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氷上の軍人②

 

 ーー1999年7月。

 空から正体不明の怪物が現れ、ニューヨークが壊滅。死傷者数一千万人以上。

 それが、ムサシとベッカムの世界の過去に起きた出来事だと言う。

 そして、そんな人智の及ばない脅威へ立ち向かうのが、国連軍特殊作戦部隊ヴェロス。

 彼らが所属する部隊だという。


 俺が転移した世界は、そのヴェロスが恐怖(フォボス)と名付けられた異形の脅威と戦うべく切り離された空間。


 北極の氷の上に取り残された空母。

 この世界には彼ら戦闘員二人しかおらず、万が一脅威に負けて世界が塵に返ろうとも元の世界への影響は無いのだと言う。


 ◆


「とてもじゃないが、信じられない」


 招かれた船内で聞かされ、そして素直に感想を告げる。

 この二人は実はG Playのプレイヤーでたまたまこの舞台でそういう妄想を繰り広げている、と言う可能性は……薄そうだ。

 ベッカムは娘だと言う小さな女の子と二人で映った写真を見せてくれたし、何より船内にある物資が現実的な物ばかり。

 この空間はGAIAと呼ばれる現実とは切り離された世界。一度切り離されると、この空間へ現実から物を送り込む事ができないので可能な限りの物資を詰め込んでいるのだと言う。

 武器弾薬、衣類、食料などなど。

 それは、現実世界の物は持ち込めないという俺の知るG Playとは異なる状況。


「それはこっちも同じだけどね」


 俺に背を向けながらムサシが答える。

 彼女の腰に差している刀、天下五剣の一振り、数珠丸恒次だと言う。

 彼女達にとってみれば、民間で異世界へ転移するサービスが展開され、それの利用者である俺が迷い込み、さらには異形の怪物たちと互角以上に戦ってみせた事が信じられないだろう。

 現実世界で、この世界をモニタリングしているというタカムラと言う男は、なんとしても連れてこいとしつこく言う。


「よし。これなんかどうだろう?」


 クローゼットの中に吊るされた服の中から一つ抜き出し俺に渡すムサシ。

 それは、黒に金の刺繍、金のボタン。

 彼女が着ている服に似ていはいるが少し意匠が異なる。

 半裸の俺に、彼女達が提供してくれるのだと言う。


「コスプレみたいだな」


 少なくともベッカムが着ているのはもっと地味で実用的そうだ。


「いいじゃない。コスプレで。

 味気のない戦場にそれくらい目の保養を求めて何が悪いの?」

「悪くは無いけど……ネクタイも?」

「当たり前じゃん! 全部ワンセット」


 渋々、渡された軍服に着替える。

 外套にファーが付いていて裏地が赤とか、完全にコスプレだ。


「おお。思ったより似合う。何でだろう」

「なあ、ネクタイ結んでおかないと駄目か?」


 若干首が苦しい。


「絶対ダメ」


 そのこだわりはなんだろう。

 まあ、半裸よりはマシか……。


「防刃、断熱、防水。

 性能はお墨付き、動きにくいって事も無いと思う。

 いいじゃんいいじゃん。

 その格好でデートしようよ」

「するかよ!」


 何だ? この世界を危機から守るなどと言うに似つかわしくない軽さは。


 ◆


「壮観だな……」


 武器庫に並ぶ銃火器。

 服のついでに見せてくれると言う。


「彼奴等に普通の銃弾は通用しない」


 その中から散弾銃の様な物を手に取るベッカム。


「まさか、銀の弾丸?」

「それに近い。

 銀に特殊加工を施した合金だ。

 真銀ミスリルと呼んでいる」

「へー。合金……ミスリルか」


 ベッカムが銃弾を一つ放り投げる。

 弾頭が白銀の輝きを放つ。


「撃ってみるか?」


 言われ、マシンガンを一つ手に取る。

 ズシリと重い黒い凶器を見よう見真似で構え、元の位置に戻す。


「銃は使った事がない」

「オレは五歳の時に誕生日プレゼントにもらった。イかれた親父からな。

 ……その親父は効きもしない武器を両手に抱え、あの日飛び出して行った。当然、戻ってこなかった」

「復讐?」

「前はそんな風に思ってたが、今は違う。

 娘がまともに生きる世界の為。娘には、こんな物を持たせたく無いと思う」


 愛する娘と妻の写真が入ったロケットペンダント。

 彼がそれを服の上から握りしめる。


「世界を救う英雄。

 娘にとって自慢の父親か」

「今は小娘の部下だがな」


 ムサシの方がベッカムより階級が上らしい。


「この辺なら楽しめるか?」

「おおおお……」


 思わず感嘆の声が漏れる。


「触っても良いか?」

「オーケーだ。だが、くれぐれもオレに向けるなよ?」


 そこに鎮座するは六振りの日本刀。

 許可を得た俺はそれらを順に手に取り、振り心地を確かめる。


 ムサシが持つ、数珠丸恒次と同じく天下五剣の一振り、童子切安綱どうじぎりやすつな

 源頼光が酒呑童子を切ったとされる名刀。


 平家随一の猛将、平教経が厳島神社に奉納した国宝にして霊刀、厳島の友成。


 琉球王家の宝刀が一つ。短刀、北谷菜切ちゃたんなきり。赤子の頭を切り落としたという逸話を持つ妖刀。


 荒ぶる竜神を切ったとされる直江兼続の愛刀、水神切兼光。


 かの織田信長が所有していたとされる短刀、不動行光。


 そして……。


「波泳ぎ……兼光」


 黒鞘から引き抜いたその刀身に彫られた降り竜。


 どれも素晴らしい名刀。

 一振り貰えないだろうか?


 ◆


 仏像を彫るのが趣味だったと言う彼らの仲間の彫刻刀。それを武器庫の隅で見つけた。

 その当人は怪我をしこの空間から去ったとベッカムが苦虫を噛み潰したような顔で告げた。

 しかし、ここで彫刻刀が手に入ったのは僥倖だ。

 ここに来る前に考えていた御識札の量産。

 それが容易になる。


 本来は航空機の格納庫だと言う武器庫を後にし船内へ。

 案内された士官用の食堂だと言う一室に、カレーの匂いが充満する。

 それを給仕するのはムサシ。


「ほい。

 元女子高生の手作りカレー。

 ありがたく食え」


 ピカピカの銀の器に乗ったカレーが俺の前に置かれる。

 それとライス。

 ベッカムの前にはカレーとパン。


「また、日本食か」


 そのパンを千切りながらベッカムが言う。


「不満があるなら自分で作れっての」

「次からはシェフも同行してもらうさ」

『そんな予算無いわよ?』

 

 間髪入れず釘をさす声がスピーカーから流れる。


「……美味い」


 そのカレーを口に運び、思わず感想が漏れる。


「だろ!?」


 満面の笑みを俺に向けるムサシ。


「なんだろう。なんか……懐かしい味」

「そりゃ、市販のルーだからね」

「オレはバーベキューソースが懐かしい」

『最後の晩餐にならなければ良いわね」

「あん?」

『神託が下ったわ。

 明朝、七時。ティファレトの降臨よ』

「それ、信頼性は?」

『0.0000002パーセント』


 その言葉にベッカムが溜息を漏らす。


「神託?」

「破滅の予言」


 俺の疑問に端的に答えるムサシ。

 ティファレトってたしか、セフィロトの樹における第六のセフィラ。守護天使はミカエル。


「空振りを祈るぜ」


 カレーをスプーンで混ぜながらベッカムが呟く。

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サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
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