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氷上の軍人⑥

 燃え盛る炎よりベルフェゴールが現れる。


「不死身……?」


 銃口を向けながらムサシが呟く。


「何か手立てはあると思うんだけどな……」


 七つに分かれた紺抂亀こんごうせきを広く展開させ、相手の攻めを封ずる。

 どこかに弱点は無いか。

 何度も切りつけ、刀で、術で、ムサシの銃弾でベルフェゴールを倒し、しかし、その度に蘇る相手。


 幾度目かの蘇りを経て、その顔に浮かぶのは怒り一色。


「あるわ……手立て」


 ムサシが天を見上げながら言った。

 その先に浮かぶはローター音を轟かせるヘリ。


「動きを止めたい」

「ん、わかった」


 身の守りを盾に委ね瞑目。

 内なる術の扉を開ける。


「孤狼を蝕む枷

 言霊を縛る幌

 地に潜る我が根となり

 御罪みつみを繋ぎ止めん

 唱、漆拾玖(しちじゅうく) 鎮ノ祓(しずめのはらい)  三身綱(みつみつな)


 左手の指二本が指し示した先で、術の縄がベルフェゴールの四肢へと絡みつきその動きを拘束する。

 縛鎖連綿より強固な拘束術。

 だが。


「俺もこのまま動けない」


 相手を止めている間は、俺も等しく動けないのだ。一人で戦っている間は必要無かった力。

 背を預けるに足る仲間が居てこその力。


 だが、初めて放つその術は鞭を持つ右手だけを縛り損なった。


 当然の如く振るわれる鞭。

 その勢いは烈火の如く。


「耐えろ! 紺抂亀こんごうせき!」


 俺の周りを飛び回りそれを受け止める盾。


「腕一本縛り損なった!」

「オッケ。

 行くよ。ベッカム。

 神槍ロンギヌス、投下」


 俺に背を向け、ベルフェゴールとの間に立ったムサシが高らかに宣言し、右手を掲げた。


 上空からヘリのローター音に混じり、小さな風切り音。

 細長い物体が、高速で頭上を通り過ぎベルフェゴールへと迫る。

 地に突き刺さりそうな角度で飛来したそれは、誘導ミサイルの様に角度を変え浮き上がり、その先のベルフェゴールを貫く。

 いや、その寸前で見えざる盾に阻まれ停止した。


 キーンと言う高周波音を響かせながら、ベルフェゴールまでおよそ一メートルと言うところで槍が空中で小刻みに振動する。


「まだまだぁ!!」


 ムサシが叫び、飛び込んで行く。

 船上で戦っていた時と同じように髪を逆立て、全身から炎の様な湯気を立ち上らせ。


 手の平で宙で停止した槍の石突を押し、槍を更にベルフェゴールへ向け押し込んで行く。


 拮抗する両者。


 しかし、俺もまた動けずに居る。

 動けば、ベルフェゴールの拘束が解けるのだから。


 頑張れ、とその背を応援するくらいしか出来ないのだ。


 突如、ムサシの背後の氷が割れる。

 そして水面下より現れた鞭がムサシへと襲いかかる。

 蛇の様なその鞭が瞬時にムサシの首へと絡みつき、締め上げていく。

 だが、それでもムサシは槍を押し込む。

 ここで術を解いて助けに行けば、それはベルフェゴールを利することにも成りかねない。


「……クッ……ゥ……」


 後ろへ引き剥がそうとする鞭が首に食い込みムサシから苦しそうな声が漏れる。

 同志と言った彼女が戦う姿をただ見守る事しか出来ない自分が歯痒かった。


「負けんな!!」


 だから、せめて声だけでも! 届け!


 直後、槍が飛んだ。

 同時にムサシの背からベルフェゴールの爪が飛び出るのを見た。その先は、血で真っ赤に染まっている。

 だが、それは一瞬の事。

 ムサシが押し込んだ槍は、相手の力に押し勝ち再び放たれる。ベルフェゴールを道連れに。


 槍はその奥にある船の外壁へとベルフェゴールの体を道連れに飛び行き突き刺さった。

 と、糸が切れた操り人形の様に同時に崩れ落ちるムサシ。

 倒れ込んだその体はその下の氷の裂け目へと落ちて行く。


「ムサシ!!」


 叫び、走り出す。

 そして、海中へ消えた彼女を追って海の中へ。


 亟禱きとう 飛渡足


 赤い帯を作りながら沈み行く彼女の側へ。





 まるで……人形だ。

 海中で目を見開いたまま沈み行くムサシを抱き止めそんな感想を抱く。

 弛緩した手足は、本来ならば凍える程の北極の海の所為。そう信じ込むには、少し無理があった。


 微動だにしない彼女の体を抱え、水を吸った服で動きづらい体を動かし氷の裂け目から僅かに覗く光を目指す。

 海水に溶け行く涙。

 どうしてこうなったのだろう。

 俺に力が無かったからか?

 ……力。俺の持つ力。

 直毘ナオビであり、御天庶家、御楯の後継……師匠の教え。

 常に冷静に状況を分析せよ、自分の出来る事を見極めよ、とそう叩き込んだ母。


 俺が今、出来る……事。


 海面に上がり、氷上へムサシを横たえ首筋に手を当てる。

 脈は無い。そのまま額へ当て瞼を下げる。

 ムサシの腰から数珠丸を抜き、船の外壁へと繋ぎ止められたベルフェゴールへ視線を転ずる。


 亟禱きとう 飛渡足


 そこへと、飛ぶ。



 神殺し。

 そう言う謂れを持つ槍、ロンギヌスに貫かれてもベルフェゴールはまだ生きていた。

 だが、身動き一つ出来そうに無いのは槍の持つ力故にだろう。


「あの女は死んだか。

 脆弱な命を……」


 何かを言いかけ口を開いたベルフェゴールの口へ数珠丸の切っ先を押し込む。


「刀へ寄りませ


 黄昏の風音

 去りて残る余韻

 然りとて申す者無く

 唱、伍拾玖(ごじゅうく) 鎮ノ祓(しずめのはらい) 忌紋封(きもんふうじ)


 殺せないならば、封ぜれば良い。

 手にするは、天下に聞こえる五剣が一つ、霊刀、数珠丸。

 諳んずるは、直毘ナオビに伝わりし悪鬼封印の言霊。


 鈴の音に似た高音を一つ響かせ、刀へと吸収されて行くベルフェゴール。

 支えが無くなった槍が氷の上にポトリと落ちた。


 振り返ると同時に彼女の元へと飛ぶ。

 ほんの数刻離れただけで、髪の毛は凍りつき肌には霜が張り付く。


 骸となった彼女へ跨り胸骨の下へと左手を添える。


「起きろ。母親になるんだろ?」


 そう一言声をかけ、手にした数珠丸を彼女の上に置いた左手の甲へ突き立てる。

 そして、一息に押し込む。

 手を貫き、そして、ムサシの骸の奥深くへと沈み込んで行く剣先。


 目を閉じ、大きく息を一つ。

 速秋津比売様、お力を。


そなえ尸童 (よりまし)と成し

 わざわいを、依り宿す

 我が血、速秋津比売の御力、此れなる霊刀数珠丸恒次が楔と成らん


 太歳 大将 太陰 歳刑

 歳殺 黄幡 豹尾

 閉じよ 岩戸

 光 闇 須らく封ず

 唱、玖拾玖(きゅうじゅうく) 鎮ノ祓(しずめのはらい) 封神(ほうしん)


 言霊を紡ぎ、一気に数珠丸を引き抜く。

 刀へ封じた異形、その力は不死。

 ならば、それを使い戻って来い。


「戻って来い!」


 叫んだ直後、俺の手の下、ムサシの体内で焔が弾け全身を走り抜ける。

 貼り付いた霜が蒸気と化して消えて行く。

 そして、手の下から感じる鼓動。

 それは、徐々に力強くなっていく。


 数珠丸を彼女の腰の鞘へと戻し、その体を抱き上げ氷上へ着陸したヘリの元へ。


 俺を睨みつけ、銃口を向けるベッカム。

 一部始終を見ていたならば当然だろう。

 なにせ、いま腕の中に抱きかかえるムサシの胸に刀を突き立てたのだから。


「生きてるのか?」

「ああ」


 足を止め答える。


「そうか」


 ベッカムは銃口を下げ背を向ける。


「乗れ。

 帰還するぞ」

「ああ。

 ところであの槍、回収しなくて良いのか?」


 神殺しの槍が氷の上に投げ出されたままだ。


「レプリカだ。

 気が向いたら回収にいくさ」


 お、おう。

 ま、それで良いなら良いけど。


 輸送ヘリの中へ簡易ベッドをセットするベッカム。


「ここにその姫さんを寝かせてくれ」

「ああ」


 その簡易ベッドへムサシを下ろすと同時にスピーカーから声。


『ミタテ小隊、状況の報告を』

「ミタテ小隊、天使撃破に成功。

 これより第二種戦闘配備へ移行。

 キョウコ・ミタテ少尉は天使との戦闘を経て昏睡状態。

 警戒はディビット・ウィラード一名にて行う」

『了解した。おめでとう』

「どうも」


 ……………………ん?


 ムサシをベルトでベッドに固定するベッカムに問いかける。


「ディビット?」

「ん? オレの名前だが?」

「え? ベッカムは?」

TACタックネームだ」

「……キョウコ……?」


 ベッドに横になる女性を指差し問いかける。


「ミタテ小隊隊長、キョウコ・ミタテ少尉だ」


 …………同姓同名の、とうが立った人物を知っているのだが……偶然の一致かな?


 ぐ、偶然だよね。うん。

 世界には似た人が三人いるらしいし……。


「飛ぶぞ。掴まってろ」

「お、おう」


 椅子に座り、ベルトを締める。

 そういや、似てるか……?

 彼女の横顔を眺めながら、鬼の顔を思い出す。


 ま、なんにせよ死ななくて良かったのかな……?

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サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
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