平穏な日常
「今日、部活だよね?」
隣の席で夏実が荷物を鞄に詰めながら問う。
クラス替えは無く二年のクラスのまま三年に。
去年は前に座っていたアナスタシヤの席を詰めたお陰で夏実の隣の席に。
まあ、席替えするまでの半月の間だけだろうけれど。
「うん」
部活と言っても何もしていないSF研。
「りょ。行くよ」
「うん」
大里はクラスメイトと話をしているな。
放っておいて、先に行くか。
「新入部員、どうするの?」
特別教室棟の廊下には早くも新入部員募集の掲示が始まっていた。
それを見ながら夏実が言う。
「君、宇宙の起源について興味ある?
或いは、過去と未来の関連性について」
「は?」
「生命の定義とは何だろうか。
増殖か? 知性か?
その両方を満たしたならば、機械もまた生命なのだろうか」
「何言ってんの?」
夏実が振り返りながら眉間に皺を寄せる。
「俺達、SF研だぞ?
そう言う後輩が出来たらどうする?」
「あ、そっか」
間違っても異世界研究会では無いのだ。
掲示板の横で立ち止まった夏実を追い越す。
「うーん。
未練を残した魂のその後、とかそう言う話か」
「それはオカルト研の領分」
「そうなの?」
「と言うか、そう言う事考えるの?」
「え? 可笑しい?」
「未練を残した魂はどうなるの?」
「やがて凶事へと変わる。その前に、祓い清めるべし」
当然の様に言った夏実を振り返る。
人差し指を立て、ドヤ顔の夏実がそこに。
「ん?」
「何で、それを?」
「は?」
それは、直毘の言葉。
「……いや、何でも無い」
……別に突飛な言葉では無い。
「でも、本当にSF好きの後輩が来ちゃったらどうするの?」
「その時は部長に任せるよ」
まだ教室にいるはずの部長に。
カードを差し込み部室の扉を開ける。
「あれ?」
「ん?」
「え、うそ」
「何?」
何故か大里が部長席に座っていた。
俺達より後から教室を出たはずの大里が。
「どうしたんだい? 二人して鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」
「いや……」
前部長も扉を開けると常にあの席に座っていたが……どうなってんだ?
若干、訝しみながらパイプ椅子に腰掛ける。
まあ良いや。
七不思議にしておこう。
「長期で向こうに行ってたみたいだけど、大丈夫だった?」
長期って言っても一週間だけど。
「楽しくて帰るのも忘れてた」
「……どんな所? 他に誰かいたの?」
向かいで夏実が問いかけてくる。
「怪しい欧米人が一人」
「金髪美人?」
「いや、おっさん」
「なら良いや」
前のめりになって問いかけた大里が脱力しながら姿勢を戻す。
何故か夏実も。
「そっちは?」
三月中は一緒に作戦行動をしていた新部長に問いかける。
「今月は行ってないんだ。
レアーとの契約も、稼働時間下限無しにしてもらった。
基本、依頼ベース」
「へー」
そう言う事も出来るのか。
「夏実さんは?」
「すっごい綺麗な水中洞窟があった」
「水中洞窟?」
「そう。
上から差し込む光が七色に輝いてるの」
七色の光の中を泳ぐ人魚姫、夏実。
その姿を思い浮かべる。
やはり胸当ては貝殻だろうか。
「……何か、変な事考えて無い?」
「いや、全然」
何でそんな所だけ鋭いのだろう。
「そう言えば、新入部員どうするの?」
話を変えよう。
「募集はしないよ。
それでも何故か廃部にならないSF研ってのが七不思議の一つらしいから」
「何だそれ」
この学校の七不思議って、他にどんなのがあるのだろう。
そんな話をして、参考書を開く部長を残し部室を後にする。
帰り道、夏実にドーナツ屋に誘われ付いて行く。
三個目に手を伸ばすか散々悩んだ後に、半分渡される。「罪悪感のお裾分け」。そう笑いながら。
◆
ショニンから連絡があったのは四月の終わりの連休前。
学校からの帰り道、アンキラへと立ち寄る。
「はーい。ヨッチ、随分お久しぶりでない?」
笑顔で接客するメイド姿の風巻さん。
「そう?」
「そうだよー。みんな寂しがってたよ?」
いや、それは嘘だろう。
「まあ、ここに来てもお目当てさんはいないだろうしー。良いんですけどー」
「そんな事は無いよ?」
「じゃ、今日は誰をご指名?」
いやいや、指名制度とか無いだろ。この店。
まあ、お目当ては居るのだけれど。
「執事長を」
「出たよ。ここはメイドカフェだっつーの」
「さーせん」
口を尖らせながら応接室へと案内するマキマキちゃん。
「どうぞ。今、飲み物をお持ちします。
コーラで宜しかったですか?」
「はい。お願いします」
「かしこまりました」
芝居がかった仕草でわざとらしく一礼してメイドが退室。
再び現れ飲み物を置き去って行く。
店内にはそれなりに客の姿があったのでここで俺相手に油を売ってる暇はないのだろう。
コーラを飲みながら執事長が現れるのを待つ。
「やあ、おまたせ」
ややあって胡散臭い執事長が現れる。
「忙しそうですね」
「そうね。変なことに巻き込まれたからちょっとここでアンキラを続けるのも考えものだ。
そろそろ彼女たちの迷惑に成りかねない」
「何か会社にするんでしたっけ?」
最初に会ったときはそんな事を言っていたような気がするが。
「それは、もう止めた。
と言うか、根底からルールを覆すような連中が居るからね」
そう言ってわざとらしく肩を竦める執事長。
「さ、商談と行こうか」
そう言いながらショニンが目の前に三枚の紙を並べる。
「これが預かった素材の査定額。
それで、こっちが防具の見積もり。
籠手と腹当。あと袖を片方。そして外套。
差し引きの見積もりが、こんな感じ」
足が出た。
十万とちょっと。
「性能は?」
「一応、ここに詳細な数字があるけどわかるかい?」
ショニンがもう一枚取り出した紙にびっしり書かれた数字とアルファベットの羅列。
ざっと眺めて首を横に振る。
「まあ、僕も大してわかって無いんだけど簡単に言うと前の物と比べて重量は半分。硬度は五倍程度」
「わかりやすい」
初めからそう書けば良いのに。
「袖って言うのは、肩当ての所だよな?」
「そうだね。
ラフデザインもあるよ」
もう一枚紙が並ぶ。
「何で片方?」
「その方が絵になるからだってさ」
「わかりやすい」
デザイン優先。
ならば良し。
「これでお願いしたい。
仕上がりは何時になる?」
「支払いは?」
「今ここで」
「なら、次に向こうに行く時には届く様にしておく。
この後すぐにでも受け取れるよ」
便利な能力だな。
そう思いながら財布を開く。
予め金は下ろしてあったけれど、足りて良かった。
「毎度。
美しいお姉さんによろしくね」
その美しいお姉さんは日本におらず、しばらく連絡が無いのだけれど。
まあ、それを言う必要もあるまい。
応接間から出て、店内の様子をチラリと眺める。
満席に近い入りで、マキマキちゃんと話をしている暇はなさそうだな。
こちらに気付いた彼女に小さく手を上げ店を後にする。




