それぞれの思惑
一つ矛先を見つけると世間が飽きるまではその手を緩めない。
それがこの国のマスコミ。まあ、他の国がどうなのかは知らないが。
海老名で発覚した事件。
その続報の傍で、日本各地に点在するG Play攻略セミナーで同じ様な手口の被害が数件報告され、更にはそのG Play運営を委託された業者側にも共犯者の存在した事が明らかになり、G Playに対する世論は批判一色となる。
そんな中、動画配信者の事故死と言う事件が起こる。
売れないYouTuber。
3桁に届きそうな配信動画全ての視聴数を合わせても3桁前半。そんな男が逆張りを狙ってか、『話題のG Playを堪能してみる』などと言うライブ動画を配信した。
G Playの個室に入り、そして、人が消える。
転移の瞬間を捉えた映像。
消え際に男はカメラへ向かい変顔で敬礼した。
こう言った映像は、俺が知らないだけで過去に何本も公開されていたらしい。
それを公開するやいなやネット上から削除され、G社から威力業務妨害罪によるとんでもない額の慰謝料の請求が来るらしい。
いや、それ以前にそう言った行為を行った場合、G Playの出口で呼び止められ、別室へ連行。
そこで、とんでもない慰謝料をちらつかされながら動画類の削除を要請されるらしい。
どれも、都市伝説の様な話なのだが多数の利用者がいる中で、確かに個室の中を映した映像、画像が一切ない事はその都市伝説の裏付けの様に思えた。
さて、そんな状況で突然現れた件の配信動画。
それは、男が消え、無人の室内を映すだけの映像が八時間ほど続く。
時おり周囲から聞き取れない程度の声を拾うが、変化と言えばその程度。
そして、再び男が画面に現れる。
その様子は転移前とは豹変していた。
憔悴した顔、虚ろな目、自身でカメラを置いた事さえ忘れたのだろう。小声で何かを口にする。それは、動画を解析した有志によれば「ヤバい。無理だ。鮫島」と繰り返し言っていたのだと言う。
それから男は絶叫を上げ、部屋から飛び出して行った。再び無人の室内を映し続けるカメラ。
G Playの店員らしき男が部屋へと入り、カメラに手を伸ばした所で配信は終了した。
結果、それがその男にとって最高の視聴数を獲得する。
その持ち主は、部屋から外へと飛び出し、夜の国道で迫るトラックに跳ねられたらしい。
どこから流出したのか、付近の監視カメラから撮られた映像が同時刻に起きた事故の様子を捉えていた。
事故、或いは自殺。
彼は一体向こうで何を見たのか。
この映像の真偽は。
憶測が憶測を呼ぶが、全てが真実ならばそれを知る者はいない。G Playが主張する様にフェイク映像だとしても、それを信ずるに足る根拠は今のところ示されていない。
と言う様な状況でG Playに行く事すらままならぬままに、七月も半ばを過ぎ夏休みへ突入。
大里他数名とアナスタシヤを連れて行く口実として、プールに誘われKBCのお陰で引き締まった肉体を披露し村上に意外な目で見られたり、八月の初旬に行われたインターハイでの桜河さんの勇姿を画面越しに見守ったり。
そんな風に夏を謳歌している時だ。
真壁から連絡があったのは。
◆
「焼けてますね」
「ええ、まあ」
「青春を謳歌する学生、実に羨ましい」
シキシマシステムサービスの会議室で和やかな顔を浮かべる真壁。
「それで、話と言うのは?」
出されたお茶に口をつけながら問う。
「まあ、これを」
そう言って差し出された紙の束。
――未知世界渡航に関する特別措置法の一部を改正する法律案
表紙にそう書かれていた。
「これ、俺が見て良い物ですか?」
「既にあちこちに出回っている内容ですから。
まあ、見たところで友達と話題にする内容でもないでしょう?」
でも、見せる訳だ。
「監督省庁も決まり、免許制も覆せない流れです」
そう言いながら付箋の貼られた所を開いて見せる真壁。
そこには以下の様に書かれていた。
――(免許)
――第二十一条 未知世界へ渡航しようとする者は、未知世界活動免許(以下「渡航免許」という。)を受けなければならない。
――2 活動免許は、国土交通大臣が行う未知世界渡航国家試験(以下「渡航試験」という。)に合格し、かつ、その資格に応じ未知世界で活動を行うに当たり必要な事項に関する知識及び能力を習得させるための講習(以下「渡航免許講習」という。)を第十一条の規定により国土交通大臣の登録を受けたもの(以下「登録渡航免許講習」という。)の課程を修了した者について行う。
――3 渡航免許の申請は、申請者が渡航試験に合格した日から九十日以内にこれをしなければならない。
――(免許の欠格事由)
――第二十二条 次の各号のいずれかに該当する者に対しては、未知世界活動免許を与えない。
―― 一 十八歳に満たない者
―― 二 第二十三条第一項による免許の拒否をされた者
―― 三 第二十五条第一項による免許の取消しをされた者
――(免許の拒否等)
――第二十三条 前条第二項の未知世界渡航国家試験に合格した者に対し、免許を与えなければならない。ただし、次の各号のいずれかに該当する者については、政令で定める基準に従い、免許を与えず、又は六月を超えない範囲内において免許を保留することができる
―― 一 次に掲げる病気にかかつている者
―― イ 幻覚の症状を伴う精神病であつて政令で定めるもの
―― ロ 発作により意識障害又は運動障害をもたらす病気であつて政令で定めるもの
―― ハ イ又はロに掲げるもののほか、未知世界での安全な活動に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるもの
―― 二 アルコール、麻薬、大麻、あへん又は覚醒剤の中毒者
―― 三 罰金以上の刑に処せられた者
――2 前項本文の規定にかかわらず、次の各号のいずれかに該当する者については、政令で定める基準に従い、免許を与えないことができる。
―― 一 未知世界渡航に関し犯罪又は不正の行為があった者
―― 二 未知世界渡航に関し事業者より不適格と判断された者
……ゆっくりと、二度読み返す。
要約するとG Playには免許が必要で、その免許は18歳にならないと取得出来ない。
つまり、俺には免許を取得する資格が無い。
「俺は、向こうへ行けなくなるんですか?」
「ええ、法案が可決されれば」
それは、何時?
尋ねる前に真壁は続ける。
「秋の臨時国会で可決され、年内には公布、施行。
免許を持った人物が現れるのは早くても年が明けてからでしょう」
つまり、俺が自由に向こうへ行けるのは今年一杯な訳だ。
「まあ、可決されれば、ですが」
そう言った真壁は言葉と裏腹に微かな笑みを浮かべている。
「されるんでしょう?」
少なくとも、世論はそれを後押しするだろう。
このところ騒ぎは収まりつつあるが、攻略セミナーの事件は記憶に新しい。
だからこそこのタイミングで規制を掛けたいのだろう。彼らは。
「ええ。
そうなると、困りますか?」
「アナスタシヤは、どうなります?」
「残り百三十五万でしたか。
来年になれば免許が必要となりますね。
まあ、それに受かるかは分かりませんけれど」
もし、このまま終わらせずに逃げたらどうなるのだろう。
「そうそう、彼女に対するビザはもう切れたんでしたっけ。
もし、見つかったら強制送還でしょうか」
「な!?」
「御楯くん。
私はあんな小娘どうなろうが興味は無いんですよ。
これは、良い働きをしてくれた君へのせめてもの温情です。
せいぜい頑張ってレポートを上げてください。
免許取得試験の参考にさせてもらいますから」
なるほど。
人が嫌がる事を進んでやる。
「まあ、終わらせますよ。
終わらせて見せます」
「期待してます」
薄ら笑いを浮かべる真壁を睨みながら断言する。
レポート一枚五万。
その全額をアナスタシヤと言う負債へ回せば残りたったの二十七回。
幸い今は夏休み。まだ時間に余裕はある。
その後も可能な限り利用させてもらおう。
時給の良いバイトとして。




