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再開する新たな母子・下

 しまむらで安物の子供服を買って着替えさす。

 真っ赤なダッフルコートが置いてあって、この子に似合いそうだと思った。少し迷い、先が定かでないこの子の為に買う必要は無いとの結論に至る。


 そして、ラーメン屋へ。


「黄泉返り?」

「そ」

「え、いやいやいや。は?」


 困惑する息子。

 私の横で更に困惑する実。

 視線をあちこちへと彷徨わせ、落ち着きが無い。


「この子は生きている」

「生きてるって、どうすんだよ?」

「どうしようかしらね……」


 本当に。

 突然、現代に黄泉返っても行くところなど無いだろう。

 果たして引き取ってくれる様な施設があるか。

 あったとした、何も、本当に何も知らないこの子が上手く生きていけるのか。


 ため息しか出ない。


「伸びる前に食べましょう」


 運ばれて来たラーメンに箸を伸ばす。


「箸、使える?」

「うむ」


 とは言いつつ、大きな丼を前に困惑する実。

 子供用の皿へ少し取り分ける。


「すまぬ」

「良いのよ。気にしなくて。

 多かったら残して良いからね」

「うむ」


 ピッピ、ピッピと汁を飛ばしながら麺をすする実。

 着替えさせて良かった。

 着物でラーメン屋なんて、七五三の時期でもないのに浮きまくりだわ。


「美味しい?」

「うむ! 食べた事のない味じゃ!」

「そう」


 汗と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながらラーメンを掻き込む実。

 向かいで食べ終わった息子がスマホをいじる。

 我関せずの反抗期がムカついて仕方ない。

 部下なら注意するのに。


「風果は戻らないのね?」


 ぶん殴りたい衝動を抑えながら、その息子に姿の見えない娘の事を確認する。


「ああ。

 本人がそう決めた。

 俺も、その方が良いと思う」


 そうか。

 彼女にとってこの世界は、戻るに値しなかったのだろう。

 いや、今いるその別世界が幸せならばその方が良い。

 ……では、この息子は何で戻ったのだろうか。

 頼知にとってもこの世界は、決して楽しい世界だったとは思えない。そうさせたのは私だ。


「通夜は三日後だろうって」

「杏夏ちゃん?」

「そう」


 ……なるほど。彼女が理由か?


 付き合ってるの? などと聞くほど野暮では無い。が、聞きたい。しかし、二人ともまだ中三だろうよ? どこまで行ってるの? 風果は知ってたの? あー! 聞きたい!


「仙台、行くの?」

「勿論よ」


 仙台。

 御紘のお膝元。つまり御紘の本家はそこにあるのだ。そして葬儀はそこで執り行われる。


「アンタ、行くつもり?」

「連れてって」

「宗家も来るわよ?」


 御紘当代の葬儀。

 当然、宗家を始め御天庶家七門の関係者が須らく立席するだろう。

 勿論、私の両親も。


「構わない。

 風果からの伝言を預かってるから」

「伝言?」

「そ」


 封印の無くなった息子に御天当代は何と言うだろうか。この先どうするつもりだろうか。

 まあ、向こうがどうであれ私の予定は変わらない。

 引き取り、東京で暮らす。

 ……風果は居なくなってしまったけれど。


「そろそろ良いかしらね」


 実のラーメンが空になる。

 大人用のラーメン一杯、空にするなんてよく食べる子だ。


「むう……」


 しかも、スープまで飲み干して。


「足りたか?」

「むう……」


 息子の問いかけに口を尖らせる実。


「え? 足りないの?

 ラーメン一杯空にしたのよ?」

「食っても食っても食い足りないんだろ」

「むう……」

「いや、ダメよ!

 ラーメン二杯目なんて」

「好きなだけ食わせてやりゃ良いじゃん」

「ダメ」

「だそうだ。

 コンビニ行くからそれで我慢しろ」

「ぬ?」

「コンビニって、連れて帰るつもり? あの家に?」

「他に行き場所ないだろ?」

「なお悪い。

 私の宿に連れてくわ」

「あっそう。

 なら、お願いします」


 意外にも息子が頭を下げた。

 反抗期の……息子が。

 私に。

 何だ。これ。気持ち悪い。


 ◆


 歩いて帰ると言う息子を見送り、実を後部座席に乗せる。

 が……正直、どうすれば良いやら。


 ルームミラーに映らない程に小さな女の子を乗せたまま車を宿へと走らせる。

 その途中でコンビニへ。


「ちょっと、買い物していくわよ」

「う、うむ」


 コンビニの入り口で目を瞬かせる実。

 彼女の手を引き、入り口を開ける。


「何でも食べたい物を選んで良いわ」


 そう言いながら、買い物カゴを手に取り私は飲み物のコーナーへ。

 そこからビールを二本取ってカゴに入れる。


 後は……と、そこで私は実がぴったりと私の後ろについている事に気付く。


「買わないの?」


 と声をかけるが困った様な顔をする実。

 ……あ、そうか。わからないのか。


「こっちおいで」


 私はスイーツコーナーの前まで彼女を連れて行く。


「甘いのもの、好き?」

「うむ」

「じゃ、プリンとケーキ、どっちが良い?」


 私は両手に取って彼女に尋ねる。

 その両方を見比べ、再び困る実。


「じゃ、両方にしよう」

「良いのか?」

「良いの良いの。でも、今日だけね」


 今日くらいは良いだろう。


「後は、あ、アイスも買おうか」

「あいす?」

「後、チョコだっけ?」

「うむ!」


 チョコは知ってるのか。


「じゃ、それと……ポテチとポップコーン」

「おお、ポップコーン!」


 それも知ってるのか。

 甘いものだけだとバランス悪いしね。


 そうやって、カゴいっぱいにお菓子を詰め込み宿へ向かう。

 大浴場のついたビジネスホテル。


「ここは、宿、か?」

「そうよ。知ってるの?」

「うむ。

 一度、ヨリチカと行った事がある!

 楽しい所じゃ!」

「あん?」

「ぬ?」


 幼女と、ホテルに?

 あのクソ息子、何してるんだ?

 場合によっては殺さざるを得ない。

 だけれど、この後の実の説明は要領を得ない。

 取り敢えず、殺すような行為には至ってないらしく一安心する。

 だけれど、部屋のベッドをトランポリン代わりにするのはダメだと叱りつけた。


 そしてコンビニの袋に詰め込まれたお菓子を一々感嘆の声を上げながら食して行く実をただただ眺める。

 おかしい。

 ラーメン一杯完食しているはずなのに。

 甘い物は別腹とか言う次元では無い。

 でも、食べている時の驚きに満ちた幸せそうな表情に食べ過ぎだなどと言う事は到底憚られ、結果コンビニの袋は瞬く間に空になった。

 私のビールにも興味を示したのだけれど、それは頑なに止めた。


 食べて満足したのか、うつらうつらとし出した実を慌てて大浴場へと連れて行く。


 そこで、再び元気を取り戻し大はしゃぎをする実。


 しっかりと、頭と体を洗ってあげて、そこで彼女の手足が異様に細い事に初めて気付く。

 古代の食料事情がどうだったのかわからないけれど、今より豊かな訳は無い。

 そんな所から一人、こんな世界に放り込まれたのだ。この子は。


 自分の息子ともした事が無い、子供との入浴。

 広い湯船に二人、のんびりと浸かりながら彼女の武勇伝を聞く。

 俄かには信じられない話ばかりだったけれど。


 そして、脱衣所で実の長い髪へドライヤーを当てる。


 ブオー……。


「……良い匂いじゃ」


 ドライヤーの風に当たりながら実が呟く。

 きっと、風果と暮らしてもこんな事は経験出来なかっただろうな。


「儂は、果報者じゃ」


 そう、実が呟く。


「それは、私もよ」

「ぬ?」


 実が振り返り、私を見上げる。


「さ、お終い。

 寝ましょう」

「うむ」


 サラサラになった長い髪からは、確かにシャンプーのいい香りがした。


 ◆


 セミダブルのベッドで一人寝息を立てる実。

 その横で私は一人、缶ビールを呷る。


 息子の言葉。

 実の存在。

 居なくなった、血の繋がらぬ娘。

 御紘当代の死。


 ほんの数時間で、全てが変わってしまった。

 尤も、息子にとっては数分どころの話では無かった様だけれど。


「……私の……娘、か」


 ベッドの中の寝顔を見つめながら、私は一人、決意を固める。


 ◆


 ……子供と寝ると言う事はこんなにも大変なのか。

 朝、目が覚めた私は体がガチガチに固まっている事に驚かされた。

 それは、横で眠る小さな少女、実を潰さない為に無意識の内に寝返りを打たない様にしていたからだろう。

 その小さな少女は、未だ夢の中。

 余程、疲れていたのだろう。

 今日は心行くまで眠らせよう。

 彼女の頭を優しく撫で、私も再び夢の世界へと誘われていく。


 再び目が覚め、それでもまだ眠ったままの実の頭を優しく撫でる。


 彼女が、静かに目を開けた。


「おはよう」

「おはよう、ございます」


 少し戸惑いを浮かべながら実が答える。


「ねえ、実。

 少し考えたのだけれど……」


 私は起き抜けの彼女に向かい、昨晩の決意を伝える。


「貴女、私の娘にならない?」

「ぬ?」

「貴女の本当のお母様には敵わないと思うけれど、それでも……」


 この申し出に実が首を縦に振るならば。

 私はこの子の母になろう。


「……良いのですか?」

「そうすると、頼知が貴女の兄になる訳だけれど」

「……ヨリチカが兄様に……」

「どう?」

「良いのですか?」


 再び問いかけて来た実の言葉に私はゆっくりと頷く。


「儂は……果報者じゃ……。

 母を……二人も……持って……」


 笑いながら泣き出した実を優しく抱きしめる。


「実。これからは、ママと呼びなさい」

「……ま…ま」

「そう」

「……まま」


 胸の中で辿々しく私を呼んだ実に答えながら、私は彼女の髪を優しく撫でる。


 彼女が落ち着いたら一緒に朝食のバイキングに行って、それから不動産屋に電話しよう。

 家族三人で暮らせる家。

 新百合ヶ丘のマンションを早々に契約しなければ。

 そして、やっぱり赤のダッフルコートを買おう。

 それから、ディズニーランドに一緒に行こう!

 ついでに息子も連れて。いや、あいつは良いか。デートで行け。誰かと。

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