KBC③
「あ、ナーシャ!
昨日どうしたの?」
「ちょっと、具合、悪かったデス」
教室に入るなり村上がアナスタシヤに声をかける。
「そう言えば、ちょっと顔色悪いね。
隈も出来てるし」
「クマ?」
アナスタシヤが両手首を丸めて上に上げる。
クマのポーズ?
「隈」
村上が、両手で目の下をなぞるが、アナスタシヤはクマのポーズのまま小首を傾げる。
そんなやりとりを横目に俺は自席へ腰を下ろす。
疲れた。
朝から限界だ。
「おはよう。御楯くん、アナスタシヤさん!」
嬉しそうに大里君が寄って来て挨拶をする。
少し、静かにして欲しい。
◆
――クリアするまで、毎日続けるから
――他の時間は無いから授業だけで必死に覚えろ
今日も、ある。
KBCが。
無い訳が無い。
逃げない限りは。
謝って許される訳はない。
多分、G Playへ逃げれば追っては来ないだろう。
だが、そうすると……桜河さんに会えないのだ……おそらく、今後一生。
ならば、今日に備え授業は休息、具体的には睡眠に当てるが正しい使い方だ。
だが、それをすれば必ず成績は落ちる。
そうなると、その時にどんな地獄が待っているか。
……寝てる余裕など、無いのである。
前の席のアナスタシヤもしっかりと起きているし。
だが、そんな決意も疲労困憊の体には逆らえず。
三時限目の後半から記憶が無い。
気付くと四限目が終わっていた。
……飯、か。
「良い眠りっぷりだったね」
大里君がアナスタシヤの席に腰を下ろす。
「昨日遅かったから」
弁当を取り出しながら答える。
アナスタシヤは女子グループの中で弁当を食べている。
「朝、一緒に来てなかった?」
「昇降口で一緒になった」
「ふーん。
ところでさ、御楯君の弁当、アナスタシヤの弁当と同じじゃない?」
大里君が俺を睨みながらスマホの画面を見せつける。
その中に、アナスタシヤと弁当の画像。
……さて、何と言うべきか。
妹……人種違うな。
「えっと……母さんが、彼女のお父さんと知り合いで、色々と面倒見てるってのを昨日知った」
「昨日?」
「そう。
で、彼女の弁当はうちのオカンが作ってる」
「へー。
え、ホームステイ?」
「まさか。
駅は一緒だけど」
「よし。今日、御楯君の家に遊びに行こう」
「いや、しばらくバイトで忙しいから」
「え、そうなの? 何で?」
「ディズニーのホテルに行きたいんだよ。
ミラコスタ」
「彼女?」
その問いかけに曖昧に頷く。
彼女(予定)。
「……彼女?」
大里君が目線だけでアナスタシヤを示す。
俺はゆっくりと大きく首を横に振る。
「よし」
……あんまりおススメ物件じゃないと思うけれど、彼の夢を俺が砕く必要はない。
少しの睡眠で回復した体力でなんとか弁当を平らげる。
◆
15時過ぎ、HRが終わると同時に帰宅の準備。
「ヨリチカ。
私、ミンナとヨリミチして帰りマス」
と、わざわざアナスタシヤが俺に宣言をする。
何で?
騒つく教室。
集まる視線。
「あ、ああ」
「ナーシャ、何でこいつに断り入れるの?」
クラスを代表するような村上の質問。
「ウチのさ、母親が!
アナスタシヤさんの身元保証人的なヤツなんだよ!
向こうの両親に頼まれて、こっちで色々面倒を見てる。
いや、俺も知ったの昨日なんだけど」
と、やや声を張りながらアナスタシヤに代わり村上に答える。
誤解で非モテ連中からやっかみを受ける学生生活など考えたくもない。
「そーデス。
隣、住んでマス!」
バラすなよ!
「御楯、エロゲじゃーん!」
「そしたらお前も攻略対象だからな?」
「アリエンティー! 死ねる!!」
軽口を言う村上に上手く合わせてその場は誤魔化せただろうか。
「なんか、六時過ぎから用事があるらしいからそれまでに解放してあげて」
「りょー!」
俺は先に帰り、寝る。
二時間は寝れる筈だ。
さっさと帰ろう。
他に絡まれる前に。
◆
六時五分前。
このままアナスタシヤが来なければ、今日の訓練は中止になるんじゃないか。
そんな淡い期待を打ち砕く様にインターホンが鳴る。
そして現れるKBCのツナギを着たアナスタシヤ。
顔は、死んでいる。
もちろん、俺も。
「さ、行くわよ!」
一人元気な母。
そんな三人の乗った車は夕暮れの街を走り抜け再びこどもの国へ。
そして、昨日と同じ様に閉鎖された入り口の鍵を開け中へ。
「じゃ、今日も四周。
頑張って」
それだけ言い残し、母は去って行く。
アナスタシヤは無表情のまま準備運動をしてランニングを開始する。
アイツ、疲れて無いのか?
まあ、今日は金曜日。
明日明後日休みだと思えば……。
俺は考える事を放棄し、重い体でランニングを始める。




