金髪の直毘②
そうやって、いざという時の転移先の確保するために十数枚ほど札を作り上げる。
さて、行きますか。
周囲に敵が居ない事を確認し、結界を解く。
直後、豪と突風が舞った。
「久しぶり!」
風と共に現れたのは金髪の女の子。
この前助けに来た彼女だ。
「久しぶり。この前はありがとう。
今日はどうしたの?」
「いや、この前ちゃんと帰れたかずっと気になってたのよ」
「お陰様で、ちゃんと帰れた」
「片想いの子にも会えた?」
おまえ、その傷を抉るか?
無邪気な笑みを浮かべる彼女。
「……会えた」
「おー、良かったじゃん」
「まあ、うん」
「すっごい微妙な顔してるけど?」
「……どうしたの? 気になるじゃん」
「……脈が無かった」
言わせんなよ!
「え。死人? 憑かれ人?」
「そっちじゃねーよ!」
「あー!」
真っ先に物理的に脈がない方を思い浮かべるとか、どんな思考回路してんだよ。
……いや、彼女にとってその方が日常なのかもしれない。
異形、マガの居る世界。
自らの勘違いを悟り、口を丸くする彼女の世界。
「名前、教えてくれない?」
「あ、ベリィ。弟はユズ」
それでは無く、本当の名が知りたかった。
だが、俺もフルネームを告げてないのでお互い様か。
「ライチ」
名乗りながら右手を差し出す。
「弟から聞いたよ」
「改めて礼を言いたい。ありがとう」
脈無しとわかったのも、生きて帰ってこそ。
もし、それが叶わずにあの場で朽ちていたならば俺の悔恨は穢れとなりマガになっていただろうか。
いや、身の内に座すはやあきつひめがそれを許さないか。
「コスプレみたいな格好。
何かのキャラ?」
「天使、悪魔から世界を守る軍隊の制服」
小首を傾げながら俺を上から下まで観察するベリィ。
「……なんか、偉そうな刀差してるね」
「偉そう、ではなく、正真正銘の名刀。
波泳ぎ兼光だ!」
「良し! この前のお礼はそれで良いよ?」
「は? やだよ。どれだけ価値があると思ってるんだ」
歴史に名のある名刀。
金銭的な価値はもとより、こうして腰に差すなど本来あり得ない事であるのだ。
あまつさえ、それを手に戦うという僥倖。
「それくらいの礼はしてくれてもバチは当たらないと思うけど?」
「俺が死んだら譲ってやる」
「……成る程。
殺して力尽くで奪え、と」
顎に手を当て、心得たとばかりに不敵な笑みを浮かべるベリィ。
「いやいやいや、そう言う意味じゃない」
何でそんな蛮族みたいな思考回路なの?
「私にお礼をする為に戻って来たんじゃないの?」
「いや、礼は言いたかったけれど刀は渡さない」
「じゃ、何しに?
失恋の傷を癒しに?」
「討つべき敵が居る。
暴食のベルゼブブ。
門を喰らい俺をここに閉じ込めた奴が、向こうの、俺たちの住む世界へ現れた」
「へー。そんな事……あ、だから最近八課が忙しそうなのかな?」
「八課?」
「ん? 公安八課、特別守護隊」
さも当然のように語るベリィ。
それは、俺の設定の中に存在する組織。
設定の中だけに。
だが、彼女の世界には存在していると言う事なのだろうか。
「八課が動いてる……か」
「いや、実際動いてるかはわからないけど。
別に私は職員じゃないし。
……あー、でも、そいつの情報貰える? 刀の代わりに」
「そもそも刀を渡すつもり無いからな?
見た目は十代半ばの女の子。長い黒髪に赤い目。そして、ここ……七芒星の印がある」
自分の口を開け、舌を出してその場所を指で示す。
「わかりづらい」
「まあ、見つけたのは偶然だからな。
能力の方がわかりやすい。
暴食。
その名が示す通り、全てを喰らい自分の中へと取り込む。術もだ」
「……術も?」
「そう。
放ったホウセンカは奴の体内へ消え、そのままやり返された」
その直撃を受けた左手に目を落とす。
もし、禁呪を放ちやり返される様な事になって居たらそれこそ目も当てられ無かっただろう。
「下手な手出しは逆効果って事?」
顎に手を当てながらベリィが俺に尋ねる。
「どこかに限界はあるだろうけれど」
空気を入れすぎた風船はいずれ破裂する。
問題はその限界がどこか。
そして、風船が自らの意思で中の空気を抜くことが出来ると言う点。
「ふむ。他には?」
「そんなもん」
「そっか。わかった。八課の知り合いに伝える。向こうは彼らの領分だから無理しない方が良いよ。任せるに限る」
「ん、ああ」
「あと……ついでにもう一つ。門、どっち?」
「いや、俺も今来た所だから」
「じゃ、一緒に探すか。
デートだね。嬉しい?」
「全然?」
俺の返答に少しムッとした顔をするベリィ。
「今日、弟は?」
周囲を警戒し歩きながらベリィに問いかける。
「来てないよ。一人」
「あのさ、参考までに聞きたいんだけど」
「何?」
「女の子が一人、こんな場所に何の用事があって来てるの?」
「修行」
「なる」
「むしろそれ以外に何があるの?」
「無いね」
修行か。
彼女はその力を高めると言う目的があってここに居ると言う。
「それ、向こうじゃダメなの?」
態々無法地帯へ足を踏み入れる必要は無いのではないか?
「全然、力が違うんだもん。こっちと向こうで。
君、向こうで禁呪とか使える?」
問われ、俺は首を横に振る。
禁呪はおろか、術一つ使えない。
「あとは、ストレスの解消かな。
思いっきり術を放つと、それだけで気持ちよかったり」
「それはわかる」
薄暗い洞窟を二人で歩く。
「……何も出ないね」
しばらく歩き、ベリィがそう漏らす。
確かに人影どころか、気配すら感じられない。
だけれど、薄っすらと漂うこの感じ、これは……瘴気。
「油断するな」
「わかってる」
何かは居る。
瘴気の中、ゆっくりと歩みを進める。
微かな気配を捉えた。
「暮れない……」
咄嗟に赤千鳥を諳んじる俺の横でベリィが右手を翳す。
その先から生じ、一直線に飛び行く小さな火の鳥が三羽。
それは、天井に張り付いていた小さな異形へ真っ直ぐに飛び行き突き刺さる。
……どうやった? 亟禱とは違う。三重の赤千鳥。
「……ゲ」
自らか吹き飛ばした異形の欠片を見て顔を歪めるベリィ。
術によって葬られ、地に落ちた異形であった物。それは、子供の腕程もある蜘蛛の脚に見えた。
「……虫、得意?」
「原則苦手」
「おぉい! こう言う時に頑張るのが男の子でしょ?」
「それ、男女差別だぞ?」
「くそぅ。ユズがいれば……」
まあ、バッタやゴキブリの様に不意にこちらに飛びかかって来ない分、まだ蜘蛛の方がマシか。
「それより、今の何?」
「今の?」
「赤千鳥が三つ同時。どうやった?」
「教えて欲しい?」
「ああ」
ベリィがニンマリと笑い、右手を上に向けながら俺の前に出した。
「刀で良いよ?」
「……ちゃっかりしてる」
だが、あの技の秘密は知りたい。
仕方ない。
俺は荷物袋へ手を入れ、そこへ仕舞ったばかりの短刀を取り出す。
「ほら」
「いや、そっちが良いんだけど?」
そう言いながら俺の腰を指差すベリィ。
その先にあるのは波泳ぎ。
「ざけんな。
こっちだって名物だぞ?」
「ほう?」
俺の手から刀を受け取り黒鞘からその身を引き抜くベリィ。
「……あ、れ? ひょっとして?」
「わかるか?」
「不動行光?」
「ご名答」
「ふおぉぉぉ!」
嬉しそうな叫びを上げるベリィ。
刃物を手にしてテンション上がるとか、こいつヤベェ……。




