表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
245/308

降り注ぐ蝉の声④

 最早蝉すら湧かなくなって静寂しかない洞窟の中。

 ベルゼブブと共に門が消えた。

 それは帰る手段を失うと言う事。

 その状況をすんなりと受け入れる事など到底出来なかった。


 今まで門が二つあった事など無かった。

 それでも洞窟の中、端から端まで隈なく探す。

 見つけられたものは、絶望。


 術を使い、当ても無くあちこちに穴を開ける。

 掘り出したそれは、失望。


 そんな事をしても何にもならないとわかっていながらも、喚き散らし、怒鳴り声を上げる。

 だけれど何も起きなかった。


 持っていた食料も尽きて久しい。

 最早時間の感覚など無い。

 それでもまだ、体は動く。

 そして、帰りたいとそう思う。


 何か手段は無いか。

 何度も考えた。

 何度も何度も。

 そして、その度に独力で切り開く術はないと言う結論に行き着くのだ。

 瞬間移動の禁呪、飛渡足。

 それが使えたならば、あるいは世界を越え戻る事が出来るかもしれない。

 だけれど、その移動先が無いのだ。

 行ける先、それは視界の範囲、もしくは御識札がある所。つまり自身が認識出来る所。

 御識札を認識するには、事前に一度それを確認する必要がある。今まで御識札を作った事などない。

 だから、当然飛ぶ先なんてない。

 それに仮にあったとしても、禁呪を使う為には代償が必要。

 それは、桜河さんへの想い。

 それを断ち切るなど到底受け入れられない。








 洞窟の壁にもたれかかる。

 全身を包む疲労感と空腹感。

 立ち上がる気力は、最早無い。

 立ち上がった所で、出来る事など何一つ無いのだから。

 静かに襲い来る睡魔。

 このままここで寝て、敵に襲われたら二度と目覚めないかもしれない。

 ただ、起きていたとて状況が好転する訳ではない……。



 ◇


 畳の上に正座し、凛と背筋を伸ばす若い女性。

 それとは対照的に俯き加減で猫背の子供が二人。


「背中を伸ばして、私を見なさい」


 穏やかな口調で、しかしはっきりと女性が命ずる。

 おずおずと顔を上げる女の子。

 それは幼い妹、風果。

 ならばその横で相変わらず顔を伏せている男の子は俺か。

 では、その向かいで口を真一文字に結び、だけれど、どこかしら安らぎを覚える様な表情の女性は……師匠だ。

 御槌四葉。

 俺達兄妹の監視役であり、直毘ナオビとしての全てを教えてくれた人。

 何より、俺達兄妹に対し人として接してくれた人。


 ああ、これは夢だ。

 懐かしい、夢。

 このまま目覚めなければ、あの家での厳しくとも、穏やかだった時間に行き着く……。


「頼知、顔を上げて。

 私と目線を合わせて」


 再び言われ、渋々と顔を上げる男の子。

 そして、彼女は二人の前へ小さな木片を置く。


「これは御識札と言う物」


 小さな木片。

 そこには天につりばし、御槌を示す一文字と四を示す穴位置。


直毘ナオビ、その仲間に自分の、或いは敵の位置を知らせる物だ」


 ゆっくりと言って、そこで一拍置く。

 そして、子供に言い聞かせる様にゆっくりと続ける。

 

「修練を積めばいずれはこれの位置がわかるようになる」


 風果だけ、小さく頷く。


「だが、位置がわかるのは見た事のある御識札だけ。

 電話番号の様な物。

 知らなければ、掛ける事が出来ない」


 そう言われ、だが子供二人はピンと来て居ない。

 電話など使った事がなかった。

 二人はそれ程までに幼かった。

 そんな二人の前に、師匠は別の木片を一つずつ置く。

 縦に赤い波線が一本掘られた物。


「だけれど、これは違う。

 直毘ナオビの全員が知っている印。

 仲間がかならず助けに来る。そう言う印だ」


 二人は畳の上に置かれた札をじっと見つめる。


「だから、この札は肌身離さずに持っていなさい。

 使い方はこれから教える。

 二人がこれを使う時、必ず誰かが助けに行く。

 いや、私が行く。

 だから、絶対に無くしては駄目だよ」


 ああ、そうだ。

 これは俺達の家に最初に師匠が来た日の事だ。


 親に捨てられ、一族の腫れ物として扱われた二人に取って、味方がいると言う事ははじめての事。

 その証である御識札。


 六年近く肌身離さずに持っていたそれは、師匠が結婚した後に二人同時に火にくべ燃やしたのだ。

 一族から離れた師匠との決別として。


 風果が、畳の上の御識札を取り上げ手の中でマジマジと観察する。

 そして、微かに笑みを浮かべた。


 ◆



 御識札……苦境の印。

 狐白雪で木片に波印を彫り、そこに自分の血を塗り込む。

 助けなんて来る当ては無い。

 そもそも直毘ナオビは、俺の設定の中だけの存在。

 だから、こんな物を作った所で……。


 それでも、縋りたかった。

 必ず助けに来ると言う師匠の言葉に。


「石連なる先

 戻ること無い道の半ば

 孤独を残すしるべと成る

 唱、伍拾捌(ごじゅうはち) 現ノ呪(うつつのまじない) 枝折(しおり)


 祈る様に握りしめた木片。

 それに刻まれた印が微かに朱く光る。


 およそ、五秒程。

 光が消えた木片を握り、目を閉じる。


 暗闇の中を狼煙の様に立ち上る赤い光。

 自分のすぐそばにそれを感じ取る。


 目を開け、それを地面に置き少し離れ壁に寄りかかり腰を下ろす。

 いや、倒れ込んだ。

 じっと、その木片を見つめる。



 眠り、また同じ景色の中で目覚めた事に絶望する。


 所詮、直毘ナオビなんて設定の中だけの物。

 それに縋った所で救いなんてある訳はない。

 絶望の中、目を閉じ再び眠りに落ちる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on 新作もよろしくお願いします。
サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
https://ncode.syosetu.com/n3012fy/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ