風花雪月④
蒼三日月を構え、三人の前に立つ。
直後、八重の咆哮。
それは風果の張った結界を容易く吹き飛ばし、衝撃となり襲い来る。
まるで我々の退路を塞ぐかの様に背後から火柱が上がりマグマが噴き上がる。
立ち並ぶ大蛇の首を見据える。
「直毘、御楯頼知。
参る」
「同じく、御楯風果。
参ります」
「魔法少女☆リコ!
行くわよ!」
「……ぬ?」
若干一名、ノリに付いて来れなかったが仕方無い。
「疾る。偽りの骸で
それは人形。囚われの定め
死する事ない戦いの御子
唱、肆拾捌 現ノ呪 終姫
祓濤 金色猫」
「闇飛ぶ妖精
白銀になびく水音
流る光は金色に映る
追う。咎人を
唱、参拾参 現ノ呪 灰百合
祓濤 璃璃丸」
「マジカル・ベール・キャスト・オン!」
「終いに立つは汝のみ
変幻にして曲がらず
狂気は深淵の慈しみ
斬神 閃光と成れ、金色猫
我と共に、愚者に弱さを知らしめん」
「幾千の星、幾億の光
全て記憶の中に閉じ鍵をかける
優しき面影と共に
斬神 微笑みなさい、璃璃丸
我と共に、落涙に終止符を」
「モード・メリジェーヌ!
コネクト クロー・フレーム!」
「……うむ」
『そしてぇ!』
名乗りを上げ、武器を構え、いざ敵に襲いかからんとした俺達四人に冷水を浴びせかけるようなタイミングで謎の声。
それも、イヤホンから。
『凛として美しく!
私は禁断の果実。
手にする勇気がありますか?
巻き上がる風! アプル!
今日も嵐を巻き起こす!』
えぇ!?
何で!?
『破壊の飴玉雨あられ!』
混乱する俺達を尻目に、突如として攻撃が始まる。
そびえ立つ大蛇の更に上から降り注ぐ光の雨、絨毯爆撃。
『更に!』
その衝撃が収まるか収まらないかのうちに次なる叫び。
『ユキ先輩特製! 毒入りかもしれない口噛み酒! その名も雪女の吐息!』
今度は滝の様な雨。
そして仄かに香る酒の匂い。
八本の柱が瘴気の向こうでのたうち回る。
「とう!」
呆気に取られる俺達の前に上空から現れ静かに着地を決めるアプル。
いや、風巻さん。
「まだ終わって無いよ。
さあ! 行け!
涙の再会と積もる話はその後で!」
そう笑顔で言い放ち、大蛇の方を振り向きながら真珠切を振り下ろす風巻さん。
涙なんてミリも出ないし、積もる話も無いんだけれど。
「とりあえず、行くか……」
出鼻を挫かれたものの、やる事は変わらない。
……ちょっと、テンション下がったけれど。
金色猫を手に地を蹴る。
向かうは神代の荒ぶる神、八岐大蛇。
『お兄様、あの方、お知り合いですか?』
顔を顰めたく成る程の酒の匂い。
その中で鎌首をフラフラとさせる大蛇。
その一つへ金色猫の刃を突き立てる。
「山野裂く大火
黒く染まる土
その後に出る稚児
唱、捌拾陸 壊ノ祓 雷火八重霞
……まあ、友人」
『……成る程』
何かを含んだ様な言い方で納得する妹。
「夏実、あの人、風巻さんだぞ」
『えぇ!? リンコ!?』
『イエス』
『どなたです?』
イヤホン越しに入り乱れる会話。
『五月蝿いぞ!』
怒れる実姫。
『会話をグループモードにしておいたよ!』
風巻さんのやたら明るい声が緊張感を削ぐ。
「正直、切って欲しい」
『私のナビに従えばチョチョイだよ!
アンコ!
先に右手を片付けて!』
『あ、うん』
『えっと、鎌の人』
『フーカです』
『ヨッチが取り付いた奴を刈って』
『ヨッチ?』
「俺だ」
『巨乳様は左へ……そっちじゃ無いって。
巨乳様!
聞いて!』
「実姫だ」
『ん、りょ。
巨乳様改め実様、左の首を』
『ぬ? 応』
『ヨッチはそのサポート』
「わかった」
内心、五月蝿ぇなと思いながらもその的確な指示に従い驚く程に反応の鈍い大蛇を切りつけて行く。
血を垂れ流し、それでも反撃の素振りを見せない大蛇の首は一本、また一本と丸で大木の様に地に転がって行く。
「キューティー・プロミネンス」
「終いです」
夏実の光線が大蛇の頭を吹き飛ばし、風果の鎌が最後の頭をスッパリと刎ねる。
ほぼ同時に地響きを立てながら倒れる大蛇の首。
血を流し微動だにしなくなった巨体。
……終わったか。
案外、呆気なかったな。
いや、それも全て風巻さんの飛び入りのお陰か。
「風巻さん。どうしてここへ?」
『ハナさんの命令。
結末を見届けて来いって。
そして、私の願いでもある……アンコ!』
彼女は声を上げながら夏実に飛び付き抱きしめた。
『アンコ……アンコだ。そう……アンコ』
『ちょ、どうしたのよ』
涙声の風巻さん。
そして、それに戸惑う夏実。
そんな二人を眺めながらイヤホンを外す。
なんとなく、垂れ流される二人の会話を聞かない方が良いと思った。
そんな俺の横に風果が並ぶ。
少し青い顔で口元を押さえ。
「どうした?」
「……匂いがどうも……」
酒の匂い、か。
……ロクでもない出来事を思い出したのだろう。
「もう終わりだ」
「……そうでしょうか?」
「瘴気が消えぬのう」
そう言いながら実姫もやって来る。
三人が見つめる先で大蛇の首が溶ける様に崩壊を始めた。
皮が溶け、肉は腐り、骨が崩れて行く。
末端から瘴気を発し朽ちて行くその様子を追うようにゆっくりと進む。
それは八つの首から一つに繋がった山の様な胴へと至る。




