真夏の昼の出来事
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ここかぁ。
一、二、三、四……五。五階建てのマンション。
エントランスにある建物名も間違ってない。
それを見上げ……て、私はこれからどうしようと言うのだろう。
勢い勇んでここまで来たものの、御楯くんは不在らしいし、部屋番号もわからないし。
……帰ろう。
このままここに立っていたら不審者扱いで通報されてしまう。
スタバで冷たいフラペチーノでも飲んで帰ろう。
この辺にあるかしら。
無かったら、新宿まで戻ってデパ地下で何か甘い物を買おうかな。
ひとまずスマホでスタバを探し……駅前にあるのか。
行こう。
スマホを仕舞い、もう一度マンションを見上げて……やっぱり何もない事を確認する。
ガシャンと、小さな金属音。
私の帰るべき方向から聞こえた音。
顔を向け、踏み出しかけた足が止まる。
居た。
御楯くん。
向こうも私に気付き、と言うより私より先に気付きそれで自転車を倒したのかな?
えっと、どうしよう。
いざ、目の前に現れると途端に困ってしまう。
言おうとしていた言葉は全部吹き飛んでしまったし、そもそも私はここで何をしているのかな。
何て弁解しよう。
と、考える私の視線の先でまるでお化けでも見た様に目を見開き口を半開きにする御楯くん。
……失礼な。
私の前からお化けの様に消えようとしたのはそっちじゃないの?
それとも私の前から消える様なやましい事でもあるのかな?
……ありそう。
そして、あったとしても私は別にそれを咎める立場ではないのか。
……でも……そうだとしても、無事で良かった。
その事にホッとして、自然と頬が緩む。
彼が一歩、こちらへと踏み出…………ひっ!?
…………ええっ!?
抱きつかれた!!
両腕ごと!!
えっ!?
ちょっと!!
待って!?
待って待って!!
一瞬で拘束された私。
突然のそんな状況に硬直する私。
「……会いたかった」
パニックになりかけた私の肩の上で、彼が鼻をすすりながら呟く。
そのまま、私の肩に顔をうずめ泣きだしてしまった彼の背に、唯一自由になる左手の肘から先をまわし、ゆっくりと撫でる。
どうすれば良いのか、全然分からなかった。
けれど、まあ彼が落ち着くまではこうしていよう。
……暑いけど。
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響子ちゃん>大変
響子ちゃん>息子が
響子ちゃん>半月振りに帰って来た息子が家の前で女の子と抱き合ってる
響子ちゃん>帰って早々に檻の中かしら?
ナーシャ>見てしまったデスか
響子ちゃん>建物の前にずっと立ってる不審者がいるから見張ってたのよ
ナーシャ>ゴメンなサイ
ナーシャ>家、教えたのワタシデス
響子ちゃん>あれ、誰?
響子ちゃん>クラスメイト?
ナーシャ>違います
響子ちゃん>知り合い?
ナーシャ>なんか、ヨリチカを探してた人デス
響子ちゃん>工作員?
ナーシャ>では無いと思いマス
響子ちゃん>だよね
響子ちゃん>じゃ何者?
ナーシャ>恋人じゃないデスか?
響子ちゃん>は?
ナーシャ>恋人
響子ちゃん>え?
ナーシャ>恋人
響子ちゃん>まさか
ナーシャ>どこからどう見ても恋人デス
ナーシャ>でなきゃこんな暑い中、肌を寄せ合うとか
ナーシャ>死んでしまいマス
響子ちゃん>ナーシャは良いの?
ナーシャ>何がデス?
響子ちゃん>恋人よ?
ナーシャ>別に良いデス
ナーシャ>いや、良くはないデス
響子ちゃん>え
ナーシャ>ワタシの誘惑に乗らなかった男が
ナーシャ>別のオンナになびいてるのは
ナーシャ>ムカつくデス
響子ちゃん>やっぱり誘惑したのか
響子ちゃん>どうせ監視込みだろ?
ナーシャ>そう言う訳じゃナイデスヨ?
響子ちゃん>監視対象に取り入るのは肉体関係を持つのが一番手っ取り早いからな
ナーシャ>違いますヨ
響子ちゃん>まあそう言う事にしておこう
響子ちゃん>いつまで抱き合ってるのかしら
ナーシャ>暑くないんデスかね
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