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日常を捨てた日

 翌日。

 当然、前の席にアナスタシヤの姿は無く。


 誰も座らない一つ前の席。

 家でただただ小さくなっていた彼女の姿を思い出す。忘れろと、母も真壁と言う男もそう言った。

 だけれど……。


「御楯君、だっけ」


 昼飯時、弁当を広げようとした俺の前の空席に腰を下ろす男子生徒。


「そうだけど」

「僕は大里。よろしく。

 一緒に食っていい?」

「良いけど」


 購買の袋からパンを取り出す大里君。


「アナスタシヤちゃん、休みだね」

「そうだね」

「何か、知らない?」

「い、いや。何も知らないけど」


 何故かド直球の質問を食らい、むせそうになるのをこらえながら返す。


「な、何で?」


 まさか、こいつも変な組織絡み?


「昨日さ、一緒に帰ってなかった?」

「え!? あ、うん。たまたま、帰りの電車で一緒になって……」

「マジかぁー……」


 頭を抑える大里君。


「昨日、一緒に帰ろうって誘ったらさ、彼女何て言ったと思う?」

「何て?」

「彼氏が待ってるので、ダメデス」


 アナスタシヤの口調を真似する大里君。


「つまり、御楯君が彼氏と言う結論至るのだけど、マジで?」

「んな訳ない。

 多分、嘘で躱されたんだよ」

「そっかぁ。

 彼氏、居るのかなぁ。

 何か、聞いてない?」

「聞いてない。

 ……えっと、好きなの?」

「あの人は、控え目に言って完璧だ」


 まあ、確かに美人だ。


「春風にそよぐ絹糸の様な金の髪。

 宗教画の中から抜け出してきたかの様な高貴な輝きを放つプラチナブロンド。

 そう、あれは天使。

 自前で天使の輪を持つ天使、それは、もう天使を超えた天使。

 神、そう、金色の女神!」


 アナスタシヤの魅力を熱弁する大里君に少し引く。


「と言う訳で、お見舞いに行こう」

「いや、行かないよ。

 家、知ってるの?」

「知らない。御楯君、知らない?」

「知らない」


 隣らしいけど、もう居ないかもしれないし。


「とか言って、隠すつもりだな!?」

「そんな訳ないじゃん。

 てか、どうするつもり?」

「どうって……愛でるけど?」

「は?」

「愛でる。

 あの髪を撫でて指に絡めてクルクルして、そっと匂いを嗅いで……」

「アンタ等、何の話してんの?」


 後ろの席の村上が、顔を顰めながら口を挟む。


「如何にアナスタシヤちゃんの御髪が素晴らしいかを語っていた訳だけど? ねえ?」

「いや……」


 そこ、同意を求められても困るのだけれど。


「大里だっけ? アンタが玉砕一号?」

「なにそれ?」

「ナーシャに告白して振られるのは誰か。

 まー、女子の話題よね」

「で、二号が……御楯?」

「俺は別にそんな風に思ってないから」

「僕だって別に玉砕する気は無いさ。

 華麗に観覧車の中で告白を決めてみせる」

「映画見過ぎだっつーの」


 観覧車か。

 一体何の映画だろう。


 たった一日でこのクラスの風景になったアナスタシヤ。

 このまま彼女が姿を現さなければ、いずれ皆から忘れられていくのだろうか。

 それは、少し寂しい様な気がした。

 忘れられてしまう事が。


 ◆


「ただいま」

「おかえりー」


 昨日と違い、リビングから母の返事があった。

 部屋に入らずそのままリビングへ。

 母は、お茶を飲みながらワイドショーを見ていた。


 こうして見るとただの主婦以外の何者でもないのだけれど。


「あのさ、やっぱりアナスタシヤの事、放ってはおけない」

「あ、そう。

 大変よ?」

「だろうね。

 でも、多分大丈夫。

 上手くやれる」


 俺の答えに、母さんは満足そうに笑う。

 直後、スッと振り上げた手から何かが放たれ、背後で鈍い音を立てる。

 振り返ると壁に突き刺さった包丁。


「はい。死んだ」


 うん。

 死んだ。

 笑顔の母親が怖い。

 本気で怖い。


「取り消すなら今よ?」


 問われ俺は首を横に振る。

 決めたのだ。

 ここで、折れる訳にはいかない。


「何があっても?」

「何があっても」

「意思は固い?」

「うん」

「わかった」


 母親が静かに笑い立ち上がる。

 そして手にしたスマホで何処かへ連絡を入れる。


 俺は、この日の事を幾度と無く後悔する事になるのだ。

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