風花雪月⑥
「宇宙?」
「宇宙かな。
その格好にぴったりじゃん」
辺りは一面の暗闇。
遥か彼方に小さく光る無数の星。
上にも、下にも。
宙に浮いている様に思えるのだけれど、俺達の足元には体を支える地面がある。
或いは鏡かも知れない。
いや、鏡ならば俺達の姿が映る筈だからそれは無いか。
「そして、目の前には……ラミア……かな?」
俺達の前でのたうち回る二体の半人半蛇。
細く痩せこけた体。その尾は絡み合い、繋がっている様に見える。
その正体に目星をつけた夏実の言葉を訂正する。
「伏犠と女媧」
「中国神話の兄妹神? まさか」
或いは、俺と風果。
「何にせよ、やる事は変わらない」
祓い清め、終わらせる。
「時間、どれくらい?」
「……そう長く無い」
こうしているだけで体の中の力が減って行くのがわかる。
草薙切の術が切れればもう後は無い。
「実は、私も」
「なら、話は後にしよう。
帰ってから、ゆっくりと」
「…………そうね」
目を見つめ、頷き合い、そして繋いでいた手を離す。
同時に地を蹴り、左右へ別れる。
絡み合う蛇。
それを挟み込む様に、二人が対角線上へと移動する。
片方が肘を立て、匍匐で俺を追いかけて来る。
俯いた顔を覆う前髪で、その表情は見えない。
視線を転ずると遥か先に迸る幾本もの稲光。
それを避け高速で飛び回る夏実の姿は豆粒の様。
……いつの間にこんなに離れたのだろう。
空間と時間がおかしいのかも知れない。
改めて、対峙する半人半蛇へと目を向ける。
瘴気に似た威圧感。
だが、以前対峙した神達に比べどこか弱々しい。
ここは、卵の中。
対する神はまだ生まれ出ずる前。
そう言う事なのだろう。
整息。
例え相手が風果であったとしても……いや、風果であった物だとしても、今斬らねばならない。
迷いを感情を断ち、静かに剣を振るう。
空間を切り裂く剣。
敵、もろとも。
「御楯」
その太刀筋が、相手の首を刎ねるその直前に、伏せた顔を上げ、口を開く。
「……杏夏……」
思いもよらぬ相手に、咄嗟に刀を止めてしまう。
「苦しい……力が……欲しい」
一瞬、相手の言葉に耳を傾けてしまった俺の眼前へ迫る手。
下がり避けようとする体へ巻き付き逃さんと拘束する髪の毛。
伸ばされた相手の右手が、俺の左眼を覆い、眼窩に爪を突き立て、眼球を抉り取る。
「ぐああぁぁぁぁぁぁぁ……」
激痛に耐えきれず絶叫。
……瀬織津比売を、力の源を奪い取られた。
半分になった視界。そこに一瞬、飛び込む人影を捉える。
直後、浮遊感と共に視界が切り替わった。
◆
跳ね飛ばされ、投げ出された体。
何が起きた?
激痛を堪えながら身を起こし、首を回す。
「……夏実!」
少し離れた所へ転がる彼女の体。
呼び掛けてもピクリともせず。
重い体を引きずり彼女の元へ。
……気絶して居る。
身にまとうのは、マダムに作ってもらった服。
俺を助ける為に、一度俺の所へ転移し、女媧から引き剥がす為にもう一度転移をした。
三度目の禁呪。それで力を使い果たした、か……。
遠く、絡み合う蛇がその力を増大させていくのを感じる。
ここで……終わりか。
左眼は無く、刀は全て折れた。
この体に戦う力は何一つ残っていない。
だけれど。
痛みでガンガンとする頭の中、呼ぶ声がした。
或いは叱責する様な。
奮い立たせる様な。
誰の声だろう。
風果か、実姫か、それともどちらでもなかったか。
幻聴の様なその声に呼ばれ立ち上がる。
何度言っても助けに来る夏実を守る様に。
辛うじて残った力。
それは禍津日とも瀬織津比売とも違う、俺の力。
空間の一点が眩い光を放つ。
創造神。
始原の神が産まれ、そして世界が産まれる。
それに抗う者はこの場には存在しない。
俺を除いては。
たった一つ。
そう、たった一つだけ残った力。
右の手のひらを見つめ、握る。
しなやかなる盾。
「分かつ者
断絶の境界
三位の現身はやがて微笑む
唱、拾参 現ノ呪 水鏡」
弾き、拒む力。
包み、守る力。
「祓濤 朧兎」
手の内の刀、全て手折られた俺に唯一残った力。
「祈り願おうとも届かず
気高き月はただ輝く
白く朧げに
斬神 飛翔べ、朧兎
我と共に、今再び羽ばたき貫け」
左手に現れる弓。
初めてだけれど、射法はわかる。
背筋を伸ばし、右手を弦にかける。
標的を見据え弓を上に。
弓を下げながら弦を引いて行く。
弓と弦の間に現れる矢。
半分欠けた視界。その中に敵を捉え。
左手を標的へ押し出す。右手を反対へ真っ直ぐに開く。
そうして放たれた白い矢。
それはただ真っ直ぐに狙い定めた先へと飛び行く。
そして、的を射た。
直後、悲鳴にも似た衝動。
宙に、空間に亀裂が走る。
手の中から消え行く弓。
全ての力を込めた矢を放った体はただ崩れ落ちるのみ。




