金髪の直毘③
体に術を封じ留める御呪印。
亟禱で言霊を用いずにそれを行う。
幾度も重ねて。
それが襲。
成る程。
原理は単純。
教えられ、試しに赤千鳥を指に込め放つ。
五重に。
だが、試みた襲は手から放たれると弱々しく飛び立ち直ぐに消え去った。
「……難しいな」
「難しいよ」
「これ、ベリィが考えたの?」
「違うよ。教わったの」
「ふーん」
すごいな。
既にあった物の組み合わせだけなのに俺には思いつきもしなかった。
術を放った右手をマジマジと見つめる。
物に出来れば大きな力になる。
それならば、刀一つ、安いものだ。
洞窟の奥から迫る微かな気配。
それに備え、指へと術を込める。
◆
「ちゃんと戦えっての!」
「……むう」
進むにつれ洞窟の奥から湧き出てくる蜘蛛。
それに向け、襲を放つが成功率が著しく低い。
……機を改めて練習だな。
「仕方ない」
波泳ぎを抜く。
遊んでいる場合では無い。迫る気配がそれを伝える。
物音無く忍び寄る蜘蛛。
一匹や二匹ではなさそうだ。
◆
「……もう……嫌ぁ……」
「ん?」
蜘蛛の群れの襲撃を退けひと段落したところでベリィが泣き声で言った。
「疲れたのか?」
「……見た目にしんどいのよ……」
まあ、蜘蛛蜘蛛蜘蛛蜘蛛で気持ち良い物では無い。
波泳ぎの斬り心地はこの上なく心地よいが。
「飛渡足で帰れば?」
わざわざ居づらい場所に居続ける必要もないのだ。
「今日はもう使えない」
「なら我慢するしかないな」
「何で蜘蛛ばっかりなのよ!」
「蜘蛛ばかり……か。ならばこの先に待ち構えるのは……」
「土蜘蛛?」
「かなぁ」
アラクネと言おうと思った事は秘密。
結果として、ベリィの予想は当たることになる。
◆
洞窟の奥から現れる影一つ。
透き通る様な白い肌に黒髪の女。
ゆっくりと歩くその女が間合いへ入るや否や、地を蹴り波泳ぎを振り抜く。
驚愕に顔を歪めながら、大きく後ろへと逃れんと飛ぶ女。
切っ先に手応えはあったが、女はそのまま逃走し闇の中へと消えていく。
「……一歩、早かった」
相手の気配に気が逸り、十分に引きつけられぬまま迎え撃つ形になった。その結果は、相手を取り逃がすことになる。
「人の形している相手にノータイムで斬りかかれる君が怖いわ」
「ん?」
後ろからベリィが呆れた様な口調で言う。
「どう考えても人の気配じゃなかっただろ」
隠しても隠しきれぬ瘴気は妖のそれ。
「頭ではわかっててもね」
「断は?」
戦いに於いて、ほんの一瞬の迷いでも命を落としかねない。それを断ち切る。それが断。鼓の術。
「まだ」
「あ、そう。
あった方が良いぞ?」
「わかってるよ」
「大体、土蜘蛛って言ったのそっちだろ?」
「え?」
「土蜘蛛って若い女の子だったり、僧だったり色んな姿で現れるんだよ」
「ふーん」
「そして、それを討つのがご存知源頼光公」
尤も、それは表の歴史でありその影には御天の働きがあるのだけれど。
「なにそのドヤ顔」
「いや、別に」
せっかく解説してやったのに。
てか、直毘ならそれくらい知っとけよ。
溜息一つ吐いて、地に視線を転ずる。
そこに残された血の跡。
洞窟の更に奥へと続くそれは俺達を招き入れる為の道標。
だが、行かねばならない。
その先に門があるのだから。
◆
「……どうやったらあれがさっきの美女になるの?」
ベリィが、洞窟を進んだ奥、少し開けた場所で待ち構えていた土蜘蛛を見てそんな感想を漏らす。
それは体長十メートル程の巨大な蜘蛛の怪物。
頭部には下顎から上に向け牙の飛び出した凶悪な人の顔。
「さあね。ここで弟子入りでもするか?」
「まさか。さっさと倒して帰る」
「足引っ張るなよ?」
「そっちこそ」
横で得意げに笑うベリィ。
それに頷きを一つ返し、土蜘蛛へ向き直る。
「直毘、ライチ、参る」
「同じく、ベリィ、行くわよ」
「極冠に吹く死の風
灼熱に踊る雪
全てはその悔恨の為
唱、伍拾参 現ノ呪 千殺月」
「亡骸を抱き征くは星月夜
英雄は遂に戻らず
巡るは冬の終わり
唱、参拾捌 現ノ呪 紫乃桜」
「祓濤 火雨花落」
「祓濤 夢槍明星」
武器の力を解き放つベリィの瞳が金色に輝く。
……あの目……何処かで……。
「行くよ!」
俺の視線に気付いたベリィがニコリと笑いながら地を蹴る。
それと反対方向へ動き標的である土蜘蛛を二人で挟み込む。
余計な事は考えるな。今は戦いの時間だ。
「零れ落ちる記憶の残滓
遠路の先の写し身
爪を赤く染めよ
唱、壱 壊ノ祓 鳳仙華」
鼻っ面に術を当て、意識をこちらに引きつける。
振るわれる細い脚。
「分かつ者
断絶の境界
三位の現身はやがて微笑む
唱、拾参 現ノ呪 水鏡」
呼び出した盾がそれを受け止める。
「注し縛る者
連なるは人為らざる者の声
縄と成りて足手を縛る
唱、弐拾玖 鎮ノ祓 縛鎖連綿」
ベリィの術が蜘蛛の体へ伸び、その巨体を縛り付けた。
翻した火雨花落の刃が蜘蛛の脚先を切り落とす。
◆
「止め!」
叫びと共に突き出された槍が土蜘蛛の眉間を捉え、突き刺さる。
地響き一つ、断末魔の代わりにして巨体が力なく崩れ落ちる。
「人の頭を踏み台にすんなよ」
喜びが滲み出る背中へ苦情を一つ。
「ナイスコンビネーション!」
満面の笑みで振り返りながらサムズアップするベリィ。
ったく。
「良し、帰ろう!」
そう言った彼女の視線の先には小さな横穴。
「あった!」
その横穴ですぐに門を見つける。
「いやー、疲れた。じゃ、お先に!」
「ああ」
ベリィが手を上げながら笑顔で消える。
「さて、と」
俺は踵を返し横穴から出て行く。
その先にあるのは土蜘蛛の死骸。
「……やはり」
その腹を食い破り、中から現れる無数の子蜘蛛。
伝承通り。
「恨みは無いが、付き合ってもらおうか」
襲。
その練習台として。
亟禱 鳳仙華・五重襲
五輪の爆破の花が蜘蛛の子を弾き飛ばす。
この力、なんとしても物にしなければ。




