風花雪月①
地下駐車場の景色が直ぐに切り替わり、暗闇の中へ。
まず認識したのは尋常では無い瘴気。
そして、戦いの音。
その中で夏実の札を探る。
近い。
試作品を抜き急ぎそちらへ。
音も夏実の御識札も同じ方向だ。
偶然か?
「遅い!」
大鎌を構えた風果。
その姿を確認するかしないかのうちに飛んでくる叱責。
そして、風果と向かい合っていた相手が振り返る。
さっきの……女。
記憶が蘇る。
あの匂い、取り逃がした九尾の残り香か。
亟禱 縛鎖連綿
地から伸びた鎖は女の持った扇の一薙ぎであっさり消滅。
しかし、その隙に間合いを詰め刀を振るう。
後ろに飛び避けた所へ術を。
亟禱 赤千鳥・五重襲
五連の術は、やはり扇で防がれる。
だが、その隙に風果の側へ。
「すまん。
夏実は?」
「瀕死です!」
「何!?」
風果の向こうで地に転がる夏実の姿が。
「何故!?」
「毒と呪い!」
「な、救えるか!?」
「当然です!
すぐに癒します。九尾を遠ざけて下さい」
「わかった」
「それと護衛に実を」
「ああ」
急ぎ、式札を取り出す。
「雨乞いは涙となり果たされた
灯火
消えてなお、消えぬ
唱、漆拾参 現ノ呪 神寄
喚、実姫」
「唵」
呼ばれる飛び出る大人の姿の式神。
「風果を助けてくれ」
「相分かった」
風果が夏実の横へと腰を下ろす。
全身の肌が紫に変色していて、ピクリとも動かない。
そして、風果が立ち上がり夏実へ両手をかざす。
「清らかなる水
その始原の一滴 無垢なる乙女の涙
神より産まれし神
瀬織津比売
ここに現し給え
唱、佰玖 天ノ禱 思々三千降」
俺に背を向け夏実を禁呪の中へと閉じ込める風果。
その横で実姫が剣鉈を構えて、行けと俺に合図をする。
クソ。
何でこんな事に!?
……落ち着け。
風果は助けると言った。
ならばそれを信ずるのみ。
整息。
全身に力を。
そして、扇で顔を半分隠す女を見やる。
地を蹴り、一気に間合いを詰める。
そして試作品を一閃。
胴を切った直後、女の姿が陽炎の様にゆらりと消える。
幻術……?
亟禱 浮き蛍・十重襲
俺の周囲を埋め尽くす無数の蛍火。
さあ、行け。
女狐を炙り出せ。
声に応え、飛び行く蛍の群れ。
だがその先で弾け消しとばされて行く。
あの扇……鉄扇が邪魔だな。
舞う様に扇を振るう女。
さっき会った時とまるで雰囲気が違う。
蛍に紛れ襲いかかる。
振り抜いた灼熱の刃がキンっと甲高い音を上げ、鉄扇で受け止められた。
構わず魔力を流す。
刃が、一層熱を帯びる。
鍔迫り合い。
だが、試作品の刃はジリジリと鉄扇を融解させて行く。
「何故、夏実を狙う?」
「アレの前であの娘を火炙りにし、その闇を一層濃いものとする為よ。
そして、それを喰らう」
揺らめく熱気の向こうで女がニヤリと笑う。
頬まで裂けた口で。
「妖狐が!」
「陰陽師風情が邪魔立てするな」
「否、直毘」
「なんであろうと命は惜しかろう。
剣を引け。
なんならあの女の姿で暫く側にいてやっても良いぞ?」
その嘲りを聞き流し、更なる力を剣へ。
熱を上げる刃が鉄扇を焼き切った。
「断る」
続けて二の太刀を袈裟斬りに。
だが、切ったその姿に手応えは無く。
……残像。
横手から衝撃。
俺を軽々と弾き飛ばしたのは、人一人、軽く一飲みに出来そうな巨体を露わにした妖狐の尾の一薙ぎ。
亟禱 逆さ氷柱・十重襲
受け身もそこそこに十の氷山を乱立させる。
「創造する手・無の化身
紡ぐ、縦横に
拒絶する柔らかな結界
唱、参 現ノ呪 白縛布」
迫り上がる氷の先へ布の先端を巻きつけ、そのままこの身を上に。
眼下の妖狐へ切っ先を向け身を踊らせる。
狙いは、頚椎。
しかし、それは密集した剣より長い体毛に阻まれる。
亟禱 縛鎖連綿・十重襲
そそり立った氷の柱から伸びる鎖。
それが雁字搦めに妖狐を拘束する。
「生ける物 死する物
隔てなく喰らう終焔
全てが終焉と変わる
唱、玖拾陸 壊ノ祓 風獅子紅蓮」
日本武尊を追い詰めたと言われる大地を埋め尽くす炎。
身動き取れぬ狐を丸焼きに。
この身まで焼かんとする炎を押しとどめるは朧兎。
業火に焼かれ暴れ回る妖狐。
その巨体に引き摺られ氷の柱が二本、三本と崩れて行く。
暴れる巨体の上で、試作品を構える。
霧を纏う刀身。
獲物を見つめ、静かにその切っ先を突き刺す。
傷口から溢れ出る瘴気。
俺を道連れにしようとしたその最期の足掻きを朧兎が防ぎ止める。
やがて動きを止める妖狐。
静かに剣を抜き、天翔で上に。
……尋常ならざる瘴気。
それをその刀身で受けた試作品が、俺の手の中で塵へと変わり静かに崩れていく。
九尾の命を道連れに。
「ありがとう。火雨花落」
凍りつく冷たさと灼ける様な熱さ。
それはいかなる花をも枯らし、しかし枯れた花から溢れた種は再び命の息吹をもたらす。
結局、その名を与えられぬままになってしまった。




