていればその光景は絶対的に遠い世界の物であり、自分とは関係の無い物だと即座に切り捨てる事が出来たであろう。


 しかし、皮肉にもハナ・ウィラードが彼女を気にかけ極力平穏な生活をさせようとした結果、彼女は自分と周りとの差異をより強く感じる事になる。


 埋めがたい彼我の溝。

 それ故に生じる感情。


 それは、即ち嫉妬。


 しかし、彼女は身に燻るその感情に気付かなかった。


 ハナ・ウィラードが一時帰国し、彼女の元を離れ、その上官であるマイケル・スティールから再び御楯頼知と言う男の監視を命ぜられる。


 以前、工作に利用した男のマンションの隣室。

 それは、そのままに彼女の住まいへ充てがわれた。


 それは即ち、手段を選ばずに籠絡しろと言うことだと彼女は言外に理解する。

 そして、自らの立場を再認識し、微かに失望する。




 彼女はまず手始めに男の捨てたゴミを回収した。


 その中に一冊のノートがあった。

 はじめのページに魔王と勇者の話。

 そして、それ以降は難解な漢字の羅列が数十ページと続く。


 そして最後。


『約束の場所 吉祥寺』


 そう書かれた文字は二本の線で打ち消されていた。




 平和な国で、平和を享受する立場にある人間が、別の存在へ憧れる。

 それは、彼女にとって非道く滑稽に思えた。

 同時にその無邪気なまでの愚かしさが羨ましかった。


 そのまま、半ば無意識の内に彼女はG Playへと足を向ける。

 七つの魔人の物語を携え。


 全ては、そこから始まったのだから。

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