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KBC⑧

 一晩寝たら首の痛みが嘘の様に引いた。

 それどころか、体が軽い。

 だが、心は重い。


 ────────────────


 イツキ>二日はお休み

 イツキ>三日四日は部活

 イツキ>四日の夜は合宿で友達の家に行きます

 イツキ>こんな感じのGWです


 ────────────────


 二日は、空いている。

 ならば、そこへデートの予定を差し込むのが男としてすべき事だろう。

 だが!

 その前に立ちはだかるKBC。

 憎きKBC。


 はあ。

 無理だなぁ。

 ……いや、無理な事無い!


 その日俺はいつも以上に気合を入れ母を追い立てる。だか、逃げ回る母を捕まえる事はやはり出来なかった。


 ◆


「村上サン達に、遊びに誘われマシた」

「ん、そう」

「ゴールデン、ウィーク? お昼に」

「ああ……そう」


 朝の通学電車の中で珍しくアナスタシヤが口を開いたと思ったらそんな話。


「何とかしてくだサイ」

「何とかって?」

「キョーコを捕まえるデス」

「俺に出来ると思うか?」

「無理デス! それでもやるデス」

「いっそ勝手に逃げろよ」

「無理デス。

 リストバンド、GPSついてマス。多分」

「じゃ捨てていけば?」

「無理デス。

 バイタルデータ、チェックされてマス。

 外したらすぐバレます。多分」

「ああ、それで俺に巻いたのか」


 そして捕まった。


「デモ、それもバレマス」


 同一人物が身につけている訳だから、心拍数などが同じ数値になる。それでバレる訳か。


「もう一人、協力者が必要デス」

「心当たりは?」

「無いデス!」

「俺も無いぞ」

「役立たず!」

「それに逃亡なんてしたらそれこそ命が無いだろ?」

「そうなんデス。

 だから、もう考えられるのはヨリチカが頑張って捕まえるだけデス」

「……無理だろ」


 昨日、そのつもりで頑張ったさ。

 でも、無理。


「俺が囮になって引きつけるから、お前、死角から飛び込んで捕まえろよ」

「それが出来たら苦労しないデスよ。

 もっと、裏をかいた手が必要デス」

「裏、ねぇ。

 ……分身の術とかか?」

「分身! ニンジャ! それデス!」

「それか!」

「そんなの使えるなら、さっさとやるデス!」

「使える訳ないだろ」

「役に立たない男デス!」


 そう言われても腹も立たぬ。

 こっちはただの高校生だぞ?

 むしろ、お前が頑張れよ。スパイ。


 ◆


「あの作戦、やりましょう」


 いつもの如くこどもの国の外周を走る。

 この後、軽い筋トレをして母を追いかける鬼ごっこ。

 いつの間にか五周のランニングをアナスタシヤに置いていかれる事なくこなせる様になった。


「どの作戦?」

「ヨリチカが囮になって、ワタシが捕まえるのデス」

「……逃げるのか?」

「逃げないデスよ。

 逃げても行くところなんて無いんデス。

 それに、キョーコのご飯は美味しいデスし、パパさんの冗談、面白いデス」


 最後のは確実に嘘だな。


「勝てる見込みは無いぞ」

「勝たなくても良いです。

 キョーコの気を引いて下さい。

 ワタシが影から捕まえマス」

「……わかった」


 ひとまずその作戦に乗ることにした。

 そろそろ終わらせたいのは俺も同じ。


 ◆


 一ヶ月近く休まず鍛錬を続けた体。

 二十キロ走っても余裕がある。

 夜の闇にも目が慣れた。


 本当に食事の中に何か盛られているのかもしれない。

 いや、そうなのだろう。


 今日、ここでその全てを出し切る。

 俺が追い詰め、その隙にアナスタシヤが物陰から捕まえる。

 こちらの意図を相手に悟らせぬ為に、それ以上の事前の打ち合わせは無い。

 正直、アナスタシヤが本当にそんな事をするのか俺ですら半信半疑。

 と言うか、頼りにはしていない。

 出来れば独力で打開するつもりだ。


「さて、じゃ、始めましょうか」


 パンと母が手を叩く。

 それを合図に踵を返す母をすぐさま追いかける。

 闇の中に逃げ込ませては駄目だ。

 狩られる側に回される前に。


 振り慣れた木剣を構えながら走る。

 既にアナスタシヤの姿は消えた。


「何か、企んでる?」

「アイツはそうかも知れないけれど、俺は別に。

 何時も通り、この剣を振るうだけ」

「剣、ね。ただの木の棒なのに」


 言いながら母が俺に向き直り、腰からナイフを引き抜く。


 ──朽ちても消えぬ残滓

 ──木魂こだまする唄は安寧を願う

 ──斬神(ざんしん) 鎮めの息吹と成れ 朝露

 ──我と共に、高らかな勝鬨を


 心の内に浮かんだ言葉。

 それを強く唱える。

 これで力が出るわけでも、異能な力が扱えるわけでもない。


 だが。


「参る」


 構えのまま、静かに足を運ぶ。

 相手は、人にして人に非ず。


 振った木剣は、ナイフを合わされ逸らされる。

 空を切ることが多かった俺の攻撃は、少しづつ相手を捉えるようになってきた。


 ◆


 余裕が、無くなっている。

 それが、漠然とわかる。

 相手の力を上回った訳ではない。

 こちらを気遣い、手を抜く余裕が無くなって居るのだ。

 その気になれば一撃で死に至らしめることが出来るだろう。

 だが、相手にとってはこれは訓練。

 殺し、勝つことが目的ではない。

 だから、ナイフの刃は潰されているし、積極的に攻めに回る事も無い。


 それに気づくようになっただけでも進歩、か。

 悔しさは無かった。

 むしろ、この状況でどうやって勝ちを手にするか。

 体を動かしながらも、それを考えていた。

 飛び込む隙はあるか。

 あるいは呼び込む事は出来るか。


 足を止めず、手を止めず。

 思考を止めず。

 相手の動きを全て観察し。


 一瞬、母の視線が流れた。

 それに合わせ咄嗟に出た剣は、相手の足を刈る一撃。

 このまま振り抜き、そして抑える。

 勝ちが、見えた。


「チッ」


 母が舌打ちしながら木剣に合わせるように左手を振るう。

 今まで徒手だったその手に、新たなナイフ。

 そして、そのナイフは俺が手にした木剣をスパリと切り落とした。


 ……ま、所詮は拾った木の枝。まともな刃物を相手にすればこうなるか。


 武器を失った俺の前で母は踵を返し走り出す。

 逃げた?

 いや、何かを追って……アナスタシヤ、か。

 俺は半分の長さになった木の枝を捨てそれを追いかける。

 驚異的な速度で夜のこどもの国を疾走する母。

 俺も全力で追いかけるが、徐々に引き離されていく。


 そんな母に樹上から飛びかかる大きな影が一つ。

 完全に意識の外から現れたであろうその存在を避けることが出来ず、捕まりそのまま地に転がる。


「やった、やったデーーーーーーーーッス!!!」


 アナスタシヤの絶叫が深夜のこどもの国へ木霊する。

 両手を突き上げ、喜びを全身で表すアナスタシヤ。


 ……何でアイツ、下着姿なの?

 痴女?


 ◆


 追いついた俺の前で苦笑いのまま地面に仰向けになる母。

 ツナギを脱いだ下着姿で小躍りするアナスタシヤ。

 目の毒。

 出来れば明かりの下で見たい。母の居ないところで。


「はー……負けた。

 完全に裏を掻かれたわ」


 少し嬉しそうに言う母。


「これで、KBCから解放デス!!」

「息子が変な気を起こす前に服拾ってらっしゃい。帰るわよ」

「起こさねーよ!」

「ラジャデース!」


 ニヤリと笑い、わざとらしく腰に手を当て体をくねらせるアナスタシヤ。


「起こさねーからな!」

「車で待ってるわ」

「スグ行くデス!!」


 嬉しそうに答え走っていくアナスタシヤ。


「アンタも、一皮剥けたかしらね」


 起き上がり、体を払いながら母が言う。


「ただね、百メートルを十秒で走れるようになったわけでも、軍人に素手で立ち向かえるようになった訳でも無い。

 少しだけ体力がついただけ。

 勘違いしないようにね」

「わかってる。

 でも、まあ、これを糧にするよ。

 向こうで野垂れ死にしないように」

「ま、しょうが無いわよね。自分で言いだしたことなんだから。

 しっかり頑張んなさい。

 なるべく学校も行くのよ」

「ああ」

「孫には、まだ会いたくないからね?」

「は?」


 響子がニヤリと笑う。

 下品に。


「いやいやいや、違うからな?

 マジで」

「マジでー?」

「マジで!!」


 あの親父にしてこの妻あり、だな。

 馬鹿か。


 ◆


 母によるKBCの解散宣言がなされ、俺達は晴れて自由の身となった。

 そして、車で家へと向かうその車内。


「でさ、お前、何で裸だったの?」


 後部座席で横に座るアナスタシヤに疑問をぶつける。


「ヨリチカを誘惑する為デース!」

「あらあら。青姦?」

「死ね。まとめて死ね」


 聞いてるこっちが恥ずかしい。

 母親が息子に言うことか? それ。


「特殊発光素材デスよ」

「発光?」


 言われ、自分のツナギを確認するが光っている所など無い。


「キョーコにだけ見える素材、

 デスヨネ?」

「そう。よく気づいたわね」

「つまり?」

「キョーコからは私達の姿が夜中でも丸見えだった訳デス」

「何で母さんだけ?」

「偏光コンタクトレンズ。

 まさかバレてるとは」

「確信は無かったデス。

 だから半分賭けデシタ。

 それと、GPSが園外に逃げたら注意が削がれると思ったデス!」

「GPSはどうやって移動させたの?」

「協力者デス!」

「あら。そんな奴が。

 組織のお仲間?」

「ノンノン。友達デス!」

「友達?」


 少し、嫌な予感がする。


「そうデス! 学校の友達!」

「待て。深夜のこどもの国に呼び出したのか?」

「喜んで来てくれマシタ! オオサト! 良い人デス!!」


 アイツ!

 そういや、今日の昼、二人とも居なかったな。


「……その、大里君に何をさせたのかしら?」

「リストバンドを持って逃げて貰いました」


 夜中に高校生が一人疾走している。

 スパイの女に騙されて。


「……母さん、場所わかる?」

「……今調べる」


 母が路肩に車を寄せ、スマホを取り出す。

 なんとか補導される前に彼を回収できた。

 その代償として、揃いのツナギを着た俺とアナスタシヤと言う物を目撃された訳だが。

 別れ際に、アナスタシヤが大里君にハグしてたので誤魔化せたと思おう。


 俺が言うのもなんだが、付き合う相手は選んだ方が良いぞ。大里君。



キャンプ回、終わり。

もう暫くは現実篇。

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