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KBC⑤

 その夜、初めて響子が攻めに転ずる。

 俺とアナスタシヤが一時的に身を休めていたバーベキュー施設。


 それを取り囲む様に周囲から、不規則に起きる物音。

 更に、四方八方から断続的に飛んで来るドングリ。

 ツナギ越しでも、地味に痛い。

 当然、そんな中で眠れる訳は無く。



「……二手に、別れましょう。

 私、囮になりマス」


 そんな状況下でアナスタシヤがそう言い出す。

 その提案が何を意味するのか。

 疲労と睡眠不足の頭では大して理解出来ず。


「これ、ミタテさんに預けマス」


 そう言って俺の左手首にリストバンドを巻くアナスタシヤ。


「わかった」

「では」


 一言残し、彼女の姿が闇に消える。


 ◆


 アナスタシヤが消えてもしばらくは続いたドングリ攻撃。

 しかし、いつしかそれが止んでいた。


 囮作戦、成功か?


 もうすぐ夜明け。

 囮になったアナスタシヤがそのまま響子を捕まえれば。

 ……囮なんだから、そんな事はしないか?


「……チーチェ……プラスチーチェ……」


 暗闇の中から、か細い女の声が聞こえた気がした。

 既視感を覚えつつ、ふらつく頭と足取りでそちらへ向かう。


「……プラスチーチェ……プラスチーチェ……」


 木に、人が吊るされていた。

 逆さまに。


「……プラスチーチェ……プラスチーチェ……」


 それは下着姿で目隠しをされたアナスタシヤ。

 地面スレスレまで垂れ下がった髪の先にツナギとナイフが一つ。


「アナスタシヤ?」

「……ヨリチカ!? ヨリチカサマ!!

 助けて……助けて下さい!

 もう逃げません!

 逃げません!

 助けて。

 タスケテ!」

「今、紐を切るから」


 ナイフを手に取り、木の幹にくくりつけられたアナスタシヤを吊るしているロープを切断する。


「……グエッ」


 真っ逆さまに落下したアナスタシヤは、地面に衝突し変な声を上げた。

 ……また、逃げようとしてたのか。


 ◆


「お前、懲りないな」

「私は、スパイデス。

 嘘しか言わないデス」


 意識が戻ったアナスタシヤが、悪びれもせずに言う。


「逃げれそうなのか?」

「無理デス。

 はっきりわかりマシた」


 そうかよ。

 しかし、それが嘘か真かも分からん。


「後は正面から捕まえるしか無いデス」

「出来るの?」

「無理デス。

 はっきりわかりマス」


 そうかよ。


「じゃどうするんだ?」

「キョーコ・ミタテが、飽きるまで付き合うしか無いデス」

「そうか……」

「……そうかって……納得してんじゃナイデスヨ!

 元はと言えば! オマエが! 私を呼び止めたのが原因デス!

 何であんな事シタ?

 ネムイデス!

 お腹すいたデス!

 体痛い!!

 ネムリタイ!!!」


 急にでかい声で、俺に怒鳴りける。


「俺だって助けなきゃ良かったと思ってるよ」

「ウアァァァァァァァァ!!」


 そして、大声で泣き出した。

 これも嘘なら大したもんだな。スパイ。

 朝日を浴びながらそんな風に思う。


 ◆


 いつの間にか居なくなっていたアナスタシヤが戻って来た時、手に何かを持っていた。

 そして、それを俺に差し出す。


 香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。


「……これは?」

「ゴールピ」

「ゴールピ?」


 俺の問いにアナスタシヤは木々の生い茂る山を指差す。


「食べないなら、私が食べマス」

「もらう」


 その手からひったくる様にそれを受け取る。

 味付けも何も無い、骨だらけの肉。

 だけれど、これ以上無いくらいに美味かった。


 そんな俺たちの食事が終わるのを待っていたかの様に響子が姿を現わす。


 ゆっくりと立ち上がり、近寄って行くアナスタシヤ。

 そして組み手が始まる。

 座り込み、二人の動きを観察しながら頭の中は全く別の事を考えていた。



 ……獲物を捕らえ、その肉を食す。


 思えば、初めてでは無い。

 向こうの世界で。

 そして、誰かと戦う事も。

 昼夜問わず、動き回る事も。

 そう。

 亡者の群れの中で、日に日に悪くなる状況からも俺は生きて帰ってきた。

 手にしていたのは刀。

 敵を倒す為に用いたのは言霊。


 だが、今、俺の手に刺青は無い。

 左眼に、禍津日マガツヒも封ぜられて居ない。


 しかし、それなら何故、記憶がある?

 あの世界の俺とこの世界の俺で何が違う?


 いや、あの世界の俺は、どうして刀を振るえた?

 習った……のだ。

 師匠に。

 共に暮した妹、風果と共に。

 そう言う設定だ。


 だから……扱えた。戦えた。

 ならば、今の俺に出来ぬ道理はあるか?


 立ち上がり、今だ組み手を続ける二人に背を向ける。


 ◆


 意識の中に芽生えた違和感。


 ──刀を振るう。其の本質はマガを祓う事。

 ──ただ真っ直ぐに。

 ──マガる事無いようにナオす。

 ──それが出来てこその直毘ナオビ


 師匠の……言葉。

 設定の中での。


 森の中、落ちていた木の枝を拾い上げる。


 上段に構え、振り下ろす。

 体が、違和感を発する。


 ──真っ直ぐに立て。風果の様に。


 横薙ぎに振るう。


 ──力任せに振るのでは無い。

 ──剣先に、力を乗せるように振れ。


「はい」


 教わった事が、何一つ出来ていないではないか。


 大きく息を吸い。ゆっくりと吐く。

 目を閉じ、刀を振るう。

 真っ直ぐに。


 昔覚えた型。

 それに重ねるように。

 それと重なるように。

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