降り注ぐ蝉の声②
二本足で地に立つ蝉人間。
その表皮は固く、四本ある腕の先には鋭利な鉤爪がついている。
地から這い出て来て、羽化をするとその背に羽根が現れ空を飛ぶ。
単体ではそこまでの脅威では無いが何せ数が多い。
切ったそばから這い出てくる。
お陰で息をつく暇も無い。
だけれど、一晩中空腹と睡魔を抱え当てもなく彷徨い続けたKBCに比べれば。
どれだけ敵が居ようが、倒し前に進めばいずれ帰れる。
桜河さんの待つ現実へ。
決めた。
映画にしよう。それか海。
ともかく、蝉の声のしない所が良い。
だが、それは帰ってから決めれば良い。
逸るな。
対処を間違えればたちまち群れに取り付かれる。
一体切り落とし、返す刀でもう一体。
二歩進み、背後から迫る敵に対処するために反転して一歩下がる。
そんな繰り返し。
術を挟む余裕はまだない。
◆
亟禱 卑弥垂
鉤爪に裂かれ激痛の走った背を直ぐに癒す。
鳴り止まぬ騒音に頭痛がして、気を削がれる。
そんな時には決まって攻撃を喰らう。
その間隔が、だんだんと短くなって来た。
……このままでは、保たないか?
体感で十二時間は経っている様に思う。
敵を斬り付けている以上、倒れる事はない。
だが、それは平時での事。
こんな爆音の中で、尚且つ本当に休みなく動き続けた事など無いのだから。
少し、無茶をしよう。
「祓濤 火雨花落」
手にした刀。
その力を解放し、自らと一体と化す。
白熱に燃え上がる刃が、斬る物全てを凍らせる。
刀を振るう度に斬撃が荒れ狂い、敵をまとめて薙ぎ払う。
二度、三度。
斬る度、振るう度に次なる獲物を求める刃。
それに身を委ね、斬るだけの獣と化す。
「その死を知らぬ幼子
舞い飛び散らせ
落ちる涙は甘い白雪
我が水戸神と共に
唱、拾壱 壊ノ祓 浮き蛍・滄」
一気に数が減り、蝉の声が小さくなった束の間。
飛び回る青い光の帯が広がり、周囲全てで小さな爆破の花を咲かせる。
「紡がれ途切れる事のない糸の先
常に移ろいゆく色の名
雪に溢れた墨の如く
騒音と騒音が重なる静寂
唱、陸拾肆 鎮ノ祓 絶界」
そして、敵の侵入を拒絶する結界を。
半径一メートル程の小さな空間。
薄っすらとベールの様な物で囲まれたその空間は、内と外、その一切を遮断する。
雷鳴の様だった蝉の鳴き声も。
「……ふう」
短く息を吐き、糸が切れた人形の様に座り込む。
再び身に戻る火雨花落と紺抂亀。
何時間動いていた?
丸一日までは行って無いだろうが。
もう桜河さんのバーベキューは終わっただろうか。
帰りたい。
その気持ちを堪え、目を閉じる。
終わりの見えない蝉人間との戦い。
休息しつつ、戦いの術を整えなければならない。
瞑想し、内なる世界へ。
まず、優先すべきは身の安全。
その為に一つ、扉を開ける。
「欠けては、再び満ちる
滴る一雫
その受け皿となり
唱、参拾伍 命ノ祝 変若水」
傷付いた体をすぐさま治す術。
これで多少は攻撃を受けても大丈夫。
即死や、欠損を治すのは無理だから過信は禁物だが。
「我が身に封ず
呪よ印と成れ
唱、玖 鎮ノ祓 後呪印
伸びよ。満ちよ
それは森の王の寵愛の如く
穴を穿ち、餌と成せ
唱、弐拾壱 壊ノ祓 骨千本槍」
左手に術を込め、狐白雪を地に突き立てる。
「極冠に吹く死の風
灼熱に踊る雪
全てはその悔恨の為
唱、伍拾参 現ノ呪 千殺月」
深呼吸を一つ。
良し。行くか。
「解」
結界術を解くと同時に襲い来る轟音。
次いで迫る敵の中で地に手をつける。
「発」
地から迫り上がる白い槍が周囲の蝉人間をまとめて串刺しに。
祓濤 火雨花落
足を止めた敵をその槍ごと切り捨てて行く。




