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別れ終わり再開する

「綺麗ね……」

「ああ……」


 仰向けに倒れたまま空を見上げる。

 もう、起き上がる力も無い。


「前に一緒に星空を見た事があったっけ?」


 左から夏実の声がするが、そちら側の視界は無く。

 首を回す気力すらない。


「あった」


 風果と杏夏と三人で。

 霞ヶ浦に上がる花火を見た後に。


「……どっちが本当なんだろう」

「……どっちもだろ」


 だけれど、俺達は選ばなければならない。

 どちらの世界へ戻るのかを。


「御楯は……向こうへ戻りな」


 繋いだ左手に僅かに力を込めながら杏夏が言う。


「どうして?」

「待ってる人が居る。

 君を。

 ……きっと」

「その人は、もういない」

「……覚えてない。それは、私の所為でしょ?」

「違う。

 俺が決めた事。

 夏実を助けるって。

 ……何を捨てても」


 それは……叶った。

 叶った筈だった。


「なのに、夏実は逃げる様に消えて行った」

「消えて無いけどね」

「だから、今度は消えない様に掴んで……おく」


 絡めた左手を強く握る。


「……馬鹿ぁ……」


 涙声の杏夏が手に力を入れ返して来る。


「……泣いてんの?」

「こっち……見んな……」

「いや、左目、全く見えないけど」

「……痛いの?」

「超痛い」

「痛いの痛いの飛んでけー。

 どう?」

「超痛い」

「そこは嘘でも良くなったって言いなよ」

「良くなった」


 超痛い。


 空の頂点から周囲にかけステンドガラスの様に広がる亀裂。

 そこから、星空が七色に光りながら剥がれ落ち粒子の様に消えて行く。

 その向こうは暗闇。

 加速度的に広がりゆく崩壊はやがて地平へと達し、気付くと俺達は洞窟の中に戻っていた。


「兄さん!」

「アンコ!」


 呼び声に、右手だけ上げて答える。


 ◆


 風巻さんにユキ先輩特製とか言う痛み止めをもらいなんとか動ける様に。

 と言うか痛みはピタリと止まった。

 その代わり少し悪寒がするのだけれど。

 そのユキ先輩って、俺の知る人だろうか。

 忘れかけていた笑顔を思い出し身震いする。


 そして、泣き顔の風果に支えられ歩く事暫し。


 黒い繭があった場所、二人の蛇が絡まり合っていた場所。


 その前に並ぶ四人。

 宙に浮かぶ小さな鏡。

 覗き込んだその中に、俺達の姿は無く。


 ただ、これが結界であり、世界の境界だとそう理解した。

 この向こうは別世界なのだと。


「アンコ……行っちゃうのね?」

「リンコ……」


 風巻さんが夏実の手を両手で包む様に握りながら問う。


「アンコ、それとヨッチ。

 私、二人が居なくなった事にずっと気付かなかった。

 ムカつくよね。

 友達だって思ってた私が、その友達の事を忘れてしまったのに、胡散臭い執事長はそれを覚えてる感じなの。

 それでも、ずっとずっと心の何処かで引っかかってた。

 それがわかったの。

 私が、何をし忘れていたのかを」


 そこまで言って、風巻さんはとびっきりの笑顔を見せる。


「友達をね、笑って送り出す事!

 バイバイ! アンコ。私の騎士ナイト様。

 じゃね! ヨッチ。アンコの事、泣かさないでよ!」

「リンコ!」


 夏実が風巻さんに抱きつき、顔を埋める。


「兄さん」


 その横で風果が、翳りを帯びた微笑みを浮かべ俺を見る。


「……私は、一緒には行きません」

「そうか」


 彼女の言葉に、特段驚きはなかった。

 そして、その決断を否定し、考えを翻す様に説得するつもりなど毛頭無かった。

 直毘ナオビなど関係の無い世界で、普通に生きる。

 それが彼女の望みなのだろうから。


「幸せにな」


 少しの間、同じ屋根の下で暮らした血の繋がらぬ妹を軽く抱擁する。


「響子さんに、よろしくお伝え下さい。

 それから、約束守れなくてごめんなさい、と」

「ああ」

「兄さん……杏夏。

 どうか、お達者で……」


 こうして、短い別れを交わした後に俺と夏実は鏡へと触れる。


 ◆


 また、暗闇の中に居た。


「二人は戻るのか?」


 並び立つ俺と夏実に向かい合い、そう問いかけたのは白雪。


「パパを……助けないと」

「天津甕星はそのままにしておけない」


 白雪は目を細めゆっくりと頷き、踵を返し歩き出す。


「では、ついて参れ」


 白雪に導かれ、二人暗闇へ歩き出す。

 背後で、鏡が割れる音がした。


「俺達の居た世界はどうなる?」

「何も変わらぬ。

 主ら二人は鏡に映り込んだ様な存在。

 それが消えようとも、元から無かった様になるだけであろう」


 風巻さんが言っていた俺達を忘れると言うのはそういう事か。

 世界が、俺達の居ない世界として成り立つ。初めからそうであったかの様に。

 いや、元はそうだったのかも知れない。

 だが、それはどちらでも良い。


「風果は、どうなるの?」

「変わらんだろう。

 元の世界へと戻り、そちらの世界で神楽風果として生きる」

「そうか」


 行く先に、小さく光が見えた。

 夏実が繋いだ手に力を入れた。

 少し、その緊張が伝わる。

 静かに、その手に力を入れ握り返す。


「……勝てる……?」


 向かう先に神が居る。

 不思議と、負ける気はしなかった。

 根拠は無いけれど。


「心配はいらんであろう。

 主らの得た力を信じよ。

 それに瀬織津比売が、むざむざとその体を手放すとも思えん」

「え?」


 そう言われ、失った目が元に戻っている事に気付く。

 消失していた視界。

 右眼に再び神が宿ったか。


 ……だからと言って力を貸してもらえるとも思えぬ。いや、アテにしない方が良い。


「さて」


 光を背に、白雪が振り返る。

 まるで後光が差している様だ。


「御紘の娘よ。

 加護はこれまで。

 御楯の後嗣こうし

 後は任せたぞ」


 白雪がそう言った直後、視界が真っ白になった。



 ◇



 ……違和感。

 目を落とすと、腹部から刀の切っ先が飛び出して居た。


「パパ!」


 背後で夏実の叫び声。

 そして、目の前に金色の目を持つ神が一柱。

 天津甕星。


 御紘の親父さん、御紘龍市郎は杏夏に任せよう。

 腹に刺さった刀に左手を添える。


 お帰り。

 仄かに赤く光る刃、陽光一文字。


 還。


 内なる声に応え、その刀が俺の中へと納まる。


 ――さあ、その体……


 再び天津甕星が俺に向け手を伸ばす。


 祓濤(ばっとう) 陽光一文字


 解き放つ、内なる刀。

 この世界へ天津甕星が連れてきた、俺の力。

 静かに振り上げ、天津甕星の伸ばした腕を一刀で切り落とす。


 ――何……?


 神の顔に、微かな驚きの色。


 刃に、瀬織津比売の力を乗せた。

 熱を帯びる刃で、瀬織津比売の力は湯気となり立ち上る。


 続け様に袈裟斬りに振り下ろす。

 手ごたえはあった。


 たじろぎ、後退する天津甕星。


「そこに、槍があるぞ?」


 俺の忠告より前に槍の穂先が天津甕星の胸を貫き飛び出る。

 それは彼がかつて持っていた槍。

 今、それを手にするのは俺の式神、実姫。

 どうしてここに居るのかはさておき。


「お返しじゃ」


 武器を手にニヤリと笑う童女。

 その額に角は無く。


「祓え給い、清め給え」


 暝目し唱える。


「「祓え給い、清め給え

 祓え給い、清め給え

 祓え給い、清め給え」」


 それに実姫の声が重なる。

 祝詞に応え瀬織津比売の力が水柱となり立ち昇る。

 それは、白い龍と化し天津甕星を捉えたまま天へと昇って行った。


 後に残るはドヤ顔の実姫。


 還。


 内なる声に応え、俺の手から消え去る陽光一文字。

 だが、式神は消えず。


 まあ良い。

 後回しだ。


 振り返ると土手の上に座り込む杏夏。

 その横に倒れる御紘龍市郎。


「……親父さんは?」


 俺の問いに杏夏は顔を上げずに首を横に振った。


 遠くから救急車のサイレンが聞こえる。

 それよりも早く現着したのはインプレッサ。

 運転席から飛び出して来た御楯響子は状況を理解出来ず。

 説明を求める視線を無視し、杏夏の隣へ。

 嗚咽を堪える彼女の肩へ手を回す。

 俺の胸に顔を埋め、堰を切ったように泣き出す杏夏。

 空からポツリポツリと雨が降り出して来た。

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