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高尾山登山②

 二人並んで標高五百五十九メートルの山頂へ。


「あっちは、新宿ですか?」

「よくわからないですね」

「海、見えます?」

「全然ですね」

「あれ、富士山ですか?」

「みたいですね」


 一時間半かけて登った頂上の広場をぐるりと一回り。茶屋で休憩。かき氷を食べる。


「帰りはこの道にします?

 吊り橋がありますよ」

「良いですね」

「そして、麓でお蕎麦、食べましょう」

「はい」

「じゃ、もうひと頑張りですね」


 日差しが更に強くなる前に俺たちは下山を始める。


「部活してないって言ってたじゃ無いですか」

「はい」

「でも全然バテてませんね。結構体力ありますよね?

 と言うか、春よりなんかシュッとしましたよね?」

「体力作りはしてるんです」


 木漏れ日の下を下る。

 登りよりは整備された登山道。

 桜河さんは時折上を見上げ、木の中へ目を凝らす。

 ムササビを探しているそうだ。


「さっきの話ですけど、その女の子は自由になったんですか?」

「まだです。

 あと三十回ほど、向こうへ行かないと」

「そうですか。

 ……頑張ってください。

 続けるんですよね?」

「……そう、なんですけど……」

「けど?」

「…………もう、行かないかも知れないです」

「どうしてですか?」

「この前、一人向こうに取り残されて、帰る手段を失って、凄く怖かったんです。

 帰れない事が。

 もう、会えないのだと何度も思いました。桜河さんに」


 だが、それではアナスタシヤは解放されない。

 それに、他にも気になる事はある。

 俺を救いに来た直毘ナオビ、二人。

 そして……魔王。残り五体。

 それらと、帰還できぬ恐怖。それを天秤にかけている。


「御楯くん。

 私、夢を見たんです」

「夢?」

「二月の大会、雪の日、遅刻しそうで急いでたじゃないですか。

 それで、改札を抜けた所に御楯くんはいなくて、そのまま車にぶつかる夢。

 凄く、怖かったです。

 でも、現実はそんな事なくて御楯くんが助けてくれたんです」

「大袈裟ですよ」


 ただ改札の外に立っていただけなのに。


「だから、御楯くんがその子を助けようと思った事は受け入れられるんです。

 でも、もし、この先、御楯くんが戻って来なかったら、多分、私はその子を恨みます」

「……」

「だって、御楯くんには私のタオルを預けたままなんです。

 それを返すまでは、絶対に帰って来ないと駄目です」

「……はい」


 吊り橋の上で走り出す桜河さん。

 ユラユラと橋が揺れる。


「もし帰って来なかったら、その時は迎えに行こうかな」

「危ないですよ!」


 二つの意味で。

 とりあえず、橋は揺らしちゃ駄目。


「冗談です!」


 橋の向こうで悪戯っぽい笑顔を浮かべながら、吊り橋を掴みジャンプする桜河さん。


「でも、その御楯くんの知らない御楯くんっていうのも見てみたいです」

「いや、それは、言葉の綾と言うか……」

「一緒に冒険する仲間とか、居たりするんですか?」

「いえ。暫く一緒に行動する事はありますけど、向こうでもう一度会う事は出来ないのでその時限りです」

「じゃ、素敵な王子様が居てもすぐお別れなんですね」

「まあ、そう言う事ですね」


 茶屋で買った焼きたての天狗焼を頬張る。

 もう、山も中腹くらいまで下りて来た。


「でも帰ってきて会う約束をしておけば良いわけですよね」

「どうでしょう?」

「それも出来ないんですか?」

「いえ、出来ると思います。

 でも……それで会えるかどうかわかりません」

「どうしてですか?」

「素敵な王子様は、違う世界の人かも知れないからです」


 アナスタシヤの父親役は、G Playの基となった実験は並行世界を覗き見る物だと言った。

 そして、先日会った直毘ナオビ二人。

 彼らこそが、その並行世界、ここでは無い世界の住人なのではないか。

 と、すると彼らと同じ術を持つ俺はなんなのだろうと言う疑問も湧くのだけれど。


「そんな事があるんですか?」

「わかりません。ただ、可能性としてはあり得ると思ってます」

「なるほどー」

「それとですね……えっと……桜河さんの前に王子様が現れるとか、ご勘弁願いたいです」

「え?」

「いや、何でもないです」


 何か、そうなったら俺、悪役になりそうじゃん?

 そんな奴に負ける気など毛頭無い訳で。

 で、火雨花落で華麗に斬り伏せる訳ですよ。

「フッ。他愛も無い」とか言いながら振り返ると何故か倒れた王子を抱き起す桜河さん。

 いやいやいや。ありえそうで怖い。


「……折角だから、乗りませんか?」


 高尾山の中腹と麓を繋ぐリフト。

 その駅の前でそう提案する。


「良いですね」


 真夏の日差しの向こう、多分八王子の景色を眺めながらの空中散歩。

 桜河さんと、狭いリフトに並んで座り。


「楽チン」

「ですね。でも、思ったより揺れますね」

「そうですか?」


 そう言いながら、体を揺らしリフトを揺らす桜河さん。


「いや、ちょ、危ないっす」

「はははっ。私、高いところ好きなんですよね。

 向こうの世界なら空を飛べるとか、ありませんか?」

「無いです。いや、まじで揺らさないで下さい」


 数メートル下に張られた落下防止ネット。

 その網目から更に下の地面が見える。

 リフトの手すりをしっかりと握りしめ、そう言えば観覧車の時もずっと外を見てたなと思い出す。

 俺はそんな桜河さんをずっと見ていた訳だけど。


 およそ五分強の空中散歩が終わり、麓の蕎麦屋で少し遅めの昼食。

 そして、『TAKAO 599 MUSEUM』と言う小さな博物館でムササビの剥製に見入る桜河さんの横顔に見入る。

 併設されたカフェでケーキセットを食べ、高尾を後にする。




「楽しかったですね」


 二人と同じ様に山から帰る人で目立つ帰りの電車。

 各駅停車でゆっくりと二人座って帰る。


「今度はムササビ見つけに行きましょう」

「良いですね」


 社交辞令かも知れないけれど、『今度』の予定を考えてくれる桜河さんが嬉しかった。

 だから、その言葉が出たんだと思う。


「明日、映画行きませんか?」

「良いですよ。

 何が見たいですか?」

「えっと……エヴァ、見ました?」

「まだです」

「じゃ、それを」

「はい。じゃ、また調布で良いですか?」

「良いです」


 そうやって、翌日の約束を取り付ける。

 結論から言うと、これが大失敗だった訳だが。

 映画館から出て、二人何と言っていいかわからないままスタバで首を捻る。

 なるほど、大里の忠告は聞くべきだった。


 その翌日。

 浴衣姿のアナスタシヤを伴いクラス数名と調布の花火大会へ。

 川を挟んだ向こうで桜河さんが友人達と同じ空を見上げているのかと思うと嬉しさ半分、寂しさ半分。


 こうして、短い夏は終わりを告げた。





二部二章 完


ついに動き出したヒロイン。

しかし、それも束の間。

何故ならば彼女は受験生。

仮初の青春物語は、再び混沌へと舞台を移す。


二部三章「間」五月再開予定




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サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
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