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降り注ぐ蝉の声③

 一体斬る。

 その間に地から三体這い出て来る。

 斬れども斬れども減らない敵。

 十メートル進むのに一時間近くかかる。


 何度も結界の中で休憩しながら未だ見えぬ門を目指し、一体何日経っただろうか。


 幾度と無く切り刻まれた体。

 肉体は術で治せたが、身につけた鎧も服も無く。

 上半身裸でひたすら刀を振るう。

 豹柄の外套はあるがそれを羽織っても直ぐにボロボロになるだろうし、なにより暑い。


 冷たい水が飲みたい。

 結界の中でクソ不味い干し肉を齧りながら帰ったら何をするか。そればかりを考える。


「そう。帰るんだ」


 ずっと休んでいる訳には行かない。

 このままでは眠ってしまいそうだ。

 寝たら、結界が消滅する。

 気力を振り絞り立ち上がる。


 そして、結界の向こうに見慣れぬ敵がいるのを俺は見た。


 暗い洞窟の中、俺が切り殺した蝉人間の死骸。

 その上を蠢く子供ほどの大きさの黒い塊。

 その向こう。

 足の踏み場も無い程に、転がっていた蝉の死骸が跡形もなく消えていた。


 何故だ?

 この世界、倒した敵はいずれ溶ける様に消滅する。だが、それには時間がかかる。

 自然に消えたのでは無い。

 ならば何者かが消した?

 蠢く黒い影を観察する。


 全身に赤い模様を持つ黒い芋虫。

 目を凝らす。


 ……赤い模様では無い。

 口……だ。

 体に張り付く無数の口。

 それが、蝉の死骸を喰っている。

 いや、死骸だけでない。

 その黒い芋虫へ襲いかかる蝉人間。

 鉤爪を突き立て、皮を切り裂いたそこが新たな口となり相手へ喰らいつく。

 そして、そのまま飲み込まれていくのだ。生きたまま体内へと。


 結界の外で繰り広げられる異様な光景。

 弱肉強食と言うには少し背筋が涼しくなるような悍ましさを感じる。


「我が身に封ず

 まじないしるしと成れ

 唱、() 鎮ノ祓(しずめのはらい) 後呪印(ごじゅいん)


 零れ落ちる記憶の残滓

 遠路の先の写し身

 爪を赤く染めよ

 唱、(いち) 壊ノ祓(かいのはらい) 鳳仙華(ほうせんか)


 指に爆破の術を込め、そいつへ向ける。


「解、発」


 結界を解くと同時に術を放つ。

 直後、押し寄せる轟音。そして、それ以上に異様な気配、瘴気。

 だが、放たれた術は黒い芋虫の表皮近くで弾け爆破の炎を……爆破の炎を上げる前に、芋虫の体に開いた大口がそれを飲み込み、芋虫の体が一瞬小さく膨張する。


 術を食われた。

 その行為に内心焦りを覚えつつ、狐白雪を抜き地を蹴る。

 ……待て。

 一歩、二歩と踏み出し足を止める。

 さっき、目の前で蝉の鉤爪が餌食になった。

 刀は食われる。

 ならば術か。


 逡巡する俺の前に突如浮かぶ小さな赤い光球。

 それは、何度も見た物。

 俺が呼び出した術、鳳仙華(ほうせんか)のそれ。

 不味い。

 咄嗟に左手で顔を庇いながら後ろに飛んだ。

 開かれた爆破の花。その衝撃が後ろに飛ぶ俺を後押しする。


 受け身すらままならず地に転がった俺に群がる蝉人間。


 亟禱きとう 千殺月(ちさつき)


 手から現れた刃が迫る鉤爪を切り落とし、その先の本体を貫く。


 祓濤(ばっとう) 火雨花落(ひさめはなおとし)


 刃に力を流す。

 冷気と共に発生する霧。

 それを目眩しにして体勢を立て直す。


 爆破を浴びた体、特に左手が酷く痛んだがそれを気にしている余裕は無い。

 霧の中を蠢く蝉人間を、気配を頼りに斬り倒し爆破の弾みで落とした狐白雪を拾い上げる。

 蝉を斬る度に流れ込むマナと変若水とが徐々に体を癒して行く。


 そうやって、取り囲まれた蝉人間の群れから脱した俺が目にした物は茶色い岩だった。

 喰われた蝉の残骸の中に鎮座する茶色い岩。

 違う。

 蛹だ。

 そこまで考えが至った直後、その頂点から割れる様に裂け中から白い物体が姿を現わす。

 赤い目をした少女。

 それがゆっくりと蛹の中から体を引き抜き、その背の羽を広げる。

 羽化。

 それが元々持っていた能力なのか、それとも、喰らい得た物かのか。


 少女が俺を見て、ニヤリと笑う。

 そして、顔を突き出す様に前かがみになりながら大口を開ける。


 亟禱きとう 水鏡


 俺を守る様に現れる青い盾。

 直後、絶叫が衝撃となり襲い来る。

 一瞬それに抗った紺抂亀こんごうせきは、しかし、耐えきれずに粉々に割れ消えて行く。

 再度吹き飛ばされる俺の体。

 その後に、静寂。

 絶叫は、蝉という蝉全てをその命ごと吹き飛ばし走り抜けた。


「キャハハハハハハハ」


 代わりに木霊する無邪気な笑い声。

 真っ赤な口内、舌の上にあったのは……七芒星の刻印。


 喰らい飲み込んだ物を血肉に変える。

 【暴食】ベルゼブブ


 轟く笑い声と禍々しい瘴気の中、その正体に確信を持ち戦慄する。


 あらゆる物を喰らう。術すらも。


 ……勝てない。

 即座にそう判断し身を起こす。

 そして、今しがたベルゼブブが綺麗に掃除してくれた洞窟を一目散に走る。

 転がる蝉の死骸を踏み付けながら。


 笑い声が途切れ、振り返った先でベルゼブブは蝉の死骸を持ち上げ食事を再開していた。


 気配を殺しながら、俺はひたすらに逃げた。


 ――御天の本質は守る事。

 ――それが出来るなら、負けても良い。

 ――まあ、大抵の場合そうはならないから勝つしかないのだけど。


 今、この場に守る物はない。

 唯一、自身の命だけ。

 だから、逃げても良い。

 奴より早く、門へ。

 それで俺の勝ちだ。


 ◆


 背後から迫る笑い声。

 狭い洞窟内に木霊するそれは確実に大きくなっている。

 蝉を喰うのに飽きた、か。


 だが、それより先に門へたどり着く。

 俺の視界の中、洞窟の先に小さく見える門。

 そこまで後少し。


 突如、視界が開けた。

 そして、有るはずの地面を足が捉えず。


「……!」


 一気に落下し、斜面を転がり落ちていた。

 斜面の下で埋め尽くす蝉の死骸に受け止められる。

 見上げると、洞窟の出口から先が抉れる様にすり鉢状の空間になっており、それに気付かぬまま飛び出してしまった様だ。

 そして、すり鉢の底から細く伸びる針の様な山。

 その先に鎮座する門。


 ここからだと高さ二十メートル程か。


「紡がれ途切れる事のない糸の先

 常に移ろいゆく色の名

 雪に溢れた墨の如く

 騒音と騒音が重なる静寂

 唱、陸拾肆(ろくじゅうし) 鎮ノ祓(しずめのはらい) 絶界(ぜっかい)


 その細い山によじ登り辿り着く前に、斜面の穴、俺が走ってきた洞窟。そこから飛び出してくるベルゼブブ。


 結界の中で気配を殺し、相手が消えるのを待つ。

 だが、戦いになったとしたら……どう戦うべきか。

 術は控えた方が良い。

 ならば、刀か。

 だが、それを喰い取られでもしたら……そうなったらもう勝ち目はない。

 やはり、術か。

 奴か喰い切れぬ程の強大な術……。


 結界の中で考える俺の上を旋回しながら飛ぶベルゼブブ。

 それは、やがて門の側へ着地する。


 何を思ったか、自分の身長より高い門へ手を回ししがみつくベルゼブブ。

 その背の羽根を畳む。


 何だ?

 蝉の真似か?

 休憩?

 いや、蝉が木にしがみつくのは食事の為か。

 何にせよ、さっさとどっかに行って…………食事!? まさか!?


「解」


 結界を解くと同時に地を蹴り、そして宙を蹴る。

 空を駆け、一気にベルゼブブの頭上へ。

 大口を開け、石碑を齧り取る少女。


「止めろ!」


 反転し、腰から抜いた狐白雪を手に上から襲いかかる。

 刃が届く寸前、羽根を広げ石碑から離れ空へと逃げるベルゼブブ。

 見上げたその姿。

 胸から下腹部にかけて縦に大きな口が一つ。

 両腕と両足に無数の口。

 俺を見下ろし、顔にある口がニヤリと歪む。


「極冠に吹く死の風

 灼熱に踊る雪

 全てはその悔恨の為

 唱、伍拾参(ごじゅうさん) 現ノ呪(うつつのまじない) 千殺月(ちさつき)


 右手に現れる刀。

 それに力を込めながら再度、ベルゼブブへと迫る。

 向かう先、ベルゼブブの全身が淡く青い光を放つ。

 そして、千殺月の刃は空を切った。


 ……消えた。


 気配を探るが一切感じ取る事が出来ず。


 振り返る。

 そこには齧り取られ三分の一程になった門の残骸。

 側へ降り立ち、恐る恐る手を伸ばす。

 ひんやりとした感触。

 じっとりと濡れた岩肌。

 …………何も起きず。


「嘘だろ!?」


 歯型が残る石碑。

 それに何度も触れ、絶叫する。


「おい! 帰せよ!

 ふざけんな! ざけんなぁ!!」

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サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
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