正義を掲げる③
「で、何処へ行くんだ?」
アリスの運転する黄色のフィットが甲州街道を下り方面へ向かう。
助手席に座るアナスタシヤと後部座席の俺はその目的地を知らされて居ない。
「仲間の紹介」
「仲間? ランクSとか?」
「違う。彼はG Playには行ってない」
「男デスか」
「そう。
名前は転法輪尊氏。年齢不詳」
「年齢不詳?」
「そ。彼は警察職員でなく、外部協力者。
その素性は謎が多い」
「そんな奴が仲間って大丈夫なのか?」
「オマエらだって、ただの高校生と元スパイだろ。しかも、東側の」
「過去は捨てたデス!」
「なら、こんな所に飛び込む必要なんて無かったのに」
「こう見えても後ろのひ弱な男より全然役に立つデスよ?」
「知ってる。けど、ナーシャが教わってきたことはやっちゃ駄目なことばかりだからな?」
「わかってるデス」
車が甲州街道から井の頭通りへと入り北上。
「それより、その謎が多い協力者」
「有名人だぞ?」
「転法輪? いや、聞いた事無いけど?」
アリスの業界や、裏の世界の話ならいざ知らず。
こちとらただの高校生。
「Tさん。知ってるでしょ?」
「ていさん?」
「Tさん」
聞いた事はあるような……。
「こう言ったらわかる?
寺生まれのTさん」
「は!?」
ルームミラー越しにアリスと目が合う。
「誰デス?」
「『This Man』みたいなもんだ」
世界中の人々の夢に現れる男の都市伝説、『This Man』。
「それは、転法輪さんに失礼」
「は? マジで言ってんの?」
どっちも都市伝説だろ?
「マジだけど?」
しかし、運転席のアリスは本気らしい。
「……それで、そのTさんが何処で何をしてるんだ?」
「吉祥寺で結界を張ってる」
ストレートにアホみたいな返答をもらい、俺は眉間を抑える。
自分の決断を半ば後悔しながら。
◆
コインパーキングに車を停め、しばらく歩きたどり着いたのは井の頭公園の端。
そこに停まる一台のキッチンカー。
タピオカミルクティーを売っている様だがさほど客は居ない。
「よう」
「いらっしゃい。どした?」
頭にタオルを巻いてサングラスを掛けた店主に気さくに話しかけるアリス。
「新入りを連れて来た。ミルクティー三つ」
「よっし。タピオカ大盛りにしておく」
「よろ」
キッチンカーの店長が白い歯を見せながらサムズアップをする。
その手首に黒い数珠が巻かれていた。
成る程、寺生まれ。
アリスの奢りかそれとも経費なのか。
ともあれ、タピオカミルクティーをもらい、キッチンカーの前に置かれた簡易テーブルに座る。
「新入りの御楯頼知と御据アナスタシヤ。
転法輪さん」
車の中から出てきて共にテーブルを囲む転法輪さんと俺達をアリスが紹介する。
「ヨロシク!」
「よろしくお願いします」
「よろしくデース」
再び白い歯を見せ笑う転法輪さんに頭を下げる。
「えっと、俺の事は……」
「言ったわよ?」
「そうか。まあ、尾鰭の付いた噂が流れているが、話半分ぐらいに思っててくれ」
いやいやいや。半分って。
完全に否定しなくて良いのか?
「二人とも随分若そうだな」
「そう、ではなく若いの」
「若いのか」
「高校生」
「若ぇ!」
そう言う転法輪さんは幾つなのだろう。
二十代の前半くらいに見えるが。
……いや、待て。
寺生まれのTさんがネットの噂になったのは2000年代の筈。
その時十代半ばから後半だとしたら……あれ? 母親より年上だぞ?
んな訳ないか。
「えっと、転法輪さんはここで何をしてるんですか?」
「流行りの終わったタピオカミルクティーを売ってる」
「でも、これ美味しいデス」
「プラスチック製ストローの規制で一気に下火になっちまったからなぁ。
後、淡水魚の卵だなんてフェイクが信じられちまったのが致命的だったかな」
「そう言う話をしに来たんじゃない。
御楯、オマエに見せた防犯カメラの映像。あれから都合三回、ここ吉祥寺で目撃報告がある。
だから、転法輪さんに見張りをお願いしてる」
「見張りって、吉祥寺以外に現れたら?」
「その時は気でわかる。
だが、今のところこの近辺にしか現れて無いな。
それとアリス、三回じゃなく四回だ」
「四回? そんな話、聞いてないわよ?」
「言ってないからな」
「何で!?」
「今晩、報告に行こうと思ってたんだ」
そう言いながら彼はテーブルの上に小型カメラ……GoProを置く。
「今朝、近辺で遭遇した」
「結界を張り続けるから大丈夫って言ってなかった?」
「昨日飲みすぎたからなぁ」
「で、捕まえた……訳は無いわね」
「ああ、逃げられたよ。
だが、やはりこの辺を狙って現れてるみたいだな。
何かあるんだろう」
「何か……心当たりある?」
俺の方へ目を向けるアリス。
吉祥寺と言われ、真っ先に思い浮かぶのは桜河さん。
と言うか、それしか知らない。吉祥寺なんて。
「無いよ。てか、何でそんな事聞くの?」
「正体を知ってるの、アンタしか居ないんだもん」
「ベルゼブブだっけか?」
「そう。……多分」
改めて問われ、自分の記憶に自信が無くなる。
薄暗く荒い防犯カメラの映像。
どうしてそれを見て、あり得ない向こうの存在だと断言出来たのか。
「こんにちはー」
「はい、いらっしゃい!」
客に呼ばれ、Tさんが立ち上がる。
「これ、貰ってくわ」
アリスがテーブルの上のGoProを手に取る。
「夜に報告に顔出すよ」
「了解」
一つしか置かれていないテーブルを新しい客へ譲り、その場を後にする。




