法案成立へ
「地の底 海の底
罪穢れ流る
妣 誘う彼方へ
満ち延びる
唱、玖拾肆 鎮ノ祓 神葬」
蜘蛛の腹の中から出てきた物は子蜘蛛だけでは無かった。
その大半を子供に喰い千切られた骸その腹の中には無数の頭蓋骨。
哀れにも餌になった人間達……。
その痕跡全てを金色の炎で焼き尽くし、門へと足を向ける。
そして、現実へ。
「ただいま」
「お帰り」
「お帰りデース」
母とすっかり我が家に馴染んだアナスタシヤ。
俺は自室に入りレポートを書きながら振り返る。
ムサシの世界には、迫る脅威と立ち向かう組織がある。ベリィの世界にも、異形を排除する集団がいる。
だが、俺のいるこの世界はどうだろう。
今一度、アリスへ連絡を取るべきか……。
「ご飯、出来たデスよ?」
ノックと共にアナスタシヤが俺の部屋の扉を開ける。
「今行く」
「……疲れたデスか?」
「ん、何で?」
「顔が、暗いデス。
前は晴れ晴れとした顔で帰って来てたデス」
「そうかな?」
言われ、顔に手を当てる。
どんな顔をしていただろう。
「別に無理しなくて良いですヨ?
ヨリチカに頼らなくても行く先の一つや二つあるんデス」
「……いや、今消えられると俺の英語の成績がピンチだ」
他は頼りにならないが、英語に関しては優秀な家庭教師になってくれているアナスタシヤ。
「じゃ、もう暫く居る事にしマス」
「ああ、よろしく」
他に行く場所がある。
それすら本当かわからない嘘付きの言葉。
多分気を使われているのだろう。
◆
中途半端に一日平日を挟むくらいなら連休にすべきだ。
だが、珍しく有休を使う親父と違い高校生の俺にはそう言う制度は無い。
大人しく一日登校し、一度帰りその足でG Playへ。
程々の洞窟、程々の敵。
襲のコツを掴み、帰ったのは翌日の昼過ぎ。
「ただいま」
「ヨリチカ!」
自宅に入るなりアナスタシヤが、満面の笑みで飛び出して来る。
その手に食べかけのクッキー。
「ありがとうデス!」
「は?」
母とアフタヌーンティーの真っ先中だったらしいリビングにはテーブルの上に隙間なく並べられたスイーツ類。
完全に母の茶飲み友達になりやがった。
「土産なんて無いぞ?」
「ノンノン。
これ、郵便受けに入ってマシた」
A4サイズの封筒を手渡される。
差出人も宛名も無い。
「俺宛?」
「ワタシ宛デス。
見てください」
中には書類の束。
その一番上。
「帰化許可申請書?」
アナスタシヤの顔写真が貼られた一枚の紙。
「真壁からでしょ?
契約完了」
「明日、役所へ行って来るデス!」
……提出したレポートはまだ約束の金額に届いていない。
何かの手違いか?
喜ぶアナスタシヤを尻目に自室へ戻り、真壁に連絡を。
だが、スマホは呼び出し音のまま繋がらず。
ならば、シキシマシステムサービスは?
こちらも同じく。
どう言う事だろう?
「あら、そうだったの?」
夕飯後、アナスタシヤの居なくなった頃合いを見計らい母に打ち明ける。
真壁の行動の意味は。
その意味がこの人ならばわかるのでは無いだろうか。
「どう思う?」
「うーん……これかしらね」
そう言ってテレビを指差す母。
そこに映し出されたのは『G Play特別法案可決へ』と言うテロップと共に後挟首相と和やかに握手を交わすG社の日本法人代表取締役。
「これ?」
「法案の可決を手土産に内閣調査室へ戻る。そのまま次の衆議院選から出馬。
その為の過去の清算ってところじゃないかしら。
あとは、アナスタシヤを日本人にする事で生まれた国へ戻りにくくする。
そう言う狙いもあるかしらね」
「つまり、奴の出世が実現したから用済みって訳?」
「用済みになった相手との約束を律儀に守る。
根は小心者ね。出世するわよ」
褒めているのか定かでない母の評。
明日の国会で可決される見通しのG Play特別法案を受け、G社は十月から当面G Playの営業を休業するとテレビの中でアナウンサーが伝える。
休業、そして来年には免許制。
もう、お前は必要ない。
そう言われた気がした。
この世界の俺は何の力もない。
そして、この世界を守る様な組織など存在しない。
クローゼットの中にある一度も袖を通した事のない制服。
磯城島守……何て事はない。ただの出世の近道だった訳だ。




