風花雪月③
「しつこい」
「その姿でいられると困るんでね」
「ふん。
切れるか? この姿を」
挑発する様に夏実の姿でニヤリと笑う妖狐。
一足で間合いを詰め、蒼三日月を振り抜き、二足目で置き去りに。
「地の底 海の底
罪穢れ流る
妣 誘う彼方へ
満ち延びる
唱、玖拾肆 鎮ノ祓 神葬」
振り返り様に、地に落ちた首と崩れ落ちる体を金色の炎で焼き尽くし浄化する。
「夏実は……俺の好きな夏実は、そんな風に笑わない」
その炎に、そう吐き捨てる。
『ヨリチカ。
終わったぞ』
「そうか。
一度風果の所へ戻ろう」
『場所がわからぬ』
……確かに。
周りは濃い瘴気で視界は十メートルも無い。
「俺の場所はわかるか?
今、金色の炎が上がっている」
『うむ、微かに見えるのう』
「じゃ、まずここへ来い。
生き残りを刈り忘れるなよ」
『無論じゃ』
◆
実姫と合流し、夏実が持って居る御識札を目印に瘴気の中を進む。
道中、如何に実姫が大嶽丸を翻弄し戦ったのかを聞かされながら。
そして二人が待つ結界へ。
「よう」
風果の横に座る夏実に手をあげる。
「……ありがと」
何故か顔を赤らめ目をそらす夏実。
「久しぶりじゃの! 夏実」
「え、ええ。久しぶり。随分大きくなったのね」
「すごいじゃろ!」
そう言いながら胸を張る実姫。
えっと、なんか違う意味に聞こえるからやめなさい。
「もう平気か?」
「多分」
「……やはり、一度引きましょう」
俺を見ながら風果が言う。
「……行けるだろうか」
鬼の軍勢、そして、大嶽丸、九尾の狐。
今しがた討ち取ったそれらの死体から流れ出る瘴気が辺りに禍々しく渦巻いて居る。
「夏実さん。
白雪はどうされました?」
「あ、戻しちゃった。
どうして?」
「あの狐は神の使いに等しい力を感じます。
この瘴気も浄化させていただけるでしょう。
夏実さん一人くらいならお守りいただけるでしょう」
「白雪が?」
「倉稲魂命の使い。
自らそう名乗ったぞ」
「白雪が?」
頷く風果と俺。
「よくわからないけど……ちょっと待ってね」
夏実が小刀を取り出す。
「おいで。白雪。
マジカル・サモン・ファミリアー」
小刀が白い光を放ち、地に魔方陣が浮かぶ。
そして、光が弾ける。
鎮座する白狐。
「ふむ。
どうしたんだ?
雁首揃えて」
わざとらしくグルリと俺達を見渡しニヤリと笑う白雪。
「白雪。さっきはごめんね」
「あの女狐もなかなか上手く化けてたから仕方ない。
でも、これからは気をつけるのじゃな」
「さ、戻りましょう。
白雪さん、夏実さんの守りをお願いいたします」
「戻るとは、何処へ向かうつもりか?」
そう、意味有りげに小首を傾げる狐。
「何処、とはどう言う事だ?」
「どちらに戻るのかと言う意味だ。御楯の後嗣」
「……詳しく話を聞かせてもらおうか」
お前が何を知っているのかを。
俺は地に腰を下ろす。
すんなり帰る訳にも行かなくなった。
「御天の娘もおる。
では初めから話そうかの」
「もったいぶらずに巻きでお願いします」
空気を読まないドエス。風果。
まあ、その意見には全面的に同意だが。
「……儂は」
「倉稲魂命の使いで御紘の守り神。
そして今、夏実を守っている。
……御紘当代は死んだと言ったな」
取り敢えず、聞いた事を3行にまとめる。
「まあ、そうじゃの……」
「御紘当代……龍市郎さんが?」
「え? パパが? 生きてるよ?」
「生きてるってよ」
「まあ、聞け。
御紘の当代が娘に呼ばれ駆けつけた時には既に虫の息の娘。そして刃に貫かれた御楯の後嗣、その側に御天の娘がおった。
それを為した天津甕星と共に」
「兄を刺したのは私です」
狐が触れなかった事を自ら口にする風果。
「誰であろうと関係なかろう。
既に御楯の後嗣は足の先に至るまで禍津日に飲み込まれておったからな」
「それで?」
「御紘当代、御紘龍市郎は子らを救う為に自らの命を賭し術をかけた。
伊斯許理度売命の力を降ろす真経津をな」
真経津。
御鏡家のみに扱う事が許された禁呪にして神をも閉じ込めると言う結界術。
一度封ぜられれば逃れる術は無く。
しかし、結界より解き放たれた者は比類無き力を得るとも言う。
「つまり、お主ら三人は結界の中へと封ぜられたのだ」
「いや、待て。
それでどうして御紘の親父さんが死ぬ事になる?」
「稜威乃眼を持たぬ程に力を失った一族の者が呪われた術を行使したのだ。
その代償は命よりあるまい」
「……それでは、どうして私達は違う世界で生きているのです?」
「それが龍市郎の願いであり、術の力なのであろう。
まるで鏡の様に、違う世界へとその姿を写し込む。そこで平穏に生きる様に、と」
「……それで……俺の目が反対なのか?
いや、しかし……記憶が……」
向こうの世界で生きた記憶。
それは、俺一人だけでなく周りの人にも。
「人の記憶、世界の記憶など曖昧な物だと言うことだな。まさに、鏡に映った偶像の如く」
世界は曖昧、か。
「お兄様はそれで納得するかもしれませんが……」
風果が夏実に顔を向ける。
そう。
俺と風果はわかる。
だがもう一人は夏実では無く、御紘杏夏なのだ……。
「名前?」
「は?」
夏実が首を小さく傾げながら呟く。
「ミツナ、ナツミ。
逆さ読み」
「何だよ、それ……」
ダジャレ?
「それに……ちょっと、記憶がある。
その世界の……。
そうか、御楯君は御楯兄だったのか」
「じゃ、夏実さんは杏夏なのか?」
「そう言う事みたい」
何か納得した夏実の横で風果が顎に手を当てる。
「私は、特に何かが変わった様な心当たりは無いのですが……」
「「……性格」」
「な! そんな事! ありません!」
風果の疑問に一拍置いて二人同時に答える。
それに頬を膨らませる風果。
その様子に俺と夏実が笑い声を上げる。
「まあ、そう言う訳でお主らは生かされた。
結界の外でな。
そして、その結界がこの瘴気の底に沈んでおる」
つまりこの瘴気は俺達と関係があると言う事か?
「御紘の後継が瘴気の主に見つかった以上、そちらの世界に逃げても追いかけて行くであろう。
猶予はそれほど無さそうだ」
「それは……あのマダムの屋敷で鏡に映った奴か?」
「左様」
瀬織津比売の神託が早まったと言う事か?
「なら、祓おう」
そう言って夏実が立ち上がる。
自信満々の顔で。
「夏実さん、大丈夫なの?」
「ここでなら、私は力を持てる。戦える」
「いや、それはわかってるけど、病み上がりだし」
「平気。…………あいを……もらったし」
「は?」
後半は俯きながらだったので良く聞き取れなかった。
「気合いを入れてもらったって言ったの!!」
そう怒鳴る様に言う。
正直、怒鳴られる意味がわからない。
いや、それだけ気合い入ってるのかな。
「実姫」
「ぬ?」
「正念場だ。頼むぞ」
上手く行けば、ここで一段落。
そうなれば、実姫は送り出そう。
「わかっておる。
刮目せよ」
ニヤリと笑う実姫。
「風果」
「余計なお言葉は要りませんわ」
百合の様に笑う風果。
……何か言わせろよ。
結界の先、瘴気向こうにゆらりと天高く柱がそびえ立つ。
その数、八つ。
上で双眸が赤く光を帯びる。
「来るぞ」




