正義を掲げる②
「それで、その金無しのロートルが私達に何の用デスか?」
アナスタシヤがコーヒーにミルクと砂糖をたっぷりと入れかき混ぜながら問いかける。
「リクルート活動。君らにも手伝ってもらいたいなと思ってな」
「手伝い?」
「ワタシもデスか?」
「そう。
御楯頼知、アナスタシヤ・ミシュレ。
どうか、俺達に力を貸して貰えないだろうか」
そう言って、五島は深々と頭を下げた。
「ノンノンデス」
俺が答えるより早くアナスタシヤが断りを入れる。
「なら仕方ない」
顔を上げ肩を竦める五島。
「違いマス!
ワタシは御据アナスタシヤ、デス!」
彼女は、得たばかりの日本国籍上の名を口にした。
「ああ、名を間違えたのか。
それはすまない」
「リサーチが足りて無いデスよ?」
「耳が痛いねぇ」
「大体、俺達高校生ですよ?
手伝える事なんてあるんですか?」
戦闘訓練を始め、色々な技術を叩き込まれているであろうアナスタシヤと違い、俺が唯一出来そうなG Playはもうすぐ休業だ。
「ある」
「……アリスは、無いと言ってましたよ」
「部下に代わって泥を被るのも上司の役目って訳だ」
「はい?」
「つまり、遠慮したんだよ。アイツは。
高校生であるお前らを巻き込む事を」
そうなのだろうか。
「随分と真人間デスね」
「真っ当も真っ当。信じられんくらいの真人間だよ。
アイツを突き動かしてるのは何だと思う?」
「何ですか?」
「正義だ」
そう言って、ニタリと笑う五島。
「……可笑しいですか?」
「いやぁ、年を取るとこういう恥ずかしい言葉を臆面も無く言えるようになるもんだなぁと思ってな」
「そうすか」
「でだ、まあ飛びっきり口の悪い捻くれ者が一人心すり減らしてるのを助けてやってくれと、そう言う風に思うここ最近のオジさんだぁー」
と、身を仰け反らせ、手首を内に倒しながら両手を広げる。ラッパーの様なポーズ。
「……何すか? それ」
多分ボケなのだろうが。
「あれ? 最近の若者の間でバズってんじゃ無いのか?」
知らん。
「まあ良い。
給金も出す。まあ、バイト代に毛の生えた程度だが」
「でも、俺に出来る事なんて無いと思いますよ」
「向こうへ行って情報を集める。
これに自信が無いとは言わせないぞ?」
「G Playは休業でしょう?」
「ああ、まあ、そうなんだが要は向こうへ行ければ良いわけだろ?」
「は?」
「そう言う手段はある。
正確にはこれから用意するわけだが」
なるほど。
何だかんだ言っても怪しい組織。そう言う裏工作染みた事は得意と言う事か。
「それとな、例え向こうに行けなくとも同じ方向を見る仲間が居るってのは、それだけで助けられるもんなんだわ。
重い荷物も二人で持てば負担は半分。三人なら三分の一。
五人もいたら一人サボってても分からんだろう?」
「要は自分がサボりたい訳デスね?」
「重い荷物を持つと腰に来るんだよ。年は取りたく無いねぇ」
例え話じゃ無いのか?
何だろうか。この人を食った様な人は。
「さあ、どうする?」
改めて真剣な顔で俺を真っ直ぐに見つめる五島。
その眼を真っ直ぐに見返し、返す言葉を探す。
少なくとも、真壁よりは信頼できそうな人だと、そう思った。
そんな俺の横で、アナスタシヤが大きく息を吐く。
「汚れ仕事デスか?」
「おいおい。滅多な事を言うな。
ここは日本だぞ? 表向きにはスパイすら居ない平和国家だ。
お前さんがどんな想像しているのか知らんが違法紛いの事はさせないぞ?
そんなことになったら俺までお縄につくからな?」
「そしたら、私は何をするデスか?」
「アリスの手伝いか、御楯の手伝いか。
やる事は山程あるだろ?」
「なら、ヨリチカを手伝うデスかね」
アナスタシヤが、俺を見上げニコリとする。
こいつと仲間、か。
「では、改めて聞こう。
御楯頼知、御据アナスタシヤ。
ここで共に働いて欲しい。
あー、正義、の為に」
と後半は矢張り少し照れ臭そうに言い淀んだ五島。
「はい」
「らじゃデース」
それに二人、笑いながら了を返す。
◆
コンビニのバイトに毛の生えたよう程度の時給が記された契約書。
それに二人目を通す。
アナスタシヤの方は英語で書かれていた。
「まあ、内容は同じだ」
「危険な仕事の割に安い報酬デスね」
「まあ、そう言われると返す言葉も無いんだが、御楯はランクBだったか?」
「ええ」
「それくらいのランクになると死亡率がガクンと下がるからな」
「へー。そう言うデータがあるんですか」
「ああ。
興味があれば見せるぞ」
「今度見せて下さい」
「……ん、そうだな」
契約書にサインをして差し出す。
それを受け取った五島は、俺とアナスタシヤ二人分の書類を机の上に置き腕組みして椅子に寄りかかる。
「どうしたんですか?」
「……こんな若者に命を張らせるなんてのは、俺の常識の中にはなかったんだわ。
だが、そうも言ってられない。
塗り替えられていく常識の、その先を考えると胃に穴が開きそうだと思っただけだ」
そう言って五島が力なく笑う。
その後に、二人分の書類をまとめて持って立ち上がる。
それと同じタイミングで、電子音がして錠が解除される音がした。
「戻ったか」
そう言って、五島が書類を持って会議室のドアを開ける。
「道具屋はどうだった?」
「駄目です。アイツ、こっちの足下見やがって」
五島の問いかけに答える女性の声。
「まあ、仕方ない。商社と懇意らしいからな」
「税調にタレ込んでやろうかしら」
「まあ、もう少し泳がせてからだな。
こっち入れ」
「はい……何してんの?」
五島が開けた扉の向こうでアリスが俺の顔を見て顔を顰める。
「手伝ってもらう事にした」
「正気ですか? 高校生ですよ?」
「正気も正気。
お前だって人が欲しいって言ってただろ?」
腕を組み、小さく溜息を吐くアリス。
「よろしくな」
「よろしくデス!」
「こき使ってやる」
そう言って微笑むアリス。
こうして俺は再び訳の分からぬ組織の一員となる。
だけれど、今度は成り行きでなった訳ではない。
自分で決めたのだ。




