氷上の軍人①
転移と同時に感じる異様な気配。
連続する乾いた炸裂音と鳥の鳴き声の様な奇声。
戦いの最中。そこへ転移した。
すぐさま狐白雪を腰から抜き放ち、こちらに気付き向かいくる異形、蝙蝠の如く翼と細長い手足の悪魔の様なそれを一刀に斬り落とす。
……大丈夫。戦える。
「舞い上がる残り香
揺蕩う煙
向かい行く先に望みはなく
唱、陸 壊ノ祓 花舞太刀」
手近の一体を術で切り刻む。
曇天の空の下を飛び回る悪魔共。
野外、か。
門が手早く見つかれば良いが。
だが……周囲を見回す。
ここは、船の上、か?
広い甲板で俺と同じく戦う人影が、一つ、二つ。
一人はガトリングガンを手に持ち、その銃口を空へ向けている。
射線の先で弾け飛ぶ無数の悪魔達。
次々と空薬莢が地面へと零れ落ちて行く。
もう一人は両手にサブマシンガンを持って走りながら戦っている。
二人共、同じ様な黒い軍服姿。
距離を置きながら戦い二人の様子を観察する。
まあ、流れ弾に当たるのが怖いと言う理由もあったけれど。
◆
虚空から現れ、倒すと再び虚空へと戻って行く敵。
鋭い爪や牙は見掛け倒しだろうか。
数に圧倒され、幾度か傷を負ったが痛みは感じられず。深手では無いだろう。
それより……。
俺と向かい合い、僅かに間合いの外に立つ女。
その顔にゴーグルを嵌め、腰の刀に手を掛けている。
サブマシンガンを両手に戦っていた奴が今、居合の構えで俺を睨みつけている。
そして、背後にも気配。
「俺はライチ」
狐白雪を構えながら名乗る。
人と戦いたくはない。
だが、ここの二人が味方とは限らない。
俺の背後でガトリングの銃口を向けているであろう男は欧米人だ。
同じ様な衣装を纏う二人の素性がわからない。
ただのペアルックと言う事はあるまい。
生きて帰る。
せめてその目的だけでも同じであって欲しいのだが。
「ベッカム。
そこから撃つと私も巻き添えになるんだけど?」
「そんなタマかよ。
上手く避けろ」
「オマエ、私を排除して一人生き残れると思ってるのか?」
「オレは娘に会うまでは死なないからな」
俺を間に挟み軽口を言い合う二人。
「……死にたく無いのは俺も同じなんだが」
それでもなお向かって来るならば覚悟を決める。
例え桜河さんに顔向け出来なくなろうと、その前に俺にはやらねばならぬ事がある。
彼女の傍にある危機の排除。
その為ならば……。
「……どう見る?」
女の視線が僅かに俺から逸れる。
ベッカムと呼ばれた背後の男へ意見を求めているのだろう。
「想定外は排除すべきだ」
「意見が分かれたね」
「正気か!?」
「私は平和な日常の為に戦っている。
人を殺し、それでも笑っていられる様な日常は私には無いよ」
「なぜ人だと言い切れる?」
「フォボスは同族殺しなんて、人間染みた真似はしない」
俺を間に挟んで論争を始める二人。
だが、目の前の女はその間も隙を見せず。
「タカムラ、お前の意見は? 言葉を選んで発言しろ」
『モニターに映るのはオレンジが三つ。
つまり、人間が三人居るって事だけ。
これは、信じられないことよ! 潜り込んだのか、或いは偽装しているのか。これ以上無いサンプルだから必ず生きたまま連れ帰って頂戴!
五体満足じゃなくても良いわよ』
「オレは言葉を選べと言ったのだがな」
『選んだわよ』
女口調の男が答える。だが、その気配は感じられず。
モニターと言っていたので離れた場所から俺たちの様子を見ているのか?
異様だ。
今までのG Playに比べ雰囲気が明らかに違う。
軍服に銃火器、そして俺が立っている場所は巨大な船の甲板の上。
G Playはアメリカでも軍が攻略、分析を進めているとアリスが言っていた。
ヨークは自分は海兵隊員だと言った。
「アンタ等、アメリカ軍人?」
そう、目の前の黒髪の女へ問いかける。
「違う、国連軍だ」
「国連軍……国際異界機関?」
「そう言うお前は何者で、何処からどうやって来た?」
背後からの問いかけ。
……『どうやって?』。その質問に引っかかりを感じたが俺は正直に返す。
「日本の民間人。当然、G Playで来た。
邪魔だと言うなら門の場所を教えてくれればすぐに帰る」
「……タカムラ」
『嘘は検出されてないわよ?』
「つまり、民間人がGAIAに紛れ込む技術を発見したって訳か」
やはり、話が噛み合ってない。
「民間人でなく、G社が開発したんだろ?
そんな事IDOなら百も承知じゃないのか?」
「……お前は何を言ってるんだ?」
「そういう世界から現れたってことでしょ? この人は」
「は? ムサシ、お前まで何を言っている。そう言う世界? 正気か!?」
「空から怪物が現れる世界。それまで信じていた常識なんて、最早何の意味も持たない。
それは、ベッカム、貴方のほうがよくわかってると思うけど?」
「それとこれとは話が違う」
「じゃ、もう一つ戦いを避ける理由を言おうか」
「聞こう」
「このまま三人が戦ったら、弾切れのアンタが一番最初に死ぬよ?」
「……オーケー。休戦といこう。
ライチ、我々は想定外ではあるが、君を歓迎する。
今日のディナーは期待してくれ!」
その言葉を言い終わるのを待たずに俺は地を蹴る。
向かいの女も同時に動き、鞘から刀を引き抜く。
すれ違う両者。その目が見据えるのは互いの背後。
『パターン・ブルー、二つ』
そう音声が告げた時には狐白雪は女の背後に現れた白熊の如く異形の首を刎ね飛ばして居た。
俺の背後に現れた気配も、ムサシと呼ばれた女の一太刀で消滅した。
狐白雪を腰に戻し、振り返る。
同じく刀を鞘へと戻したムサシがゆっくりと差し出した右手を握り返す。
「ようこそ。今夜はチキンカレーよ」
先程までの刺すような殺気が嘘のように、柔らかい表情で笑うムサシ。
「それは、ありがたい」
そう返すが、そう言えば昨晩もチキンカレーだったなと思い出す。




