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亡者の群れの中で⑦

 イツキと二人、荒野の中心に浮かぶ球体を眺める。

 作戦会議はコーヒーを飲みながら既に済ませた。

 と言ってそんなに複雑な物では無い。


「じゃ、作戦は言った通りに」

「……うん」


 イツキの声に僅かに緊張が見える。


「大丈夫。

 外れても、俺が何とかするから」


 そう笑いかける。

 不安げに俺を見返したイツキの表情が、少し和らぐ。


 そのまま絡まる視線。

 イツキの潤んだ瞳。


 鼓動が早くなる。


 ……良いのかな? これ。

 良いよな?

 する流れだよな?


 僅かにイツキが顎を上げた。

 様に見えた。


 一歩、距離を詰める。



「ストップ!」


 言いながら、イツキが一歩下がる。


 ……ですよね。

 肩を掴もうと上げかけた手を止める。


「やっぱ、ダメ」


 はい。


「埃まみれで、化粧もしてない。

 うん。

 ……続きは……戻ってから……で」


 ですよね…………え!?


 何ですと!?


「それで……良い?」


 食い気味に頷く。


「……じゃ、約束」


 恥ずかしそうに言うイツキ。


 良し。

 そうと決まればさっさと帰ろう。


「やる気出た」


 さっさと帰ろう。


 深呼吸を一つ。

 逸る気持ちを落ち着ける。


「私はいつでも」


 弓を構えたイツキが言う。


「了解」


 後は俺の準備だけか。

 爪刀を鞘から抜く。

 そして、その刃に左手の人差し指を這わせる。

 チクリと痛みがあり、指先から血が流れ出る。


「我が身に封ず

 まじないしるしと成れ


 分かつ者

 断絶の境界

 三位さんみ現身うつしみはやがて微笑む

 我が血に依り憑け

 唱、拾参(じゅうさん) 現ノ呪(うつつのまじない) 水鏡(みずかがみ)


 左手に一つ、盾を宿す。

 そして、右手の人差し指にも同じ様に傷を。


 そして、イツキを見る。

 彼女が頷く。

 それに、頷きを返し、息を吐く。

 絶。

 戦いのみに精神を集中させる。


 視界の中にあるのは……五百メートル先の球体のみ。


「分かつ者

 断絶の境界

 三位さんみ現身うつしみはやがて微笑む」


 地を蹴り、球体の迎撃範囲内へ進入する。


 直ぐに、球体から光線が放たれる。

 紙一重。

 その光線を躱し、さらに前へ。


「唱、拾参(じゅうさん) 現ノ呪(うつつのまじない) 水鏡(みずかがみ)


 俺に向け放たれた光線を、俺の血を吸い取った赤い盾が受け、弾き、その軌跡をそらす。


 一。


「分かつ者」


 二。


「断絶の境界」


 三。


三位さんみ現身うつしみは」


 四。


「やがて微笑む」


 五。


「我が血に依り憑け」


 六。


「唱、拾参(じゅうさん) 現ノ呪(うつつのまじない) 水鏡(みずかがみ)


 俺と盾の間に、もう一つ、盾を重ねる。

 直後、一枚目の盾が光線に耐え切れず砕け散る。

 光線はそのまま俺へと向かい来るが、二枚目の盾がそれを遮る。


 七。


 イツキが、矢を放つ。


 八。


 放たれた矢は、真っ直ぐに球体へと向かう。


 九。


 狙いは、悪く無い。


 十。


 二枚目の盾の表面が融解しだした。


 十一。


 イツキが、二射目を弓にかける。


 十二。


 しかし、矢は狂い無く球体を貫く。


 そう思った直後、光線が止まる。

 矢が、球体をすり抜ける。


 球体は、自らを変形させ、ドーナツ型になり、イツキの攻撃から逃れた。

 矢は、ドーナツの穴を越え、そして消滅した。


 失敗した。


 イツキが再び弓を構える。


「逃げろ!」


 相手から二射目が放たれる、その前に。


 ドーナツが再び球体へと戻る。

 そして、発光。

 不味い。狙いはイツキだ。


「発っ!」


 すぐに、左手の盾をイツキの前へ。



 そして、俺は信じられない光景を目撃する。



 光線が射線を曲げ、血の盾を回り込む様な軌道を描く。

 まるで、生き物の様に。


「イツキ!」


 叫び声と、光線がイツキの身体を貫いたのは同時だった。


 全力で地を蹴り足を動かす。

 崩れ落ちかけたイツキを抱え上げ、領域の外へ。


「イツ……」


 彼女を下ろし、叫ぶ様な呼び掛けは途中で途切れる。


 さっきまで笑って居た目は、焦点を結ばず。

 胸にはぽっかりと、穴が開いていて。


 既に、事切れているのが明白だった。



 視界が滲む。


 怒り。

 悲しみ。

 悔しさ。


 そんな言葉では言い表せない様な感情が沸き起こる。


 カチリと、頭の中で音がした。





 死体から、力の残滓が流れ込んで来る。

 亡者よりかは強力で美味な力が。


 この脆弱な身体がせめて少しでもマシになる様にそれを使う。


『止めろ!』


 (つつみ) 拾弐(じゅうに) 水蓮(すいれん)

 (つつみ) 弐拾漆(にじゅうしち) 調息(といき)

 (つつみ) 伍拾弐(ごじゅうに) 撫霧羽(なんば)

 (つつみ) 伍拾漆(ごじゅうしち) 天駆(あまかける)

 (つつみ) 陸拾弐(ろくじゅうに) 水雲(みずぐも)

 (つつみ) 陸拾漆(ろくじゅうしち) 火辺知(かべはしり)

 (つつみ) 漆拾弐(しちじゅうに) 神匸(かみかくし)


『止めてくれ! それはイツキだ!』


 (つつみ) 漆拾漆(しちじゅうしち) 瞬息(しゅんそく)

 (つつみ) 捌拾弐(はちじゅうに) 千理鑑せんりがん

 (つつみ) 捌拾漆(はちじゅうしち) 察氣(さっき)

 (つつみ) 玖拾弐(きゅうじゅうに) 断獄(だんごく)

 (つつみ) 玖拾漆(きゅうじゅうしち) 流転(るてん)



 要らん物も有るがまあ良い。

 さて、最初の獲物はあの玉ころか。


 宙に浮く、玉ころ。


 撫霧羽(なんば)

 残像を残す程の高速な移動の技。

 そして、天駆(あまかける)

 空を蹴り、駆け上がる技。


 一々、こんな物に頼らねば成らない人間の肉体と言うのは何と脆弱だろうか。

 しかし、そんな脆弱な器に封じ込められて居たのもまた事実。


『返せ! 身体を! イツキを……』


 五月蝿い。

 お前など、膝を抱え泣いていれば良いのだ。

 何時ぞやの様にな。



 こちらに向け放たれた細い光を避け、あるいは、弾き飛ばし。

 玉ころへと歩み寄る。


 五月蝿く光を放つそれを掴み、握り潰す。

 なおも手の中からすり抜けようともがく、その水の化身を氣の力で包み込み、締め付け、そして、一気に消滅させ、吸収する。


 足らない。

 もうじき闇が訪れる。

 それまで、待つか。



 ◆


 黒い力。

 禍津日マガツヒの力が体に満ち、俺の意識はそれに飲まれようとしている。


 このまま……このまま全てを委ね、消えてしまおう。

 抗う力はもう残っていなそうだ。


 戻る理由も無い。


 二人で戻る約束。

 もうそれは叶わない。


 周囲はただただ暗く。

 感覚が少しずつ朧気になって行く。


 絶え間なく溢れ、押し寄せる力。

 凶神。

 そんな物を人の体に押し込めるなど、どだい無理な事だったのだ。


 翻弄されるままに、削られるままに、磨り減るままに。





 小さな音が……聞こえた。


 暗闇の中に、禍津日マガツヒの力の中に小さな光が見えた。


 柔らかな光が。


 それは……白い矢……。


 結界。


 イツキの力。


 最後まで俺なんかを守ろうとして居るのだろうか。


 手を伸ばす。


 全身を温かい光が包み込んだ。




 ◆




 目が覚めた。

 天井は明るくて、周りは非道い暴力の跡が残る廃墟。

 あちこちから、黒い煙が上がる様は、まさに戦場跡。


「痛てて……」


 禍津日マガツヒの奴、他人ひとの体で好き勝手に暴れやがって。

 ヘリをぶん殴って撃墜させるとか、人外も良いとこだ。


 そうやって思うがままに一晩中暴れまわり、再び禍津日マガツヒは封印された。

 イツキが残した力と、俺の意志で。



 帰ろう。


 廃墟の中、門へ向け歩き出す。


 途中、イツキの遺体を抱え上げ現実へ戻せないか石碑に触れさせてみたが、やはり駄目で神葬(かむはぶり)と言う術でせめて亡者に成らない様、その体を天へと返す。


 こうして、俺の冬休みは終わった。

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