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再開する新たな母子・上

 御楯響子ミタテキョウコ


 名前の由来は?

 父に尋ねた事がある。


 強固な盾。

 そう生きて欲しい。


 なんて事はない。唯の駄洒落だった。

 でも、子供の私はそれが気に入り、そう生きようと思った。

 だから、私は誰よりも強くなろうと決めその日から泣くのをやめた。



 直毘ナオビの一族。

 御天宗家に次ぐ、庶家七門の一つ。

 御楯の一人娘として生まれ育った私はマガと戦う事を宿命付けられ、そして、家を繋げる事を暗に望まれていた。


 将来を、生き方を決める自由は無い。

 それに、疑問を抱いた事は無かった。


 あの人に会うまでは。


 上野うえの侑斗ゆうと


 大学進学で上京し直ぐに知り合った男。

 役者を目指すと言っていたけれどその当時は端役を貰うのすらままならない。

 そんな男。

 人好きのする笑顔と、包み込むような優しさ。

 でも、その人と一緒になれないのはわかっていた。

 住む世界があまりに違うから。

 それでも惹かれ、やがて妊娠する。


 私は、彼に一言別れを告げて消えた。

 困惑と涙を浮かべる彼とは対照的に、私は静かに、無感情に。

 身に宿った子は一人で産んで育てて行こうと決めた。


 父は激怒し、母は泣いた。

 だけれど、産むと決めた私は折れなかった。


 自分に似ない様に。

 そう言う願いを名前に込める。

 人に頼る事、頼られる事の喜びと強さと弱さを知って欲しい。

 そんな風に生きて欲しいと言う願いを。


 だが、その名を送った子は産んだ私が抱くよりも前に連れて行かれた。

 禍津日マガツヒを納める器として。

 だが、それは私が申し出た事だった。


 荒ぶる神の脅威は知って居たし、それを無視できる様に育っては居なかった。

 そして、もう一人の器の候補である当代の妾の子。その母である神楽かぐら朱音あかねにはそれを受け入れる事が出来ないと、そう思ったからだ。

 さめざめと泣く彼女を見て、そう感じた。


 三ヶ月後、私の元に赤い目をした頼知が戻って来た。

 私は一人、頼知を育てながら大学へ通う。

 だが、そんな暮らしは土台無理があったのだ。

 暮らしは日に日に荒んで行く。

 一年後、父と母が無理矢理頼知を私から引き剥がし連れて行った。


 抗いきれず、それを受け入れる。

 それ程までに、暮らしも精神も追い詰められていた。

 自分の為に頼知を捨てた。

 その夜、私は泣いた。ゴミだらけの部屋の中で。

 一晩泣き通し、そして、二度と泣かないと誓う。


 二年後、大学卒業と同時に公安八課に配属になった。

 私の事情を知っている人もいたが気にせず働いた。

 ただ働く事。

 それが、頼知を捨てた私の贖罪だと信じ込んで。


 そして、事件が起きる。


 五歳になった頼知は、人を壊した。

 殺したのはマガに取り憑かれていて、そして、状況から人を襲おうとして居たのだと判断された。

 頼知が裁かれる事は無かった。

 だが、彼は知らず人殺しの十字架を背負うことになる。既にマガに深く侵食され、殺すしか祓う術がなくなっていたとしても。

 私が背負わせたのだ。

 その時の私に、泣く資格なんて無かった。


 そして、頼知は御天の庇護下に置かれる事になる。

 御天の当代へ、息子を引き取りたいとそう申し出た。当然の事ながら、その申し出は却下される。

 だが、一つの条件を提示された。


 養子縁組。

 神楽朱音の娘は、私の娘になった。


 その娘が、封印を御せるならば。

 そう言う条件で、二人と暮らす事に含みを持たせられた。


 私は、二人を引き取る日を夢見た。

 だが、同時に怖かった。

 子を捨てた母をどう思って居るだろうか。

 負うべき不幸を我が子に肩代わりさせた血の繋がらない娘を愛せるだろうか。

 三人で暮らす事に現実感が沸かなかった。




 そうして、また月日が流れる。



 ◆



 三ヶ月に一度ほど、遠目に見る。

 休暇の日に彼ら二人が住む家の近くで車内で息を殺す。私はそんな事しか出来なかった。


 その日も、そうだった。

 だから、一度去った筈の御剣の愚息が危なっかしい運転で戻って来るの見て酔って居ると直ぐにわかった。

 そこで、止めていれば。

 後の悲劇は防げた。

 だが、私は子供達の前に出る事を恐れた。自分の姿を晒す事を。


 彼らの身の回りの世話をして居た式神が突然に消えた。

 そう母から連絡を受け、直ぐに車をその家の庭に乗り付けた。

 開け放たれた玄関。

 何が起こっているのか想像するのは簡単だった。

 家に土足で上がり込むと同時にガラスの割れる音。廊下を走り奥まった部屋の更に隅で小さく震える神楽風果を目の当たりにする。

 彼女は、力で無理矢理に引きちぎられたシャツを必死に抑えていた。

 打ち破られた窓の外、庭に放り投げられ白目を剥く男がまだ下着をつけて居るのを見て、最悪の事態にまでは至らなかった事に胸を撫で下ろし、怒りに飲み込まれた我が子へ拘束の術を掛ける。

 二人の感情を肩代わりして、御剣の男を殺そうかとも思ったが、それが全員の立場を悪くする事にしかならないと言う理性が勝ってしまう自分が情けなかった。

 神楽風果に上着を掛けようと近寄るが、それを振り払いその子は外へと飛び出して行く。

 地に縛り付けられても尚も暴れる我を失った息子。

 そして、そんな息子に涙しながらすり寄って行く神楽風果。


 その光景を見て、私は今までの生き方を後悔した。

 臆病な自分が、二人を追い込んだ事に気付かされた。




「三人一緒に暮らしましょう。東京で」


 御剣の愚息は病院へ運ばれ、頼知は御天の地下牢に入れられた。

 私は無理矢理休暇を願い出て、風果の側にいる事にした。

 そして、そう決意を伝える。


 彼女は僅かに眉を上げたけれど、何も言わなかった。

 結局、頼知が戻されるまで一ヶ月。

 会話らしい会話は無かったけれど、私はこの子の、いや、この子達の母になりたいと心からそう思った。


 もう、泣く事から逃げて後悔はしたくない。


 本当は直ぐにでも二人を連れて行きたかったのだけれど、事件を起こした器、それは許されなかった。

 だから、二年。

 そう御天当代に首を縦に振らせた。

 私の公安八課での十年近い歳月は、それぐらいの取り引きができるだけの物になっていた。


 私はその日を心待ちにして、準備を進めた。

 風果にメールを送り、住む所や、進学先の制服、それから、やりたい事、行きたい所。

 そんな質問をいくつもしながら。


 ◆


「ペット、かぁ。

 良いけど、面倒見れる?」

「たっぷり……可愛がります」


 風果が俯きがちに言う。


 その分、家賃は高くなるだろうな。

 本格的に切り詰めないと不味いかもしれない。

 いや、飲む回数を減らせば良いのよね。


 ……大丈夫。

 私は二人の母になる。

 だから、呑んだくれてばかりいられないのよ!


「わかった。

 じゃ、ペット可の物件にするわ」

「あ、無理なら良いです」

「無理じゃ無いわよ。

 その代わり、きちんと可愛がる事」

「はい!」


 やっぱり、郊外だな。

 多少、満員電車は我慢せざるを得ないだろう。

 京王か、小田急か。

 ……温泉と湘南に行ける事を考えたら小田急かな。

 京王だと高尾山しか行けないし。

 西武線は、無い。

 とすると、候補は絞られるわね。


「じゃ、候補はいくつかあるからまたメールで送るわ。

 頼知には内緒ね?」

「はい」


 反抗期真っ盛りの息子と暮らす事はこの上なく不安だ。

 なのでギリギリまでそれを告げるのを先延ばしにしようと思っている。

 面倒臭い。反抗期。世の母親方は皆、これを経験しているのだろうか。

 いや、我が家の場合少々事情が異なるのよね……。

 まあ、風果がいれば何とか耐えられるわ。

 この子は、優しい。

 むしろ、この子だけで良いくらいだ。引き取るのは。


 久しぶりにあった子供達に対し、そんな感想を抱きながら車を走らせる。


 高速に乗る前にスマホから呼び出し音。


「はい」


 ハンズフリーでそれに応対する。


『あ、課長?

 今、何処ですか?』


 部下だ。

 少し、声色に切迫感を感じる。


「御天のお膝元」


 公安八課ならばこれで通じる。

 鹿島神宮がある茨城県鹿嶋市なのだと。


『良かった。

 近辺から、異常な反応が有りまして。

 課長、調査して来てください』

「お前、上司を使いパシリにするとは良い度胸だな?」

『いや、神かも知れぬと、部長が騒ぎ立ててまして』

「……わかった。地図、送れ」


 神。

 そう言われ、私は引き返さざるを得なかった。

 それは、息子が、息子の中に封ぜられた凶神が暴れた事なのだろうと、そう思えた。

 いや、半ばそう確信していた。

 そして、その事が、思い描いた三人の生活を打ち壊す事になるのだろうとそう思ったのだ。


 だが、送られて来た座標へと向かう車のフロントガラスに越しに空へと向かう白い龍を目の当たりにする。


 一体、何が起きているのだ?

 この先で……。


 ◆


 車から降り、そして土手の上で倒れた御紘の当主とその側で俯く娘、杏夏を目にする。

 その奥に、息子と……着物を着た小さな女の子。


 どう言う事?

 事態が飲み込めない私の前で、息子は杏夏ちゃんの側へ行き、その肩へと手を回す。

 そして、息子の胸へと顔を埋める杏夏ちゃん。


 ……え!

 待って待って。

 そんな話、聞いてない。

 二人が、付き合ってるなんてそんな話!

 あ、違う。

 そんな事は後回しだわ。


 疑問を棚上げにして御紘当代の元へ。


 首筋に手を当てる。

 ……脈が無い。

 急ぎ、心臓マッサージを。


「……何が……あった!?」


 蘇生措置を施しながら、二人へ問いかける。


「色々。

 後でちゃんと説明する」


 そう、息子が答える。

 御紘当代は息を吹き返さない。

 聞こえていた救急車のサイレンが止まり、救急隊が駆けつける。

 タンカとAEDを手にやってきた彼らへバトンを渡し、腕時計に目を落とす。

 ……おそらく蘇生は叶わないだろう。


 ◆


「いえ、詳細はまだ不明です。

 はい。

 すいませんが、明日は有休をもらいます。

 何かあれば逐一。

 はい。

 お疲れ様です」


 まだ何もわかっていない事と、御紘当主の訃報を上司に告げ電話を切る。

 その間に救急車は父娘を乗せ走り出した。


「記念病院」


 二人を送り出し、私の車までやってきた息子が短く行き先を告げる。


「その子、何者?」

「実姫。式」

「……式?」


 ……反抗期の男子が、幼女を式神と言い出した。

 ……育て方、間違ったわ。

 まあ、満足に育ててないけれど。


「そ、そう」

「実じゃ」


 幼女が手を上げる。

 式神にしては、実在感がある様に見えるのだけれど、まあ着物を着ているなんて実在の子供では有り得ないからそうなのだろう……。

 にしてもよ?

 それにしてもよ?

 男子が幼女の式神はどうなのだ?

 グラビアアイドルみたいな子を連れててもそれはそれで複雑だけれど……。


 混乱する私を他所に、後部座席へと乗り込む二人。

 運転席に座り、ルームミラー越しにその二人を見て……。


「頼知!

 アンタ、眼!」

「ん、ああ。

 禍津日マガツヒは居なくなった」


 そう言いながら左目を抑える様に手を当てる。

 私が言いたいのはそっちじゃないけど。

 だが、時折赤く見えて居た右目の奥にその色は無い。


「居なくなったって、どうして?」

「まあ、話すと長くなるのだけれど取り敢えず、車出して」

「あ、はい」


 なんだろう。

 息子が、変だ。

 妙に落ち着いていて、私に対しても普通に接している。

 だが、その後に息子から語られた言葉はそれ以上に信じがたかった。


 ◆


 病院に着き、御紘当代の正式な死亡が告げられ泣き噦る娘とそれに寄り添う息子。

 その光景を見ながら息子より告げられた話を反芻する。


 真経津マフツ

 御鏡に伝わる結界術。

 その中に閉じ込められていたと言う俄かには信じがたい話。

 だが、それを裏付ける様に風果の携帯は呼び出し音のまま繋がらず、私の横には相変わらず所在無げな面持ちの着物の女の子。実。


「ちょっと……良いかしら?」

「ぬ?」


 一言断りを入れ、その首筋へ手を当てる。

 ……脈がある。

 即ち、生きているのだ。この子は。

 ……誘拐……。

 そこまで堕ちたか……息子よ。


「……儂は、どうしたのであろう?」


 そう、真っ直ぐに見つめ問われる。


「覚えている事は?」


 しゃがみこみ、彼女と目の高さを合わせ問う。


「……瀬織津比売様に会うたのじゃ。

 光の中で。

 ヨリチカが放った白い矢。

 その光に導かれ、儂も。

 その先で」


 実と呼ばれた子がたどたどしく語り始めた。

 私はそれを頷きながらゆっくりと聞く。


「儂は瀬織津比売様に問われた。

 どうしたいか、と。

 儂は……母上にお会いしたいとそう答えたのじゃ」

「それで?」

「そうしたら、瀬織津比売様はこれを儂に下さったのじゃ」


 そう言いながら、懐から取り出したのは小刀。

 霊力を帯びた、神刀。

 彼女が手にしたその刀が淡く光りを放つ。


 直後、走馬灯の様に脳裏に映像が走った。

 母であろう女性に抱かれた光景、幼くして柱とされた風景、その後の長く重い孤独な闇、息子と思しき侍、後光を背負う女神……。


 この子は、確かに古代の死者で、瀬織津比売の霊剣、顕明連の力により黄泉返ったのだとそう頭が理解する。

 理解した直後、彼女の手の中で刀が砕ける様に消滅した。


 とは言え、どうすれば良いのだろう。

 突然、現代に女の子を一人、黄泉返らせて……。


 他にも問題は山程ある。

 まずは……着る物をなんとかしないといけないかしら。

 明日休みにして良かった。


 ◆


 その後、再度上司に報告を入れ、実家に電話をし、事情聴取に来た地元警察に説明をし、駆けつけた御紘当代の奥さんと先代へ挨拶をしてとそう言ったバタバタが片付いた頃にはすっかり日が暮れて居た。


 その間、大人しく長椅子に腰を下ろしじっとして居た実。


「母さん、この後どうするの?」


 杏夏ちゃんの側から戻って来た息子。


「こっちに一泊。

 宿は取った」

「あ、そう。飯は?」

「どこかで食べる。アンタ、もう良いの?」

「ああ」


 そう言いながら、名残惜しそうに振り返る息子。

 その視線の先に御紘の娘。


「なら行きましょう。

 何が良い?」

「ラーメンかなぁ」


 確かロードサイドにあったな。

 その前に実の服。

 私の替えの下着も買わないと。


「実、行くわよ」

「う、うむ」


 立ち上がった実に向かい、息子が右手で印を結び、そして首を傾げる。


「もう、アンタの式じゃないみたいよ」

「は?」


 私は実の手を引き歩き出す。

 ……小さな、子供の手を。

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