亡者の群れの中で⑥
焚き火を見つめる二人。
やっべー。
何だかよくわかんないけど、やっべー。
頭の中をそれがぐるぐるぐるぐると駆け巡る。
冷静に考えると、だ。
女性と、二人きりなわけで。
ユキの件は記憶に新しいし、出会ってすぐにやんわりと拒絶されたので考えないようにしていたのだけれど。
二人きりなんだよ。
それも、なんか、ちょっと良い感じで。
吊り橋効果かなんか知らないけれど。
どうすりゃ良いんだ?
何か話したほうが良いんだろうけど……。
そうか。
術!
心錬の一つ。
『鼓ノ禊 肆拾漆 転』
転ずる先を予見し先手を打つ術。
焚き火を見つめながら、その扉を開ける。
今の状況、そして、その先を思い浮かべる。
………………駄目だ!
良からぬ妄想しか出て来ない!
そんな一人相撲をしているうちに、いつの間にか周囲は暗く。
濃密になる亡者の気配。
空から響き渡るカラスの鳴き声。
……その奥に……聞きなれぬ音。
しかし、聞いたことのあるその音に背筋が寒くなるのを感じる。
咄嗟に音のする方角、空を見上げる。
「ヘリ……」
「……反則……じゃ無い?」
「空は……任せて良いんだっけ?」
「限度が有るわよ……」
まさか、近代兵器が登場とは……。
けたたましいローター音を聞きながら、対処法を考える。
ひとまずこの場は離れた方がいい。
イツキの手を掴み駆け出す。
◆
ヘリを観察して、どうやら熱感知は行って無いらしい事を突き止める。
なので、建物の中へ避難して……もちろんその中にも亡者は居るのだけれど、それをかいくぐり、そしてビルの屋上からイツキが矢でヘリを射抜く。
それが、フラフラとこちらに向かい墜落してくるのをビルの屋上から飛び降りて避け、爆発を背後に二人着地した辺りがその夜のクライマックスだったと思う。
何はともあれ、逃げ隠れながら隙を見て亡者とヘリを退け、やがて……長い夜が明ける。
◆
ビルの屋上で、二人座り込む。
何とか危機は脱した。
流石にイツキの顔に疲労の色が見える。
多分、俺も。
「門へ行くのは午後からにしよう。
それまで……休む」
隣に腰を下ろしたイツキが無言で頷く。
本当はもっと休み調子を整えたいのが本音だが、イツキのタイムリミットがある。
命と現実の仕事を天秤にかけて、命を捨てるなんてありえない。
普通ならばそう思うかもしれない。
しかし、俺も帰りたいのだ。
現実の世界に何か楽しい事が有る訳でも、ましてや待ち人がいる訳でも無い。
だが、帰る事を諦めてしまうと途端に全てが変わってしまう、そんな気がするのだ。
多分、トオルの言って居た『常識の内』。
そこから、外れて行くのだろう。
それが……少し怖い。
だから、こんな状況でも仕事があるから帰らねば成らないと言うイツキの言葉は理解出来るし、その通りにして上げたいとそう思う。
それに、明日の朝は迎えられない。
そう言う確信がある。
日に日に強くなって行く夜の敵。
ヘリの次は何だ?
戦車か?
それとも航空機か?
人型兵器なんて可能性もありそうだ。
いずれにしろ、今日の昼に決着をつけ帰るべきだ。
俺の盾が光線を防ぎ、イツキの矢が的を射る。
たった……それだけのこと。
大丈夫。
やれる。
俺の肩に頭をもたれかけ、静かに寝息を立てるイツキを見ながら…………え?
寝てる?
この状況で?
しかも、俺にもたれかかって?
え。
ちょ。
すげぇ、密着してるんだけど。
何これ。
どうすれば良いの?
え。
え。
取り敢えず、肩に全神経を傾けよう。
……。
……。
「ヤベェ!」
叫びながら飛び起きる。
いつの間にか……眠ってしまって居た。
「どうしたの?」
すぐ背後からイツキの声。
あろう事か、足を投げ出し横になって寝て居たみたいだ……。
あれ?
体を起こした俺の後ろにイツキが居るという事は……俺、どうやって寝てたんだ?
まさか……。
……そのまま、ゆっくりと姿勢を戻し横になる。
頭の下に……イツキの足。
そうか。
これが……膝枕。
都市伝説だと思ってた。
「……寝てた?」
「寝てたね」
真上に、イツキの顔がある。
何だ。
これ。
まだ夢か?
「夢?」
「夢の方が良い?」
「夢なら醒めないで欲しい」
彼女が優しく笑う。
「残念ながら夢ではありません。
コーヒー、飲む?」
「飲む」
どれくらい寝て居たのだろう。
体が軽い。
それ以上に、心が! 軽い!
「じゃ行こっか。
水を汲んで、お湯を沸かして、それから、帰ろう」
「うん」
先に立ち上がったイツキが差し出した手を握り返す。
帰りたくなくなって来たなぁ……。