スペース・トラベラー⑦
左の岩陰から迫る気配。
横に飛んで距離を取る。
現れたのは岩の様な鱗に覆われた一ツ目のゴリラ。
そいつに向け、左手を突き出す。
亟禱 赤千鳥 ・五重襲
五重、赤千鳥。
しかし、指先から飛び立った鳥は三羽。
それとて敵に当たり呆気なく消滅する。
やはり動きながら、内で力を練るのは容易くない。
なおも迫るゴリラの突撃を躱し、その首筋へ試作品を振り下ろす。
灼熱の刃は首を一息に切り落とした。
更なる気配。
まだ敵が湧いて来る。
力を、自分の力を意識し操れ。
息を吸うが如く、無意識に扱える様になるまで。
暮れない夜
怠惰なる夢を夢と為せ
羽落ちるその束の間
亟禱 赤千鳥・五重襲
再び突き出した左手より出る五羽の鳥。
それが岩陰の奥に潜む敵を葬る。
手前の岩もろとも。
ただ体を動かし戦う。
余計な事を考えぬ為に。
◇
パーカーを深く被りランニング。
余計な事をなるべく考えぬ様に。
日が落ち、明かりの灯らぬ家へ。
音楽を止める為にスマホを取り出しLINEに気付く。
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風果)宗家に行ってまいります
風果〉台所に作り置きがあります
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風果は御紘の親父さんと御天宗家へ定期報告か。
俺の近況に関しての。
「ただいま」
玄関を開け、無人の家に向け挨拶。
当然返事は無い。
風呂で汗を流し台所へ。
ラップがかかったおにぎりが二つと煮物。
それから鍋に味噌汁。
レンジで煮物を温め、味噌汁を火にかける。
「いただきます」
手を合わせてから口に運ぶ。
……何だ? これ。
風果が作ったにしては出来が悪い味噌汁。
味が薄い。
急いでたのか。
よく見ると煮物も切り方が雑だ。
……まあ良い。食えるだけ御の字だ。
◇
未開拓惑星で、無心にひたすらに戦い続け……何日経っただろうか。
門に良く似たただの岩の上に寝転び、右手を月に翳す。
薄桜色の不思議な月が空に浮かぶ。
戦いの記憶。
体に刻み込まれたそれは、これからを戦い抜く為の糧。
右手を握る。
月は掴めず。
……岩から降り荷物を担ぐ。
一度、船に戻ろう。
◆
銀色に輝く亀の甲羅。
白い鳥の鱗。
空飛ぶ鯨の骨。
八ツ足の狼。
この惑星の生き物を解体し得た物を担ぎ船へ。
随分と大荷物になったな。
「ただいま」
自動で空いた船のドア。
それをくぐり中に入り、自然と口から言葉が出た。
当然、返事はない。
……帰ろう。
味噌汁が飲みたい。
そう思った。
現実へ戻ろう。
今日は、戻れる。
次はわからないけれど今日は戻れる。
だから、戻ろう。
◆
スマホで日付を確認。
……四月八日、二十時。
やばい。
明日、始業式だ。
レポートは後回しにして帰ろう。
思いの外経過していた現実の時間に、慌てて荷物をまとめ専用スペースから飛び出る。
あの星、自転が地球とズレてたんだな。
エレベーターホール脇の小さな待ち合わせスペースに夏実が座っていた。
俺に気付き、彼女が笑みを浮かべる。
「おかえり」
予想外の言葉に少し面食らう。
「……ただいま」
だけれど、悪い気分では無かった。
「どうしたの?」
「リンコ、心配してたよ?」
「俺を?」
「なんか、LINE送って返事が全然無いって。
何か言われたの?」
「あー……」
スマホを確認。
風巻さんから何通もLINEが入っていた。
夏実からも。
それらの確認を後回しにし、送られて来た画像を見せる。
「ん? この前の画像?」
「彼氏が出来たって」
「は?」
「それでショックで失踪したと思ったのかな」
「いや、意味わかんないし」
「で、夏実さんは何してたの?」
「ここでする事なんてそんなに多く無いでしょ?」
まあ、そうか。
向こうへ行くだけだ。
エレベーターのボタンを押す。
「帰るの?」
「うん」
「じゃ、私も」
エレベーターに乗り行き先階ボタンを押す。
地下へ。
国会議事堂駅直通のフロア。
腹減ったな。
動き出した籠の中でぼんやりと思う。
グーと腹が鳴った。
俺では無く、同乗人の。
俯き、耳を真っ赤にする夏実。
「……何か食べてく?」
一拍置いて小さく頷く夏実。
すかさず➀のボタンを押す。
「何か食べたい物ある?」
「……そんなにガッツリじゃ無くていい。
もう遅いし」
「どこか、候補ある?」
「うーん……」
◆
「ここどう?」
……あれ?
「嫌い??」
「ここで良いけど」
「ヨシ!」
小さくガッツポーズして店の中へと入って行く夏実。
そこは、立ち食いのステーキ屋。
……ガッツリ、とは?
と言うわけで、運ばれて来た150gのステーキを美味そうに食べる夏実。
「うん。思ったより美味しい!」
「うん」
「肉、好き?」
「質問がおかしい」
「いや、リンコとか野菜の方が好きって人だからさ。
あんまり食べに行けないんだよね」
「成る程」
「町田にあるステーキ屋さんも行ってみたいんだよね。
……今度、行かない?」
それは、一度行った所だろうか。
彼女が覚えて無いだけで。
「あ、嫌ならいい」
「あ、行く。是非」
「良し。約束」
ステーキにナイフを入れながら笑う夏実。
「あ、そうだ。リンコにLINE送っておくね」
そう言ってスマホを取り出す夏実。
「仲良いよね」
「まあ、腐れ縁?」
「ナイトなんでしょ?」
「あー、聞いたの?
小さい頃、私が助けたって話でしょ?」
「そう」
何か不味かっただろうか。
夏実が気まずそうに視線を落とす。
「私さ、それ、覚えてないんだよね。
リンコの勘違いなんじゃないかな」
「え、そうなの?」
「うん」
まあ、幼い頃の記憶などそんな物なのだろう。
「ふう。
ご馳走さま」
「ご馳走さま」
フォークとナイフを置き、少し恨めしそうに空になった鉄板を睨む夏実。
「うーん、ちょっと食べ足りないかな。
やっぱ、1ポンドくらい、どんと食べてみたい」
「……腹八分くらいがちょうど良いんじゃないかな」




