シキシマシステムサービス②
「……何で止めるデスか」
不満を隠そうともせず俺を睨むアナスタシヤ。
「当たり前だろ! バカ!
どこに逃げるつもりだ!
…………俺を……置いて……」
言い終わる前に恥ずかしさで顔が熱くなる。
「…………そうでしタ」
そう答えながら、俺の方へと体を寄せるアナスタシヤ。
真壁が見下す様な視線を俺達に向けたが、目が合うと取り繕うような笑みを浮かべる。
「……なら、四、一にしておいてください」
「エ?」
俺の言葉にアナスタシヤが驚きの声を上げる。
「わかりました。
一回、四万お支払いして、残りは彼女の負債に」
「いや、逆」
「は?」
「四はアナスタシヤに」
「ヨリチカ!」
アナスタシヤが飛び跳ねながら俺に抱きつく。
やり過ぎだ。馬鹿。
まあ、月四回レポートを出せば四万円。
小遣い稼ぎと思えば充分。
「それ以外にも、貴重な情報にはボーナスをお出しする用意もあります。
そう言う時は連絡を下さい」
「随分と、景気が良いんですね」
アナスタシヤを引き剥がしながら言う。
「別に私が払うわけじゃないですから」
なら、その原資は税金か?
まあ良いか。そんな事、気にしても仕方ない。
「他に情報を売られると困るデスからね」
「……まあ、そう言うことにしておきましょう。
これは、G Playの年間パスポート。
お渡ししておきます」
いつのまにかそんなのも出来てたのか。
「私のは無いデスか?」
「必要無いでしょう?
奴隷なら大人しく家で主人の帰りを待って居ればいい。裸で」
「真壁さん。
彼女は奴隷では無いですし、そう言う関係でもありません」
流石にイラッとした。
「おや、そうですか?」
「これ以上、俺達の関係を揶揄するようなら……」
僅かに椅子から腰を上げる。
この距離なら、一発お見舞いする事が出来るとそう思った。
「ヨリチカ。
私は平気。だって、私はヨリチカの奴隷で構わないから」
そう、横のスパイが心にも無さそうな事を言う。
「アナスタシヤ……」
嘘くさい言葉に冷静になった頭で彼女へ微笑みを向ける。
「そうだね。
君は僕の帰る場所であってほしい。
だからこそ、こっちへ戻る意味がある。
その為に、戻ろうと頑張れる」
俺、何言ってんだろう。
「ヨリチカ……」
アナスタシヤが潤んだ瞳で俺を見つめる。
演技とはわかっているが、それでも少しドキリとする……。
『あ、そんな感じです?』
不意に、桜河さんの声が脳内再生される。
いや、そんな感じでは無いです。
全然。
スマホに収めた観覧車内の桜河さんの写真を思い浮かべる。
……天使。
良し。
アナスタシヤの頭をゆっくりと一度撫でる。
大里君、ごめん。
それから真壁に、視線を戻す。
「しかし、わざわざ金を払わずともG Playの情報なんてネット上にいくらでも転がってるでしょう?」
「出所のわからない情報。
その真偽を確かめ、選り分けるのに払うコストを考えたら買った方が安い。
そう言う事です」
「そう言うもんですか。
それを集めてどうするんです?」
「究極的には止めさせるんですよ。
人と言う国の財産を無駄に浪費させる訳にはいかない」
「そんなつもり無いでしょう?
何かしら価値を生む可能性がある。
だから、泳がせているのでは?」
いくらG社が巨大とは言え一民間企業。政府がその気になればいくらでも止めようはあるはずだ。
「手のひらで踊らせるのと、好き勝手にされるのでは同じに見えて全く違う。
残念ながら今この国が置かれているのは後者。
……これはね、御楯君、この国が負けた時から連綿と続く覆す事の出来ない主従関係なんですよ。
この国は、奴隷。
そう、そこの女の様にね」
「小島一つ取り返せない弱い国デスからね」
「黙れ。盗っ人」
「アナスタシヤ。
挑発するな」
言いながら彼女の膝に手を乗せる。
上目遣いで媚びる様な、だけれど、誘う様なそんな顔を俺に向けるアナスタシヤ。
……いや、違います。
別にそんな感じでは無いです。
心の中で桜河さんへ弁解する。
真壁とアナスタシヤ。
違う国の暗部に与する人間。
その間に挟まれた俺は只の高校生。
そもそも場違いなのだ。
「では、家が建つような情報を見つけて来ます」
そう言って立ち上がる。
そう少し話をしたい気もあるが、ボロが出る前に帰ろう。
「二人で暮らす家デスね!」
そう。桜河さんと二人でな!
◆
「お前さぁ……」
ビルから出ると同時に振り返りアナスタシヤを睨む。
そのアナスタシヤは明後日の方を見ていた。
何だ?
その方向へ目を向ける。
白のフェアレディが一台走り抜けて行った。
「どうした?」
「……話は、帰ってからにしましょう」
「わかった」
カップルの目立つサザンテラスのスタバに寄り道をして、家へ。
母は、二度しか会っていない真壁と言う男を次のように評した。
アメリカの同盟国であるこの国でロシア側に顔が利く。それは即ち、実力者でありながら異端であることの証左だと。
腹に一物も二物もある。絶対に信用してはならない男。
そう俺に釘を刺した。
そして今日。
アナスタシヤは一つの提案を俺に持ちかけてきた。
偽装。
俺が、アナスタシヤに惚れている、と。
スパイの色仕掛けにまんまと引っかかった馬鹿な高校生。
それを演じるべきだと。
その方が、彼女の為に動くと言う動機としてわかりやすいのは俺も思った。
だからこそ、真壁と言う男の前で安い三文芝居を演じたのだが、果たしてその効果があったのかどうか。
そもそも、なぜアナスタシヤを助けたのか。
あの時、外交官だと言う男と共に俺の家から出ていこうとした時に引き止めたのは、咄嗟に沸き立った正義感でしか無い。
だが、今のアナスタシヤを見ているとそれで良かったのだと思う。
何より、大人の勝手を押し付けられ生きざるを得ない女の子と言う存在が俺の感情をざわつかせるのだ。
それは妹のそれに重なる。
……居もしない妹に。
「多分、アメリカとも情報を共有してマスね」
家でコンビニの弁当を食べながらアナスタシヤが言った。
「何でわかる?」
「インターネットでレポートを出せ、とかあり得ないデスよ」
ふーん。
「それに、CIAも見てましたシ」
「CIA?」
「そうデス」
どこから?
どんどん話がややこしくなるな。
まあ良い。
俺がやることは一つ。
行って、帰る。それだけだ。
シンプルで良い。
「じゃ、早速行ってくるかな」
空になった弁当をビニール袋に入れ立ち上がる。
「オウ。頑張るデス!」
「いや、お前、家帰れよ」
「え、何でデスか?」
「ここ! 俺の家!
お前の家、向こう!」
「留守番、してるデスよ」
「泥棒に留守番任せられるか!」
「泥棒じゃ無いデス!」
「また酔いつぶれられたら困るんだよ!
明日には響子帰って来るぞ!?」
そんな場面を目撃されてみろ。
アナスタシヤは木に吊るされるだろうし、俺にまで流れ弾が飛んで来るかもしれない。
いや、絶対飛んで来る。
鳩尾を抉る様な流れ弾が。
「帰るデス!」
すぐさま直立するアナスタシヤ。
「飲むなよ?」
「飲まないデス!」
何だ。この気の抜けるやり取り……。
◆
およそ四ヶ月ぶりの鶴川のG Play。
最後に行ったのは、亡者にあふれる廃墟。
どうやって帰ってきたのか定かでないが、大変な場所だった。
そして、その後に桜河さんに会った。
それ以来。
「肩慣らし。無理は、しない」
小部屋の中でそう自分に言い聞かせ、タブレットの開始ボタンに触れる。




