潜入捜査⑤
「ここね」
「マジか」
海老名の攻略案内所。古びれたアパート
今までで一番胡散臭い。
「あ、攻略の人?」
タイミング良く中の部屋から出てきた男が親しげに話しかけてくる。
「そー。ここ?」
それにフランクに対応するアリス。
「そー。ここ」
頭にタオルを巻いている。
「二人か。
ここ、個別指導だから、お兄さんこの101、お姉さんは横の103に入って」
「ウェーイ」
「はい」
個別指導……ねえ。
警戒する素振りすら見せずアリスは中へと入っていく。
俺も指定された101へ。
中に家具は無くて畳の上にテーブルと座布団。
「これ、読んで」
さっきの男が、向かいに腰を下ろし紙の束を渡す。
向こうで注意点の様な物が印刷されていた。
と言っても、大した内容では無い。
どんな所へ行くかわからない、とか、怪我をすると危険だ、とか。
それを読む俺の向かいで男が煙草に火をつける。
「向こうにさ、仲間が待機してっから。
具体的にはそいつが色々教えてくれる」
「でも、行き先は指定出来ないんじゃ無いですか?」
「俺らさ、ランクSのグループな訳。
そうすっと、G Play側からも色々と協力要請とかある訳。
普通の人は知らない事とかもある訳よ」
「なるほど」
最初の所と同じパターンか。
「読み終わったら行ってこい。
仲間によろしくな」
「はあ」
スマホを弄りながらそう言われ、追い出される。
適当すぎんだろ。
そう思ったが、自分の懐が痛む訳でなし。
アリスを待たず、一人近くのG Playへ。
たまには、先に帰って待っていてみたい。
◆
転移と同時に周囲を確認。室内……館……だな。
大きなホール。
正面に大きな階段があり上階への道、それとは別に左右に扉がある。
天井からぶら下がるシャンデリア。ユラユラとロウソクの炎が揺れる。
「いらっしゃい」
正面のT字型の大階段。
その手すりに手を乗せゆっくりと下りてくる女が一人。反対の手には、金色の盃。
水着の様な面積の少ない服から弾けんばかりの肉体が、階段を一つ下りる度に揺れる。頭には丸まった羊の様な角。
瘴気に似た、禍々しい気配。
人では無さそうだ。
「ここは?」
狐白雪を抜きながら尋ねる。
「楽しい所よ。とっても」
ねっとりとした口調で答えた後に、ゆっくりと首を左へと回す女。
釣られて視線を向けた先で、扉が開き数人の女が姿を現わす。
頭にウサギの様な耳を乗せ、豊満な肉体を面積の少ない布で隠す女達。
……成る程。楽しそう。
「それとも、あっちが好みかしらん?」
反対方向、右側の扉が開き中から現れる半裸の男達。
……えっと、そう言う趣味はございません。
左手に狐白雪を持ち替え、右手でパタパタと追い払う。
「それとも、私?」
いつの間にか、女の顔が目の前にあった。
鼻先をくすぐる甘い香り。誘惑、それの意味する所、その先。
その想像はおそらく間違っていない。
俺とてうら若き男子。そういう事に興味はある。
女が、俺の顎の下に指を入れそっと這わせる。
「……死ね」
右手に持ち替えた狐白雪を一息に振り上げる。
素早く身を引いた女が悠然と躱すが、微かに手応えがあった。
手にした杯の中身が床にこぼれ落ち、酒の匂いが漂う。
「あら」
はち切れんばかりの胸を抑えていた布。
狐白雪の切っ先がその真中を捉えていた。
結果、隠す物がなくなり露わになる双丘。
「せっかちね」
それを隠そうともせずに、下品な笑みを浮かべる女。
胸の中心にあった、小さな七芒星が目に入る。
「それとも、お馬鹿さんかしら?
魔王に勝とうだなんて」
下がり、距離を取る。
横手から女どもが飛びかかってくる。
その背に蝙蝠の如く羽、顔には醜悪な笑み。
ここで一時の欲望に負けるつもりはない。
そんなことをしたら、太陽を正視出来なく成ってしまう。
鼻が麻痺するような甘い香りの中に微かに混じる酒の匂い。それが俺に冷静さを与える。
──鼓玖拾弐 断獄
感情を断ち、自身を戦うだけの獣と化す。
「刺し貫く一矢
突き刺す一矢
貫き突く一矢
それは千の矢に等しく
唱、肆拾陸 壊ノ祓 三ツ矢蓮華」
まずは取り巻きから始末。
階段の手すりによりかかり観察するような目を向ける女を警戒しながら、術を繰り出していく。
◆
女が絶え間なく吐き出す炎。
だが、紺抂亀はそれを完全に堰き止める。
「その死を知らぬ幼子
舞い飛び散らせ
落ちる涙は甘い白雪
我が水戸神と共に
唱、拾壱 壊ノ祓 浮き蛍・滄」
青く光る微小の光球が波となり弾けながら、紺抂亀の受け止めた炎を消し飛ばし、押し返していく。
揺らめく碧い盾の向こう、女の顔が見えた。
地を蹴り、一気に間合いを詰める。
「これだから、子供はいやなのよね」
それが、その女の最期の言葉となった。
直後、火雨花落の刃が女の体深くへと食い込みその命を断ち切る。
終わった。
流れ込むマナを感じながら、床に膝を付く。
顳顬を抑え、脳裏に蘇った嫌な記憶を振り払いながら大きく息を吐く。
長い戦いだったが、俺と俺の術と刀は相手に打ち勝った。
術で全身の火傷を癒しながら立ち上がる。
今日もアリスに負けただろうか。
大階段の先にあった門に触れ現実へ。
◆
現実の世界では既に日が暮れていた。
取り敢えずアリスへLINEを送りつつ、攻略セミナーを受けたアパートへ向かう。
待っている案内人など居なかったと苦情を申し立てに。
だが、人集りに遮られそれは果たせず。
遠くに赤色灯が灯っている様に見える。
何か事件でもあって、野次馬が湧いているのだろうか。
カメラを持った報道陣の様な姿も見える。
スマホが震える。
アリスから着信だ。
「もしもし」
『戻った?』
「ああ。今、何処?」
『最初のアパート。
私、やる事あるから一人で帰って。
帰れるよね?』
「大丈夫。
何かあった?」
『ネットで調べて』
「は?」
『じゃ』
一方的に電話が切れる。
ひとまず、マップアプリで小田急の海老名駅を探し向かう。
これから暫く世間を騒がせる事件。
それが明るみに出たのだと知ったのは上りの小田急線に乗ってからだった。




