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亡者の群れの中で⑤

 ここに来て四度目の夜明け。



 それに気づいたのは、イツキの声が聞こえたから。

 断が解け、敵、それのみを映し出していた視界が一変する。


 同時に、体に疲労と痛みが同時に襲い来る。

 何箇所か、銃で撃たれていた。

 まあ、現実の銃と比べれば幾分か威力は下がっているのだろう。

 それに、相手がまともに狙いを定める事が出来ないような亡者であったことも幸いしただろう。

 それか、肉体が強靭なのか。


 戦いの最中に拾い上げた敵の拳銃は、手に持つと同時に砂のように崩れ落ちた。

 紛い物。

 そう言う事なのだろう。


 しかし、慣れない戦い方を一晩中続けた所為か頭が重い。

 イツキ以外の気配が無いことを確認して地に腰を下ろす。


 すぐに駆け寄ってきたイツキが地に矢を突き立てる。

 白く発光して、結界が二人を包み込む。


「そのまま動かないで」


 俺の正面で片膝を着き、そして俺の右手を両手で包み込む様に握る。


 体が、ほんのり温かく。

 顔が、それ以上に熱く。


「癒やし……?」


 ユキの力と同じような感覚。


「そう。……私がここに来た……目的。欲しかった……力」


 そう言って、顔を上げ微笑んだイツキは少し寂しそうに見えた。


「ちょっと、時間が掛かるけれど」


 と言うことは、暫くこのまま……手を繋いでいると、そう言う事か。


「……ありがとう」


 顔を逸しながら、それだけ伝える。

 多分、耳は真っ赤になっている筈。


「君、ランク幾つ?」

「ランク?」


 イツキに問われる。


「何それ?」

「何って、IDOのランク。私、一応Bなんだけど……ひょっとして私より上だったりする?

 まさか、専業?」

「ちょっと、全然わからない。ランクは知らないし、専業って?」

「こっちの生活で生計を立ててる研究者リサーチャー


 既にそんな奴が居るのか。


「ただの学生だけど」


 どうやって生計を立ててるのだろう。


「そっか。高校生だもんね」

「そう」

「良いなぁ。私も……戻ってやり直したい」


 俺は、さっさと卒業してしまいたいが。

 そして、出来るなら大学で華やかなキャンパス生活を……。


「何で?」


 何気なく問い返したその言葉に、イツキの表情が曇る。


「……高校の時に、事故に遭って……ね。

 それが無かったら、もう少し違ってたかなって」

「事故?」


 イツキは大きく息を吐いて、それから顔を上げる。

 寂しげな微笑み。


「そ。右手がね、動かないの。……向こうだと」


 俺の手を握る彼女の右手に僅かに力がこもる。

 一瞬、躊躇した後、その手を握り返す。


 そして、少し時間を置いてからイツキが続ける。


「参宮橋って知ってる?」

「小田急線の?」

「そう。ひょっとして、東京の人?」

「一応」


 住所上は東京都。


「あー、都下?」

「その辺」

「私、吉祥寺」

「ふーん」


 何故か勝ち誇ったような顔のイツキ。

 公園と動物園しかないとこじゃないか。


「で、参宮橋が何?」


 話を戻す。


「……丁度、十年前、いや、もう十一年か。

 大雪が降ったの覚えてる?」


 その頃だと、幼稚園か。

 首を横に振る。

 記憶にない。


「二月でね、週末に明治神宮でやる弓道の大会と重なっちゃったのよ。

 当日には雪は止んでいたんだけど、電車は遅れまくり。

 それでも何とか参宮橋までたどり着いて……」


 そこでイツキは俯いて大きく息を吐く。


「改札を出たところにね……スリップした車が突っ込んできたの……」


 そこで、イツキは言葉を区切る。

 そして、暫くの間を置き続ける。


「次に、目が覚めたときはベッドの上。

 外は桜が散っていた。

 それだけは、やけにはっきりと覚えてる……」


 彼女の両手に力が篭もる。


「体は、ボロボロで……」


 僅かに、涙声に。


「歩ける様になるまで、何年もかかった……。

 でも、まだ……」


 手の上に、水滴が落ちる。


「何で私が?

 何であの車はスリップ防止をしていなかったの?

 何でもっと早く家を出なかったの?

 何で……。

 ずっと……ずっとそう思って来た」


 鼻をすする音。

 若い頃に戻りたい的な話かと思ったら、想像以上に重かった。


 そして、返す言葉など見当たらず。


 ただ、一つわかった事。

 こちらで癒しの力を手に入れても、あちらには影響が無い。

 少なくともイツキに関しては。


「はい。終わり。

 どう?」


 声のトーンを上げながらイツキは言って手を離す。



 痛みは消え、体は軽くなっていた。


「楽になった。ありがとう」


 その答えに、頷いて笑みを浮かべるイツキ。

 そして、立ち上がる。


「さて、遠的の練習だな」

「休まなくて平気?」


 姿は見てないが夜通しカラスを撃っていた筈だ。


「大丈夫。

 ……明日、戻らなきゃいけないし」

「何で?」

「明後日から仕事」

「ああ、成る程」

「君は今日も見学?」


 問われ、首を横に振る。


「少し、試したいことがあるから」


 本音では、ずっと見ていたいのだけれど。


「じゃ、夕方にまた」

「うん」


 立ち去るイツキの後ろ姿を見送る。


 ◆


 視線の先に浮かぶ球体を眺めながら、少し頭の中を整理する。


 イツキの矢が領域外ギリギリからあの標的を捕えるまでおよそ五秒。

 その前に矢を番え弓を構えたまま狙いを定める時間が必要。

 最低でも五秒は与えたい。


 十秒。

 少し余裕を見ると十五秒。

 それだけの時間耐えうる盾が必要。


 誤算が二つ。

 明日までと言うタイムリミットが不意に切られたこと。

 そして、昨夜の亡者共との戦いで思うほどマナが蓄えられなかったこと。


 ただし、収穫もあるにはある。

 依代とまでは行かないまでも『水鏡』を降ろすに足る物に目星が着いたこと。

 果たしてそれが使えるかどうか。

 それを今から試す。


 爪刀を手にして、球体を見据える。




 ◆



 待ち合わせ場所にイツキが現れる。

 沸かしたお茶を差し出し、迎え入れる。


「上手く行けば、最後の夜」


 そう、断言する。


「そうね」


 お茶をすすりながらイツキが答える。

 やや、歯切れが悪い。


「十中八、九なら悪くない賭けだと思うけど」


 遠目に眺めていた彼女の命中率。

 百パーセントで無いことを気にしているのだろうけれど。


「見てたの?」

「最後だけ」


 どうせ、明日で見納めだし。


「そっちは?」

「十五秒」


 俺の答えに僅かに眉を上げるイツキ。


「すごいじゃない」


 俺は彼女から目を逸らし地を見つめる。


「イツキ……さんを、守るためだから」


 言った後に、後悔する。

 超、恥ずかしい。


「……恥ずっ!」


 イツキにも、そう大声で言われる。

 言わなきゃ良かった!


 もう……行こう。


 そう思い、立ち上がる際にチラリとイツキに目を向ける。

 彼女は、両手を頬に当て、自分の顔を抑えていた。


 ……あれ?

 想像した反応と違う?


「こう言うの、吊り橋理論って言うんだっけ?」


 上目遣いに俺を見る。

 口元は、僅かにニヤけている様にも見えるが……。


「……そうかもね」


 再び視線を逸らす。


 なんだろう。

 今まで見たことのない表情が……すごく可愛い。ヤバイ。


「それじゃ。また、明日の朝に」


 足早に立ち去ろうとする。

 昨日と同じように離れていたほうが良いだろう。


「……待って」


 引き止めるイツキを振り返る。


「近くの方が……安心する。

 一緒に、居たい」


 ……俺もです。

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