涙の吸血鬼・上
一部の世界線です。
スマホの中で踊る覚えのないアプリアイコン。
それは、まごう事無きG Playのロゴマーク。
この世界には、存在しない筈のアミューズメント。
元の世界へ戻ったとて、俺はこの呪縛からは逃れる事は出来ないのか……。
アプリに触れ、降り立つ異世界。
俺は再び呼ばれたのだ。ガイアと言う女神に。
辛い。
モテすぎて辛い。
しかし、俺には夏実と言う彼女(彼女では無い)がいるのだが。
いやー、モテすぎてつれーわー。
アホな事考えて無いでさっさと帰ろう。
まずは、状況の確認。
「紡がれ途切れる事のない糸の先
常に移ろいゆく色の名
雪に溢れた墨の如く
騒音と騒音が重なる静寂
唱、陸拾肆 鎮ノ祓 絶界」
術は使える。
荷物に変わりはない。
ただ、崩れ落ちた試作品は無い。つまり、刀が無い。
左手の甲へ目を落とす。
薄っすらと、赤の刺青が二つ。
蒼三日月と金色猫。
八岐大蛇の尾の中から現れた禍津日に折られた二刀はまだ使えそうにない。
そして、式神で無くなった実姫も呼べないか。
……無い物を嘆いても仕方ない。
持てる力で戦う。
それが、この世界なのだから。
「分かつ者
断絶の境界
三位の現身はやがて微笑む
唱、拾参 現ノ呪 水鏡」
朧兎を呼び出し、俺の周りに展開。
「では、行きますか」
薄暗い洞窟の中へと歩き出す。
◆
洞窟の先から人が来る。
警戒しながらも、歩みを緩める気配が無い。
その所作だけで、それなりの手練れである事が伺える。
そして、殺気も感じられない。
ひとまずは、敵ではなさそうか。
「よう」
三メートル程先で、相手が口を開く。
顎髭を疎らに伸ばした若い男。
「誰だ?」
その声色と表情から大凡察しはついたが念の為尋ねる。
「俺だよ。俺、俺」
「ハンバーグ!!」
「違ぇよ!!」
オレオレ詐欺ばりの自己紹介に俺の鋭いボケが心地良い。
「Aか」
「わかってんじゃねーかよ!」
「久しぶり」
「ああ、久しぶりだな。
お前、消えたって聞いたけど?」
「消えた、か。変な言い方だな」
「まあ、実際変な状況だ」
「どんな風に?」
「キングと同級生なんだろ?」
「ああ」
「アイツが言うには、忽然と姿を消した。
転校とかでは無く、席すらない。まるで初めから存在して無かった様に。
そして、後輩の記憶からも綺麗さっぱり消えたそうだ。
『僕、おかしくなったのだろうか?』って戸惑ってたよ」
「お前達は覚えてた訳だ」
「まあな。
……理由は、なんとなくわかる」
「理由?」
「熱い友情で結ばれた仲間だからな!
鉄板だけに!
ハンバーーグ!」
「あっそう」
「流すなよ!!」
「いや、怪我するし」
「お前が最初に振ったネタだろ!?」
そうかも知れないけど、今のは非道いぞ?
第一、俺はAと友情を育んだ覚えは無い。
「で、帰ってくるのか?」
「いや。
俺は俺で元の場所に戻った」
「そうか。
だけど俺が心配でこうして会いに来た訳か」
「……お前、自分で言ってて恥ずかしく無いの?」
「そう思うなら改めて聞くなよ!」
恥ずかしいんだ。
「まあ、自分でも何でここに居るのかよくわかって無いけど。
そっちの世界はどうなってる? スクールは順調か?」
「んー、まあボチボチだ。
俺の周りは上手く回ってる。
次の段階へと進む計画も動き出した」
「次?」
「あんま詳しい事は言えねぇけどよ」
「障子に耳あり」
「壁にメアリー」
彼は、いや、彼らは彼らで上手くやっている。
ほんの少しの心残りは杞憂だったのだな。
「楽しそうね?」
「うえぇぇぇ!?」
笑い声を上げる俺達の背後からかけられた、冷めた声。
聞き覚えのあるその声に振り返るとジト目の夏実。
「な、何で!?」
「居たらマズイ?」
「いや、全然」
突然の登場に面食らい若干しどろもどろ。
「リコか!?」
「あ、アルファ。久しぶり」
あれ。
二人知り合い?
手を上げ、笑顔を交わす二人を順に見比べる。
˚✧₊
机の上に置いてあったスマホが振動した。
リンコかな?
薄情な御楯は用事が無ければ送って来ないし。
そんな風に思いながら、スマホを取り上げその画面を見て絶句した。
入れた覚えのアプリのアイコンが、通知を示す様に画面で踊っている。
G Playのアイコン。
この世界に存在しない、別世界への入り口。
……どうして?
言い知れぬ恐怖に、背筋が冷たくなるのを感じる。
私は手にしたスマホを操作し、電話を。
こう言う時は、まず……。
呼び出し音が続く。
……出ない。何で?
お願い。出て!
『もしもし?』
出た! でも……。
「実ちゃん?」
『そうじゃ。……です』
「夏実です。お兄ちゃんは?」
『居らんぞ?』
居ない?
「どこ行ったか、わかる?」
『さっきまで、家におったのじゃ……ですが、出掛けると言ってました』
「さっきまで?」
まさか……。
「玄関に靴は有る?」
『靴? ちょっと待って下され。
……有るのう』
やっぱり。
「そっか。でも家には居ないのね?」
『家には居らん』
「わかった。
実ちゃん、一人で平気?」
『もうすぐママが帰ってくるから大丈夫じゃ!』
「そっか。じゃ、大人しく留守番してるんだよ?」
『うむ』
「また遊びに行くから」
『待ってるのじゃ!』
……御楯が居ない。
考えられる事はただ一つ。
あんにゃろう。
小さな妹一人留守番させて。
そして、その行き先なんて一つしか無い。
恐怖よりも怒りが勝った。
通話を切って、迷わずにアプリのアイコンに指を伸ばす。
物語の神さまが私を呼んでいる。
そう思う事にした。
待ち受ける結末は、ハッピーエンドで在ります様に。
一瞬で景色が切り替わり、全身を冷気が包み込む。
本当に、転移した。
「……おいで白雪」
私は今までそうして来た様に案内役兼護衛役のペットを呼び出す。
だけれど、いつも現れる偉そうな口調の狐は現れず。
……そっか。白雪は御紘の嗣子の守り神。
もう、私を守る存在では無いのか。
かざした右手を握りしめ、気を取り直す。
御楯はここに居る。
私は、残る匂いを追いかける様に走り出した。
˚✧₊
洞窟内に木霊する男二人の笑い声。
それを追いかけあっさりと追いつく。
声をかけると、豆鉄砲を食らった鳩の様に目を丸くする御楯とアルファ。
二人共、知り合いだったのか。
「……どうやって来たの?」
「多分、ライチと同じ方法で」
どうして、そこで眉間を抑えるのだ?
「で、二人で何の悪巧み?」
「俺はちょっとした調査」
「ふーん。そっちは?」
若干居心地の悪そうな御楯に問いただす。
「……呼ばれた」
「呼ばれた? 誰に?」
「GAIAに」
「ガイア?」
誰? 女? ねえ?
「そっちこそ! どうしてここに?」
「私も呼ばれたの」
「え。だ、誰に? まさか……」
一瞬、アルファを横目で睨む御楯。
「物語の神様」
「何だ? それ」
それより、ガイアって何よ?
探る様な視線をまっすぐに見詰め返す。
「……何でお前らバキバキに睨み合ってんの? 仲悪いの?」
「ラブラブだよ!」
「お……おう……」
恥ずかしげもなく怒鳴り返した御楯に面食らうアルファ。
……もっと……言い方があるでしょうに。耳が熱い。




