潜入捜査③
中央道の一宮御坂インターチェンジで高速を下りる。
そして十分程走り国道沿いにあるG Playの広い駐車場へ車を停める。
「ここも、パチンコ屋だったのかな?」
車から降り、G Playの看板の掛かる建物を振り返りながら呟く。
「カジノ法案と出玉規制、そして大不況のトリプルパンチ。大きく遊技人口が減ったパチンコ業界。
閉店したところでその特殊な作りの不動産は資産的な価値が低く、賃貸どころか売却もままならない。解体して更地にするにも金がかかる。更地にしたところで土地が売れる訳で無し。
国内至る所にそんなものがゴロゴロ転がっている。
それに目をつけたのがG社って訳」
一息に解説し、アリスはその建物と反対方向へと歩き出す。
そして着いたのはすぐ近くにあった雑居ビル。
入り口に『G Play 攻略セミナー 会場』と張り紙がしてあり、その横に地味なオバさんが一人座っていた。
「一人、十五万」
俺達を見上げながら、彼女はそう告げる。
高ぇ!
「高くなーい?」
アリスが口を尖らせながら言う。
「今日は特別に五万で提供します」
「うわ! マジぃ!? 超ラッキー!」
いや、それでも高いけど。
「じゃ、二人分お願いしゃーす」
アリスが、鞄の中から安っぽい長財布を取り出し十枚の紙幣をおばさんへ渡す。
「十一時から始まるから」
金を受け取った後にオバさんがそう言って張り紙のされた扉を開ける。
中には長机とパイプ椅子が並んでおり、更には草臥れたスーツ姿の先客が一人。
アリスと並んで座り、セミナー開始を待つ。
十一時を十五分程過ぎてから部屋に入って来たのは浅黒く日焼けした丸坊主の男。小太り。
その男が部屋の前に置かれたホワイトボードの前に立ち、咳払いを一つしてから話し出す。
「どーもー。
G Play攻略セミナー、責任講師のヒデです」
厳つい顔をくしゃくしゃにして笑う講師。
「えー、今日こうして来た三人の方々。
皆さんはですね、非常に幸運です。
何故ならば、普段はここで攻略法を私が事細かに説明するのですが、今日は……しません!」
そう言い切って、三人しか居ない部屋の中をゆっくりと見回す。
「……お、おい。
どう言う事だ?
こっちは……借金して金払ってんだぞ?」
サラリーマン風の男がか細い声で言う。
「それってー、ひどくねー?」
アリスがそれに便乗する。
俺は小さく頷くに留める。
なぜならば、一言も喋らない様にと事前に取り決めがあったからだ。
「だから、幸運だと言ったのです」
そう言って、講師はホワイトボードに三枚の紙を貼り付ける。
引き伸ばされて荒くなった三人の男の顔写真。
「サジ、アルゼンチン、ゼロゼロ。
我がセミナー所属のランクS三人です」
三人とも、ランキングで見たことの無い名前。
まあ、俺もそうだがそもそもランキングで名前を非公開にしている場合が大半。
で、その三人が何なのだろう。
「この三人が、ナウ、向こうで皆さんの事を待ってまーす!
何と今日は、Sランクの精鋭から直接指導を受けることが出来るのです」
そう言って力強くガッツポーズをする講師。
「スゲー!」
目を丸くしてパチパチと手を叩くアリス。
「……嘘だ!
行くところは、ランダムだって聞いたぞ!?
他人と向こうで会う事は出来ないって」
それを遮ってサラリーマン風の男がやや語気を強める。
「えーマジで!?
嘘ー!? 詐欺ー!?」
アリスがノリノリで合いの手を入れる。
しかし、講師は動じずサラリーマン風の男へ手を伸ばす。
「お兄さん。
お兄さんの言ってる事は正しい。
だけれど、それは普通のやり方です」
「普通の?」
「そう。ここは攻略セミナー、なんです!
つまり、普通以外の事を教えている。
向こうで三人が待っていて、そこに皆さんが行く。
それは、可能なんです。
何故なら、我々のセミナーはG社と提携して攻略活動を行なっているからです」
「ほ、本当か!?」
立ち上がって驚きを露わにするサラリーマン。
いや、嘘だろ。
どこに信じる要素がある?
「スゲー! 超キテる!」
嬉しそうに叫びながらアリスがカシャリとスマホで講師の男の写真を撮る。
「ヤベェ! 超バエる!」
何枚も。
まんざらでもなさそうな講師。
「お嬢さん、いくつ?」
「十六ー!」
さらりと10以上サバを読みやがった。
「生きて戻って来たら飲みに行こうか?」
「行く行く!」
さらりと偽りの未成年を飲みに誘いやがった。
「それでは皆さん、前へ来て下さい」
講師の男に呼ばれ三人前に。
そして、順番に手の平にスタンプを押していく。
しかし、何の模様も無い。
「何だ? これは?」
手のひらを見ながらサラリーマンが眉を顰める。
「特殊なインクで作られたスタンプです。
向こうの三人にはそれが見える。
まずは、その手のひらを見せて下さい。
それで、仲間だとわかりますので」
「なるほど! そう言うことか!」
すっかり信じ込んだサラリーマン。
「それでは、行ってらっしゃい。
なに、コンビニに行くみたいに簡単なものですから」
最後にとびっきりの笑顔を見せ講師の男は俺たちを送り出した。
◆
「頑張りましょうね!
私、コンビニ寄ってから行きます」
そう言って、興奮した顔でサラリーマンは消えた。
「あの人、死ぬかもなぁ」
結局何も教わらないまま金だけ取られて。
「バーカ。
あれもグルだわ」
「え!?」
「サクラ役」
「マジかぁ」
何でそこまでして?
と思ったが、俺達から10万巻き上げている訳か。
たったあれだけで。
「……とんだ詐欺だ」
スタンプを押したと言う右手を見ながら呟く。
「まだ詐欺かわからないけどな」
「は?」
「それを調べるのが仕事。
忘れないで。
高い経費払ってるんだから」
「いやいやいや……」
来た道、G Playへと歩き出すアリスを追いかける。
「攻略法とか言って結局何も教えてないじゃないか。あいつら」
「向こうで待ってるんでしょ? ランクSが」
「んな訳ないだろ? 何で信じるだよ」
「逆に何で疑うの?」
「はあ? お前、それ本気で言ってるの?」
「んな訳ないだろ。
戻ったらLINEに報告して」
「俺の方が先に戻ったら?」
「んな訳ないけど、そしたらコンビニかどっかで時間つぶしてて」
んな訳ないのか。
その自信はどこから来るのだろう。ランクAだからか?




