真夏の日の出来事
「御楯くん……御楯くん!」
ドンドンと、背を強く叩かれ我に返る。
「自転車、自転車!」
自転車?
桜河さんから体を離し振り返る。
車道に放り出さた俺の自転車が通行車の行く手を塞ぐ。その運転手の怒りはけたたましいクラクションの音を通して俺にぶつけられる。
ヤベェ。
「すません」
走りながら頭を下げ、急いで自転車を退かす。
走り去る車。
それを見送り……そして、視線の先に佇む桜河さん。
……ヤベェ……。
…………俺、何してた……?
帰って来て、家の前に立っている桜河さんを見つけ……それで、思わず飛び出して…………抱きついた。
許されざる痴態。
どうしよう。
土下座?
その桜河さんが、少し笑いながら近寄ってくる。
「はい。どうぞ」
そう言って差し出されたのは、小さなハンドタオル。
「汗と涙でぐしゃぐしゃですよ」
「あ……ごめんなさい」
手で目端を拭う。
これ以上、迷惑は……。
「はい」
顔の前に差し出されるタオル。
「……すいません」
それを受け取り、そっと顔に当てる。
柔軟剤の良い香りがした。
「こんな所で会うなんて、奇遇ですね」
まるで何事も無かった様に桜河さんが言う。
「えっ……と、どうして?」
「散歩です」
「散歩?」
こんな所まで?
「冗談です。
大学の見学に行ってたんです。
そのついでに、最近連絡の取れない知り合いの様子を見に」
「へ、へー」
それは……俺……な訳はないか?
「その用も済んだので、帰ります」
そう言って、微笑む桜河さん。
「あ、送ります。駅まで」
「いや、大丈夫です。一人で帰れます。
それと、タオル」
俺が手にしたタオルを指差す桜河さん。
「あ、はい」
「ちゃんと、洗って、返してください」
「あ、はい。ごめんなさい」
「私が取りに来るでも良いですけど」
「いや、ちゃんと返しに行きます」
「じゃ、LINE下さい」
そう言い残し、笑顔で手を振りながら去って行く桜河さん。
残されたのは花柄のタオル一つ。
「ただいま」
「お、おう。おかえり」
玄関を開けると目の前に母親が立っていた。
「……ただいま」
「アンタ、宿題終わってるの?」
「ほぼほぼ」
「あ、そう」
なおも何かを言いたそうな母。
まあ、半月家を空けていた息子に対し小言の一つや二つ、三つや四つあるだろう。
それの餌食となる前に靴を脱ぎ、いそいそと自室へ。
「……ナーシャ心配してたから、一休みしたら顔出しな」
「ん。わかった」
そう返事を返し扉を閉める。
エアコンを入れ、椅子に腰を下ろし、机の上の充電ケーブルにスマホを差し込む。
完全放電された端末が再び起動するまでしばし。
壊れたのではないかと不安になる程の時間をおいて、端末は画面にロゴマークを映すのを見つめる。
預かったタオルを両手で握りながら。
起動と同時に飛び込んで来るLINEの未読。
真っ先に桜河さんを確認。
────────────────
イツキ>夏、満喫してきました!
イツキ>暑い中、汗だくでバーベキュー
イツキ>そしてプール
イツキ>写真は恥ずかしいので送れません
イツキ>行きたいところ、決まりました?
イツキ>あれ?
イツキ>お忙しいです?
────────────────
もう一週間以上も放置されていたメッセージ。
……何と返そう。
────────────────
御楯頼知>連絡してなくてすいません
イツキ>残念なお知らせです
────────────────
すぐさま返事が返って来た。
────────────────
御楯頼知>何でしょう?
イツキ>時期的に海水浴はもう無理です
イツキ>花火も友達と行く予定になってしまいました
イツキ>後は山しか残ってません
イツキ>行きませんか?
御楯頼知>はい
イツキ>一緒に
イツキ>ありがとうございます
御楯頼知>全然行きます
イツキ>でも、明日か明後日のどちらか
イツキ>なんですけど
御楯頼知>明日行けます
御楯頼知>明後日でも行きます
イツキ>じゃ明日で良いですか?
御楯頼知>はい
イツキ>ところで
イツキ>山って、どこですか?
────────────────
お、おう。
山……筑波山?
いや、違う。
都民が山と言ったら……。
────────────────
御楯頼知>高尾山ですか?
イツキ>そこからだとどうやって行くんですか?
御楯頼知>調布から京王線かな?
イツキ>へー
御楯頼知>桜河さんは?
イツキ>中央線で高尾ですけど
イツキ>バスで調布行っても良いですね
イツキ>そこで待ち合わせます?
御楯頼知>はい!
イツキ>何時にします?
御楯頼知>9時くらいでどうですか?
イツキ>では、それで
御楯頼知>タオル持っていきます
イツキ>乾かないんじゃないですか?
イツキ>明日じゃなくて良いですよ
イツキ>荷物になるし
イツキ>別の日で
御楯頼知>わかりました
イツキ>でも、絶対返してください
御楯頼知>わかりました
イツキ>あ
イツキ>明日で本当に大丈夫ですか?
御楯頼知>大丈夫です
イツキ>疲れてないですか?
御楯頼知>大丈夫です
イツキ>では楽しみにしてます
御楯頼知>はい!
────────────────
帰って来れて本当に良かった。
今日はさっさと寝よう。




