変わりゆく現実①
「御楯、ちょっと来い」
HRが終わって、帰ろうと立ち上がった俺に担任が声をかける。
そのまま、返事を待たずに教室から出ていく担任。
呼び出されるような心当たりは無いのだが……。
そう思いながら鞄を持って後を追う。
「なんですか?」
やたらと歩くのが早い担任に追いつき後ろから問いかける。
「来客だ」
振り返りもせずに、そう言った。
……来客?
俺に?
学校に?
誰?
混乱する俺を他所に担任はスタスタと歩いていく。
そして、職員室の横にある応接室。
その扉をノックし、中の返事を待たずに扉を開ける。
「入れ」
担任は俺にそれだけ言って去って行った。
中には女性が一人。
ソファに足を組んで座っていた。
「御楯頼知君?」
「はい」
確認するように問うた後、彼女は横に置いたコートと鞄を持って立ち上がる。
「行きましょう」
そう言いながら応接室を出る。
いや、行きましょうって何処へ?
てか、誰?
訳がわからない俺を置いて、彼女は廊下を歩いて行く。
「……あの」
追いかけ、疑問をぶつけようとその背に声をかける。
「話は後。ライチ君」
黙れ、と俺の口の前に人差し指を立てる。
そうで無くともその一言で、俺は黙らざるを得なかった。
その名を、こちらで話したことは無い。
であるならば、『G play』の関係者か?
そんな人間が、わざわざ学校まで来たってどういうことだ?
しかし、そんな疑問を学校の廊下で口に出す訳にも行かない。
俺は大人しく彼女に付いていく事にした。
しかし、一体何処へ向かうのか。
やがて、彼女は来客用の玄関で靴に履き替え、外へ向かう。
「あの!」
振り返る彼女。
「……靴、取ってきます」
「急いで」
舌打ちして、顔を顰めながら言い放つ。
ムカつく。
美人なだけに、余計にムカつく。
そう思いながら足早に昇降口へ向かう。
靴に履き替え、走って玄関へ。
腕組みしながら待っている彼女。
俺の姿を見て、俺の到着を待たずに歩き出す。
その先は、駐車場。
「乗って」
高校の駐車場に似つかわしくない黒のスポーツカー。
確か、テスラのロードスター。
言われるまま、リュックを前に抱え直し助手席に乗り込む。
左ハンドルだ。
「Go back home」
エンジンを掛け、ナビにそう話し掛ける彼女。
それは流暢な英語で。
フロントガラスと一体化したスクリーンに地図が表示される。
そして、静かに車が動き出す。
「遠い。ここ、本当にトウキョウ?」
やや、癖のあるアクセント。
「神奈川です」
舌打ちが返ってくる。
嘘だとバレたか?
「ハナ・ウィラード。よろしく」
ハンドルを握り、前を見ながら彼女が名乗る。
やはり、外国の人か。
おそらく何分の一かは東洋人の血が混じって居るのだろうけれど。
「御楯頼知です」
「知ってる」
「えっと、ミズ、ウィラード……」
「ハナでいいわ」
「ハナさん……は何者ですか?」
車が赤信号に捕まり停車する。
彼女は、ジャケットの中から名刺入れを取り出し一枚俺に寄越す。
『G社』のロゴと、彼女の名前『ハナ ウィラード/Hannah Willard』とだけ印字されていた。
肩書は無い。
本物か?
これ。
再び動き出した車は、横浜町田インターから東名高速を東京方面へ向かう。
スクリーンに『AUTOPILOT』と表示され、ハナがハンドルから手を離しシートを後ろに下げる。
そして、鞄の中からタブレット端末を取り出し視点を完全にそちらへと移す。
「間違いがあったら言って」
タブレットを操作しながらハナが言う。
「御楯頼知、16歳。
G play初回利用日、7月21日。
登録名、ライチ。
累計利用、868時間。
平均利用時間、14時間」
そんな統計データがあるのか。
「少ないわね」
呟く様に感想を付け加えるハナ。
「自宅最寄り駅、小田急小田原線、新百合ヶ丘駅」
「は?」
「何? 違う?」
合ってる。
合っているが、それをG playに登録した覚えは無い。
「読み方が違うのかしら?」
彼女はタブレットの画面を俺に見えるように向ける。
「えっ……」
その画面を見て、俺は絶句する。
最寄り駅だけでない。
通学先の高校、自宅住所、家族構成……。
俺の個人情報が完全に丸裸。
「何で……?」
「ちょっと調べればすぐわかる。
間違って無さそうね」
ハナは再び、タブレットに目を落とす。
「最終利用日、1月5日。
それまで毎週末に行っていたG playにここ一ヶ月以上行っていない。
何かあった?」
あったよ。
だが、それをお前に教える理由なんか無いんだよ。
「人でも殺した?」
何も答えない俺に対し、さも当然の様にハナは続ける。
「違うみたいね」
助手席で顔を引きつらせる俺の反応を見て、そう断ずる。
「で、その後。
2月15日。
匿名で『あそこは世界と別の世界の中間。そんな場所なのかも知れない』と書き込む」
「はぁ?」
なんでそんな事までバレてんだよ!
「……警察?」
「さっき名刺渡したでしょ。
続けるわよ?
それまでG playに関する書き込みは皆無。
後にも先にもこれ一件のみ。
それと、1月以降の検索履歴。
『G play 過去を変える』『G play 歴史を変える』『G play 蘇生』『G play 登録名簿』『G play プレイヤー名簿』『G play イツキ』『G play ランク』『G play ランキング』『IDO ランク』『IDO ランキング』『イツキ ユナ』『イツキ ユナ サンプル』『イツキ ユナ 動画』。
何を調べてたのかしらね?」
後半の三つは触れないで欲しかった。
ついでで引っかかったからつい……。
「アンタ、向こうで何を見た?」
ハナが俺を睨みつける様に見ながら問う。
「何も」
「桜河祈月。2月15日に行われた、東京都遠的大会で個人準優勝。
知り合い?」
「……いいえ」
「同じく2月15日。
小田急線参宮橋駅へ、スリップした乗用車が突っ込む事故が起きた。
幸い、歩行者に怪我人は居なかった。
アンタ、その場所に居たのよね?」
「……」
「知り合いでもない、桜河祈月を朝からずっと待っていた」
「……事故は目撃しましたけど待ってませんよ。そんな人」
「あっそ」
「あの、帰って良いですか?」
今更ではあるが、拉致される理由など無いのだ。
こんな……訳の分からない奴に。
「飛び降りるなら止めないけど?
でも、どうやっても開かないわよ。
そのドア」
高速を降りて、車を停めて降ろしてくれるつもりは無いのか。
フロントガラスの向こうに、『東京 1km』と言う表示が見えた。
町田だって東京なのだから、失礼な話だなとどうでもいいことを思う。
「何が目的なんですか?」
首都高に入り、渋谷を過ぎた当りで少し道が混みだしてきた。
「スカウト」
ダメ元で尋ねる俺にハナはあっさりと答える。
「スカウト? G社に?」
「そうね」
G社の日本オフィスは、今しがた通り過ぎた渋谷で無かっただろうか。
「何で?」
「GAIAがリストアップしたから」
「ガイア?」
「GAIA SYSTEM。G playとして提供して居るシステムの本体」
「何の為に?」
「さあ?
彼女の目的は誰にもわからない。
人間には」
「彼女って……GAIAって一体何なのです?」
「元はG社が開発したAI。
当初の目的はとても馬鹿げた物。
独自の歴史と文化を持つオープンワールドを生成するソフトウェア。
気が利いてるでしょ?
ガイア。
地母神の名前よ」
「……」
「それが、いつの間にか別世界への扉を開けた」
「どうして異世界だと断言できるんですか?」
今の話だと、そのGAIAが作り出したオープンワールドだと考えるのが妥当だ。
「そうとしか言い様が無いからよ。
要はその曖昧な表現に逃げたのね。
アンタはわからないだろうけど、私は人が消えていく様を見ている。
あれは、控え目に言って異様よ」
そう言えば自分が向こうへ移動する様子を客観的に見たことは無いな。
「最初の渡航者はG社のプログラマー。
そして、最初の犠牲者。
アメリカ政府は直ぐに嗅ぎつけ、それを独占しようと試みた」
「結果、駄目だった?」
「そう。
アメリカ政府はこれに人的リソースを割くのは合理的では無い。
そう判断した。
でも、別世界の解明は進めたい。
どうしたと思う?」
「同盟国に協力を仰いだ」
つまり、日本だ。
「半分正解。
脅したのよ。
安全保障を盾に」
「は?」
「G playを日本で行え。
でないと在日米軍を一人残らず引き上げる、と」
「ふざけんな!」
「でも、この国のトップは揉み手で頷いたそうよ。
お陰でアメリカは一億と言う実験体を手に入れた。
万が一異世界から脅威が漏れても本国には即座に影響の無い極東の小島に」
「脅威が漏れる?
そんな事があるのですか?」
「さあ?
可能性はゼロでは無い。
そう睨んでる。
それは、ビルより大きな怪獣かも知れないし目に見えない病原体かも知れない。
つまり、それだけ何もわかって居ないのよ。
誰も」
そこで俺はスマホを取り出す。
「ハナさん。
油断しまたね。
今の会話は録音してます!」