魔法少女☆リコ①
日曜の昼下がり。
約束通り、夏実と共に溜池山王へ。
「じゃ、私が先に行って待ってるから」
「ああ。直ぐに追いかける。
五分して現れなければ、一人で戻ってくれ」
「りょ」
向こうで落ち合う約束をし、それぞれの専用スペースへ。
『Have a good trip!』
いつもと変わらぬ音声に送られて異世界へ。
◆
苔むした洞窟。
周囲に気配が無い事を確かめ直ぐに瞑想。
目的地を探る。
……あった。御楯の『一』。風果が夏実に預けた御識札。
そこへ転移を。
「虚ろを巡る鳥
天を翔ける石の船にして
神より産まれし神
鳥之石楠船神
ここに現し給え
唱、佰弐 天ノ禱 飛渡足」
瞬時に景色が変わる。
「よ!」
目を丸くした夏実に手を上げる。
一瞬、肩に乗った白雪が薄目を開けた。
「本当に来た」
「何だよ。その言い方」
「大丈夫なの? その……代償? とか」
「全然平気」
と言うか、夏実はどこまで禁呪について知ってんだろう。
風果は何と教えたのだろうか。
「だから、何時でも助けに行ける」
「え、何それ。ストーカーじゃん」
「ボディガードって言わない?」
笑い声を上げた夏実に苦笑いを返す。
「ていっても、一日に二回が限度だから」
「そうなんだ。その貴重な一回を使わせちゃったのか」
「そう。そしてこれが、ご所望の招待状です」
「あざー。今度何かで返すね」
「良いよ。そんなの気にしなくて」
こっちはクリスマスプレゼントの返しすら出来てないのだから。
「で、これどうすれば良いの?」
受け取った招待状の確認をしながら夏実が問う。
「開ければ良いんだよ」
「ふーん」
封を開けると同時にスッと夏実の姿が消える。
これで、残りは一通。
それを使って追いかけても良いが、代償なしで移動できるこの招待状はいざと言う時の切り札に成り得る。
これを使わずとも、マダムの屋敷には行けるのだ。
瞑想し、その飛び先を探る。
『ライチ 其ノ二十』。ロキに手渡した御識札。
「虚ろを巡る鳥
天を翔ける石の船にして
神より産まれし神
鳥之石楠船神
ここに現し給え
唱、佰弐 天ノ禱 飛渡足」
そこへと、飛ぶ。
貴重な最後の一回。
まあ、別にね。
◆
「うわ~!」
「よう」
驚きの声を上げる紫のぬいぐるみ、ロキ。
「やば~い! 勝手に入ってきた~」
小躍りしながら楽しそうな声を上げる。
ここは、屋敷の庭か。
「なんだい? 侵入者かい?」
上から響くマダムの声。
「どうも。ライチです。友人のエスコート役で来ました」
「勝手に入ってくるんじゃないわよ。全く。そこで待ってな」
ボンと、煙が上がりティーテーブルが出現する。
その上で湯気を立てるティーカップとクッキー。
「レディのおしゃれには時間がかかるもんだ。そこでじっくりと待ってな」
「ありがとうございます」
お言葉に甘え、猫脚の椅子に腰を下ろしお茶をいただく。
「ねぇねぇ。この前の女の子は?」
「実姫か? 呼べるぞ。遊ぶか?」
「遊ぶ~」
飛び跳ね喜ぶぬいぐるみ。
「雨乞いは涙となり果たされた
灯火
消えてなお、消えぬ
唱、漆拾参 現ノ呪 神寄
喚、実姫」
「唵……おお!」
現れると同時にロキに飛びつかれ満面の笑みを浮かべる実姫。
「遊ぼ~」
「良いぞ!」
「屋敷の中でかくれんぼ~」
「望むところじゃ!」
「物を壊すなよ」
走り去る背中にそう声を掛ける。
「は~い」
「おう!」
返事はすれど、振り返りはせず。
本当にわかってんだろうか。
しかし、どれくらい待つのだろうかね。
テーブルの上のクッキーに手を伸ばす。
そんな俺を見つめる瞳が二つ。
「食うのか?」
俺の問いかけにコクンと頷く狐。
テーブルの上に座る若干行儀の悪い白雪の足元にクッキーを半分に割って置く。
首を曲げ、静かにそのクッキーを食べ始める白雪。
「お前、しゃべるんだって?」
そう、白狐に問いかける。
ゆっくりと顔を上げ、ニヤリと笑う白雪。
「それが何か? 御楯の後嗣よ」
何だ? その魔法少女のマスコットに似つかわしくない偉そうな口ぶりは。
「お前、俺が夏実に渡した刀だったくせに」
「ふん。それを依り代にしたまでの事」
「じゃ、お前は何者なんだよ」
「倉稲魂命の神使にして、一族の守り」
「ん?」
倉稲魂命と言えば、穀物の神であり、稲荷主神だが……その一族と言えば、御紘のはず。俺の設定では。
「当家の後継を守る。それが約定。
当代が死した今、仮では有るがあの娘が後継」
「当代? 夏実の親? 死んだのか?」
「左様。その命と引き換えに主らを守ったのだ」
「主ら? 俺達?」
問いかけに目を細め頷く白雪。
……何を言ってるんだ? この狐は。
化かされているのか?
「達って、誰の事だ?
いや、命と引き換え?
夏実の親は何者だ?」
その問いに答える前に、白雪が耳をピンと立て横を向く。
その視線の先に、ティーテーブルから頭の上を覗かせる子供が居た。誰だろう。実姫と同じかそれより小さいくらいか。
マダムの娘だったりして。
「……狐が喋ってる」
子供の呟きに、白雪は無言で尻尾をパタパタと振る。
「……お兄さんの式?」
「ん? いや、違……」
「あぁ! その目! イズノメだ!」
「知って」
「お兄さん誰!? 強いの?」
「強いよ。てかお前こ」
「じゃ、私のお婿さんになって!」
話を聞けよ。
「いきなり結婚かよ」
「うん!」
「何でだよ」
「私は家を継がないといけないの。しきたりなの! でも私じゃダメなの!」
ちびっ子が頬を膨らませながら向かいに座り、白雪がそいつを慰める様にすり寄って行く。
「あのな、お前みたいなちびっ子にはわからないかも知れないが、ルールってのは、変えることが出来る。しきたりなんか、どうにでもなるんだよ」
「やだ! 強い人が家に入れば、パパもママもおじいちゃんもおばあちゃんも幸せなの」
その幸せに言ってる本人が入って無いぞ?
「お前はそれで幸せなのか?」
「何で? みんな幸せなら幸せだよ?」
素直かよ。
「大体、お前結婚できる様な年じゃ無いだろ」
俺もだけれど。
「じゃー婚約!
十年たったら結婚!」
どうあっても引く気は無いらしい。
面倒になって来た。俺は狐と話がしたいのだ。
とっとと追っ払おう。
「はいはい。結婚ね。
十年経って、お互いに覚えてたらな」
「むー」
せっかく同意してやったのに頬を膨らませるガキ。
どうせすぐ忘れるだろう。
俺も生きてるかわからんし。
「違う!」
「は?」
「王子様のぷろぽーずはもっとこう、かっこいいの!」
王子様と来たか。
はぁ……面倒臭い。
椅子から立ち上がり、ガキの横まで歩いて行く。
そして、右腕を回しながら左足を引き優雅に首を垂れる。
「あぁ、プリンセスよ、どうか私と結婚して下さい」
どうだ?
これで満足だろ?
もう、あっち行け。
「……順番……」
は?
まだ何か不満なのかよ。
そう思い顔を上げ……凍り付く。
「……順番……おかしくない?」
いや、何でお前がここに?
「付き合う。結婚する。ワカル。
付き合ってない。結婚する。ワカラナイ」
……顔を赤くし、わなわなと身を震わせる……夏実。
さっきまで、ガキが座っていたその椅子に何故お前が……?
「ミカン、み~つけた!」
硬直する俺達の所へいつの間にかロキが寄って来て、夏実を指差す。
「え、あれ? ロキ?
あれ? えっと、かくれんぼをしていて、ロキに飴をもらって……気付いたら……」
俺を見上げる夏実と目が合う。
「ヤバ~イ。大人に戻っちゃった~」
「お前、何かイタズラしたのか?」
「ミカンをちっさくした~」
「ちっさくって、子供にか!?」
「ははは~」
つまり、さっきのガキは夏実……。
……そして、その間の事は覚えて無さ気……だな?
「じゃ、さっきまでここで! 俺とおままごとをしてたのは夏実さんだったのか!」
超棒読みで誤魔化す。
「おままごと?」
「そう! お姫様ごっこ!
えっとシンデレラとカエルの王子様!」
とっさに思いついた適当な役どころ。
「なんだー。
私、子供になってたのか!」
「そうそう。可愛いちびっ子に」
「やだなー。可愛いだなんて。ロリコーン」
互いに言葉が上滑りしている二人。
取り敢えず、何も無かった。
そう言う事にしよう。
その方がお互いの為だ。




