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KBC⑥

「そんな棒きれ振り回して、なにするつもり?」


 何時から見ていたのか、母が腕組みしながらこちらに声をかけて来た。


「さあ? でも、これなら戦える様な気がしてさ」

「まるで子供ね」

「向こうではこうして何度も死地を乗り越えてきた」


 だから、ここでもそうすれば良い。


「どこからそんな自信が来るのかしら」


 そう言って、冷笑を浮かべながら母は腰からナイフを引き抜く。

 刃物。

 だが、不思議と恐怖は無かった。


「ハッ!」


 短く発し、地を蹴る。


 ◆


「……ッ……ぅ……ぁ……」


 響子の容赦ない膝蹴りが、見事に鳩尾に食い込む。

 そのまま自分が戻した吐瀉物の横へと倒れ込む。


「あんた、剣道部だっけ?」


 不思議そうな響子の声。

 あっちの俺、こっちの俺。

 同じな訳は無い。

 改めて思い知らされた。


 だけれど、他方であと一歩、あと一手。

 そう言う感触もあった。


 この感覚は……どこから生まれたのだろう。



 再び立ち上がり、木の枝を握る。

 いつの間にか母は居なくなっていた。


 ――御天の本質は守る事。

 ――それが出来るなら、負けても良い。

 ――まあ、大抵の場合そうはならないから勝つしかないのだけど。


 今は負けても大丈夫。

 失う物は無いのだから。




 やがて、夕日が差し込む。


「はい、お疲れ。

 今日はこれまで。

 入り口まで戻れ」


 森の中で木の棒を振っていた俺の所へ現れた母にそう声をかけられた。

 本当か?

 その言葉を疑いながらも、入り口へと向かう。


 ……何だ? あれ。


 芝生の上にレジャーシートが敷かれていて、その上にアナスタシヤが小さくなって座っている。


 そして、シートの真ん中に置かれてるのは……何だ?


「訓練の後は、ご飯! お弁当よ!」


 いや、待て。

 そんな楽しげに言う感じの訓練などでは無かったし、それに何だ? この量は。

 大皿に盛られたおにぎり。

 二、四、六……十。

 そして、三段のお重。


「残したらダメよ。

 食べ終わるまで帰れないから?」


 そう言いながら笑顔で俺におしぼりを渡す母。

 その後、水筒から湯気の出るお茶を注ぐ。


「……食えるかよ」

「食べ終わるまで帰れないから」


 何だ?

 俺は関取になるのか?


 お茶を飲みおにぎりを一つ手に取る。

 一口、二口…………入らん。

 鼻歌交じりで母が開けたお重の中からは唐揚げとポテトサラダと、玉子焼きに……稲荷寿司……。


「食べ終わるまで帰さないから」


 観念し、口を動かす。



 吐き気を堪えながら無心にお茶でそれらを流し込んで行く。

 アナスタシヤが啜り泣く横で、テレビで見た熊落としとか言う技を使いながら完食したのは日付が変わる前。


 こうして地獄の様な週末が終わった。


 ◆


 翌朝。

 母に叩き起こされ、アナスタシヤを迎え入れる。

 そして、テーブルに並ぶ朝食を見てうんざりする。

 腹など全然減ってない。


「泊まりでバイトだったんだって?」


 そう、親父に問われる。


「ん?」


 母が話を合わせろと目だけで命令する。


「ああ」

「そうか。

 バイト代入ったら何かご馳走してもらおうかな。

 ハッハッハッハッハ」


 ……殺してやりたい。

 早くこの家から出て行こうと決めた瞬間だった。


 ◆



 アナスタシヤと二人、小田急線に揺られながら学校へ向かう。


「……隈出来てるぞ」

「……ガウ」


 まあ、俺もだけれど。


「寝たら駄目デスよ」

「お前がチクらなきゃ良いんだよ」

「……分かりました」


 ……と言われたところで信用出来ない。


「ワタシ、毎日日本語学校に通ってマス。

 六時から」

「は?」

「テストに受かるまでずっと、毎日」


 何だ?

 疲れて頭がおかしくなったか?


「トモダチにそう言ってマス」

「ああ、了解」


 流石、スパイ。

 アリバイ工作はお手の物か。


「早く、テスト受かりたいデス」

「……そうだな。がんばれ」

「お前も頑張るんデス」


 て言ってもなぁ……。

 胃もたれを我慢するので精一杯なんだよ……。

 てか、現役のスパイならお前がちゃんと頑張れ。

 毎晩毎晩泣かされやがって。


 そして、今日もあるのか。

 その事実に、憂鬱になる。


 ◆


「おいーす。

 ……ナーシャ、今日も隈出てるよ?」

「ガウガウ」

「そんな寝不足になるまで何してるの?」

「日本語、勉強。

 難しいデス」

「全然うめーじゃん」


 教室に入るなり、前の席で村上がナーシャと談笑を始める。


「まだ、まだデス」

「何か、恋人が居ると上達早いって」

「マジですかー」

「マジマジ。知らんけども」


 どっちなんだよ。


「恋人! イイですネー。

 欲しいデス!」


 その言葉にクラスの男子の視線がアナスタシヤに集まる。

 お前ら……何で聞き耳立ててんだよ。


「……なら「でもマダ駄目デス」


 立ち上がった大里君に被せるようにアナスタシヤが言う。

 タイミング悪いな。アイツ。


「試験、受からないと帰国、しなきゃなりまセン。ね?」


 ね、の所で何故か俺に顔を向けるアナスタシヤ。


「いや、俺関係ないし」

「関係ない事無いデス。

 夜中、一緒に頑張ってマス!」


 その一言にクラスの空気が張り詰める。

 どう言う事だ?

 何でアイツが?

 殺す。マジ殺す。

 僕の金髪。マジ天使。

 そんな心の声が聞こえてくる。

 そして、次の俺の言葉を待っている気配。


「……ボイスチャットで話ししただけだろ」


 その返答にわずかに空気が弛緩する。


「あれ? 御楯、ひょっとして弓道部のパイセン、フラれた?」

「フラれてねーよ! ……まだ……」


 まだ。

 だって告ってもいないもの。


「ドンマイ!」

「まだだっつーの!

 いや、まだじゃない。フラれる予定は無い」

「ドンマイ!!」


 村上が生暖かい目で俺の肩を叩く。

 ざけんな!



 桜河さんが出場した弓道の大会。

 そこに去年同じクラスだった東条と言う女子も参加しており、その会場でたまたま応援に来ていた村上に俺の姿を目撃された。

 桜河さんと一緒の所を。

 そんな経緯があって、俺は桜河さんに片思いする男子というのが村上の中での俺の認識だろう。

 間違ってないけども。


「ホームルーム始めるわよ。席に着いて、ね?」


 担任が予鈴と共に教室に入って来る。

 今日は寝ない様にせねば。

 家で勉強する時間などほぼ無い。

 つまり、気を抜くとダブりかねない。

 そんな事になれば、本格的に母に殺されるし、何より弓道部のパイセンに会わす顔が無い。


 ◆


 クラスの男子何人かと飯を食う。

 開け広げに、アナスタシヤの事を質問して来る大里。

 さり気無く情報を聞いだそうとする他の男子。

 適当に、ボロが出ないように返す。


 そして放課後。

 女子達に囲まれるアナスタシヤを残し一人先に帰宅。

 スマホの中の写真を見て癒された後に、出された宿題を片付ける。


 昨晩寝たからまだ今日は楽だ。


 明日からしんどいだろうな……。

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サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
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