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亡者の群れの中で⑦’

 ……間に合うかなぁ……。ヤバい。

 何度も何度もスマホの時計を見て、そして、参宮橋から明治神宮にある弓道場までの道をマップアプリで確認する。

 昨日降った雪で大幅にダイヤが乱れた電車。

 でも、大会は予定通り。

 もう少し、余裕を持って家から出ていれば良かった。

 そんな後悔も、後の祭り。

 後はもう、天に祈るしか出来ない……。


 そんな祈りが通じたのか、電車が参宮橋の駅へと滑り込んだのは、大会開始のギリギリ十分前。

 走れば間に合う!


 満員の電車の中で私はドアの前に立ちそれが開くのを待つ。

 開きかけたドアの隙間をすり抜ける様に電車から降り、目の前にある改札を猛ダッシュで抜ける。


 歩道はまだ十分に雪掻きされてない。

 これならば……車道の轍を走り抜けた方がマシかな。


 そんな、迂闊な考えで私は車道へと向かい、そこに飛んでくる鋼鉄の塊と……。


 何度も繰り返し夢に見た、過去の事故。

 取り返しのつかない瞬間。


 でも、その時の夢だけは何時もと違っていた。


 車道に飛び出す寸前に、掴まれた腕。

 直後、目の前を通り過ぎていく車。


 恐怖の光景から私を救い出すようにかけられた声。


「……大丈夫?」


 その相手の顔を確認する前に目が覚めた。


 ……いつの間に眠ったのだろうか。


 そして、私にもたれかかり同じ様に寝息を立てる男の子。


 随分と久し振りに、心地良く目が覚めた気分。


 若いなぁ。高校生か。

 その男の子の重さを感じて、少し体勢が辛くなって来た。

 どうしよう。

 荷物袋を枕がわりに寝かせて、コーヒーを淹れに行こうかな。

 頭を支えながら、そっと体をずらして……。


「ヤベェ!」


 途中で叫び身を起こすライチくん。


「どうしたの?」


 何がヤバいの?

 そこで状況を把握したのかゆっくりと頭を下ろして来るライチくん。

 そして、私の足の上に頭を乗せて見上げる。


「……寝てた?」

「寝てたね」


 そっとその頭を撫でる。

 まあ、頑張ってたからね。

 きっと、私の見てない所でも。


「……夢?」

「夢の方が良い?」

「夢なら醒めないで欲しい」


 素直だな。

 会った時はあんなにツンツンしてたのに。


 でもね。


「残念ながら夢ではありません」


 だから、事故の前に私を助けた人なんていないの。


「コーヒー、飲む?」

「……飲む」

「じゃ、行こうか」


 身を起こすライチくん。

 私は立ち上がり、手を差し出す。


「水を汲んで、お湯を沸かして、それから、帰ろう」

「うん」


 手を握り返したライチくんを引き上げる。

 さあ、一緒に帰りましょう。


 ◇


 世界が終われば良い。

 そう願った。

 だから世界が終わる。


 星空の下でそれを待った。

 それはもうすぐ叶う。


 星が一つ流れて行った。

 白く輝く矢の様な星が。


 空が割れていく。


 世界は終わらない。


 願いは、拒まれ弾かれた。

 だけれど、守り包まれる。


 ◆


 一瞬、目の前が真っ白になった。

 放たれた力。

 貫かれる女性。

 何度目かの悪夢。

 違う。

 今度こそ。

 そう、今度こそ。


 反射的に、手を突き出した。

 届かない。

 いや、届く。届け!


 亟禱きとう 飛渡足(ひわたり)


 弓を構え直したイツキを跳ね飛ばす。

 直後、オレの背後、イツキが立って居た所を光線が走り抜ける。


 それを放った水の玉はまるで俺達をあざ笑うかの様に不規則に飛び回る。


「……退きましょう」


 体勢を立て直したイツキが俺の背後で言う。


「いや、行こう」

「当たりっこ無い!」

「動かない的ならば、避けない的なら……当たる!」

「でも……」

「止める! 的は、俺が!」


 叫び、イツキの声を待たずに走り出す。

 そして、内なる声をそのままに。


「極冠に吹く死の風

 灼熱に踊る雪

 全てはあの悔恨の為

 唱、伍拾参(ごじゅうさん) 現ノ呪(うつつのまじない) 千殺月(ちさつき)

 祓濤(ばっとう) 火雨花落(ひさめはなおとし)


 右手に現れる刀。

 全てを焼き切る氷の刃。

 それを手に。


 再び放たれた光。


 斬れる。

 そう。

 この刀に、斬れぬ物は無い。


 振り抜いた刀が、迫る光を弾き、消し去る。

 そこから放たれた冷気の斬撃は浮かぶ水玉へと飛び行く。

 

 音すら立てず、水玉が宙で凝固する。

 直後、真っ直ぐに的を打ち抜いた矢が水玉を霧散させた。


 ◆


 勝った……。


 真っ直ぐに飛んだ矢は、氷漬けになった水の玉を打ち抜き倒した。

 何が起こったのだろう。

 無我夢中で分からなかったけれど、一射目を放った後に、突然ライチくんが私を突き飛ばした。

 そうされて居なければ、私は光に撃ち抜かれて居たかもしれない。


 そして、そのライチくんは私に背を向け呆然と佇んでいる。


 どうしたのだろう。


 どこか、怪我でもしたのだろうか。

 念の為、弓に矢を番えながらライチくんへ近づいて行く。


「……どうしたの?」


 自分の右手をじっと見つめるライチくん。


「何が……起きた?」

「何って、勝ったじゃない」

「そうじゃ無く……ヒワタリ……禁呪……いや……それより……ヒサメ……ハナオトシ?」

「勝ったよ。日が落ちる前に帰ろう」


 ライチくんの背を軽く叩く。


「帰る……」

「そう」


 そう言う約束でしょ?

 見上げたライチくんが、そこでハッとした様に一瞬顔を赤らめ目を逸らす。


「そうか、帰る……帰れるのか」

「そう。

 それで……向こうで会いましょう」


 そう言って歩き出す私の横に並び歩くライチくん。

 

「会えない……かも知れない」


 歩きながら、そう呟く。


「どうして?」

「多分、覚えてない」

「ん? 私との約束なんて、覚えていられないと?」

「違う。俺は……向こうに戻ったらイツキさんの事を忘れてしまう」

「どうして?」

「力の代償」


 なんだ。そう言う事。

 そういうこともあるのか。


「手、出して」

「手?」


 彼が出した右の手の平。

『1/11 井の頭公園』と、瓦礫の中で見つけた油性マジックで書いてみる。

 来週の日曜日。


「……なにこれ?」

「これなら、忘れないでしょ?」

「これ、向こうに持っていけるの?」

「さあ?

 ま、ダメだったらそれまでかな」

「いや、うん。覚えた。で、また書く」


 そう言って笑いながらその右手を見つめるライチくん。


「よし。覚えた!」


 ガッツポーズをするように、その右手を握りこむライチくん。

 なんか、何だろう。

 若い子を騙している様で気が引ける。

 いや、何も騙してはいないのだけれど……高校生相手にしたら、犯罪よね。


 まあ、それは言うまい。

 会って、その時考えよう。

 多分、その時の私は今よりは冷静だろうから。

 取り敢えず、和カフェでも行こうかしら。


「じゃ……またね」

「うん」


 嬉しそうに手を振り、門へと触れるライチくん。


 私も続かないと。


 その姿が消えた後を…………

 ……ピピピピッピピピピッ


 ん……。


 んん……。


 ん!


 スマホの目覚ましを止める。

 何か、夢を見たけれど……何だろう。


 何だろう。

 何か、忘れてる?


 ベッドの中で……スマホを確認。


 一月十一日、日曜日。

 今日は部活はお休み。


 予定は……無い。

 無いはずなんだけれど……。


 何だっけ?

 何か、無かったかな。


 でなければこんなに早く起きる必要も無いし……。


 何処かに何か忘れ物をした様なそんな気持ち悪さは朝ご飯を食べてもずっと離れず。


 行かなきゃ。

 ……何処へ?

 約束。

 ……誰と?


 うーん。

 わからないまま、私は寒空の下当てもなく外に出て……で、井の頭公園の入り口にいる。


 誰を待つでもなく、誰かを待っている。

 寒いなぁ。


 ガードパイプに寄りかかり、イヤホンで大好きなMaaの曲を聞きながらぼんやりとしていた。


 いつからだろう。


 私と同じように、横で誰かを待つ男の子。

 同い年かな。

 デートかな。

 でも、ずっと待ってるって事はすっぽかされたか、振られたかか、かな。

 そして、私は何をしているのかな。



 それから一時間ほど。

 その場から動かない二人。


「待ち合わせですか?」


 暇なので、イヤホンを外し声をかけてみる。


「……どうなんでしょう」


 その男の子は首を傾げ、少し苦笑しながら答える。


「違うんですか?」


 あ。

 ストーカーさんかな。

 迂闊に声をかけたらまずかったかな。


「何でここに居るのか、自分でもわかんないんですよ」

「へー」


 頭の不思議な人かも知れない。

 彼は自分の右手に視線を落とす。

 そこに、マジックか何かで字が書いてあった。


「実は、私もなんですよね」


 流石に手に文字は書いてないけど。


「ん?」

「私も、何でここに居るのかわからないんですよ」

「……へー」


 自分でも、変な事を言った自覚はある。

 でも、相手が私の言葉にドン引きしたのは許せなかった。


「いえ、いつもこんな事してる訳じゃないですから」

「……それは俺もなんですけど」

「その手、何て書いてあるんですか?」


 問いかけに相手は自分の右の手の平を私に向ける。


『1/11 井の頭公園』


 それは、何度か書き直した様で文字が何重にもなっていた。


「忘れっぽいんですか?」

「そんな事ないけど」

「私もたまにやりますけど、流石に書いたらその文脈は覚えてますよ?」


 私の言葉に、男の子は口を尖らせながら自分の手を見つめる。

 そして次に左手を。


「そっちは、何が書かれているんですか?」

「……何も書いてないですよ」


 露骨に目を逸らしながら答える男の子。


 ……気になるなぁ。


「何が書かれているんですか?」


 重ねた問いかけに、観念したのか男の子はそっぽを向きながら左手を見せる。


『イツキ 約束』


 ……約束。井の頭公園。

 私と?

 私の約束は誰と?

 ライチ。

 そう言えば、夢でそんな人に。

 夢?


「あの、何処かでお会いしてます?」

「え? ……いや、そんな事ないと思います」


 どうしてそんな事を聞いたのかわからない私に男の子は露骨に眉を顰め首を傾げながら答える。


「ですよね」


 私は再びイヤホンをはめて、誰かを待つ。

 男の子は文字の書かれた両手をコートのポケットに入れた。





 ……もうお昼か。

 帰ろうかな。


 そう思い、寄りかかっていたガードパイプから離れる。

 全く同じタイミングで男の子も。


「私、そろそろ帰ります」

「奇遇ですね。俺もです」


 知り合いでもないのに二時間近く一緒に居た男の子に軽く会釈をして背を向ける。


「……あの」

「はい?」


 呼び声に振り返ると、男の子の真面目な顔。


「誰を、何を待ってたかわからないんですけど、それは貴女なんじゃないかって……」


 そう言って、耳を赤くし目をそらす男の子。

 約束。

 ここで。

 あの人と。

 相手は少ししどろもどろに続ける。


「いや、そんな訳、ないですよね。何言ってんだろう俺。ごめんな……」

「奇遇ですね。私もです」

「……さい?」


 そう答えた私に彼が意外そうな顔をする。


「お茶、飲みに行きませんか?」

「俺、この辺の店、知らないんです」

「行ってみたいお店があるんです。

 和カフェなんですけど」


 良いですか?

 声にする前に頷きで返事が返る。

 そう言えば、名前も知らない。お互いに。


「私は桜河祈月って言います。

 今更ですけど」

「……イヅキ?」

「祈る月と書いて祈月。

 イツキとも読めます。

 じゃ、やっぱり私と約束したんですね」

「え……あ、御楯頼知です。

 頼るに知るでヨリチカ」


 律儀に漢字を教える御楯さん。

 頼……知……。


「ライチだ!」

「え!?」

「いや、何でもないです。ただ、私が待ってたのも御楯さんなのかもって、思いました」

「え?」


 ま、そんな訳無いのだろうけれど。

 でも、それはそれで素敵なのだと思った。

 なんでだろう。


 ◆


 ……間に合うかなぁ……。ヤバい。

 何度も何度もスマホの時計を見て、そして、参宮橋から明治神宮にある弓道場までの道をマップアプリで確認する。

 昨日降った雪で大幅にダイヤが乱れた電車。

 でも、大会は予定通り。

 もう少し、余裕を持って家から出ていれば良かった。

 そんな後悔も、後の祭り。

 後はもう、天に祈るしか出来ない……。


 そんな祈りが通じたのか、電車が参宮橋の駅へと滑り込んだのは、大会開始のギリギリ十分前。

 走れば間に合う!


 満員の電車の中で私はドアの前に立ちそれが開くのを待つ。

 開きかけたドアの隙間をすり抜ける様に電車から降り、目の前にある改札を猛ダッシュで抜ける。


「お待たせ! おはよう」


 改札の外に、わざわざ応援に来てくれた御楯くん。


「あっ!」


 突然、御楯くんが私の体を抱きしめる。まるで何かから庇う様に。

 真っ白になる頭の中。

 直後に轟音。

 御楯くんの肩越しに見えた破壊的な光景。


「危なっ。大丈夫?」


 どうやら、車が雪でスリップして車止めのポールにぶつかったみたい。


「……平気」


 体は、全然平気なんだけど、心臓が凄くドキドキしている。

 どうしよう。

 これから大会なのに。

 平静に臨まないといけないのに。

 突然起きた事故に対する怖さでは無く、もちろん、怖かったのだけど……それ以上に……何だろう。この気持ちは。


 冷え切った彼のコートにそっと顔を埋める。



 私を助けてくれた人。



「行こう」

「うん」


 御楯くんに手を引かれながら走り出す。

 胸の高鳴りは大きくなるばかり。



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